21話『覚悟と足音』
話の相手は。
「────そうだ。黒髪の。……いや、違う。ガタイは普通、ウチの制服を着ている。さっさと捕まえねえと厄介なことになっからな。……何?旦那の接待で人員が割けんだと!?もう来てんのか?……まだなのかよ、なら良いだろうが」
賊が、壁に取り付けられた電話みたいな通信機器で、どこかの誰かとやり取りをしている。
話の全容は掴めないけど、要はイツミさんを捕えるつもりみたい。
だけど、話している雰囲気的にはそれほど上手く行ってなさそう。
「チッ……!何から何まで……!おい、女。可愛がってやるよ」
「────」
葉巻の灰を乱暴に落とし、睨みながら私に話しかけてくる。
イライラを発散しようとしてんのかな。
実は、私はと言うと、村の人たちみたいに収監されているわけではなくて、手錠をかけられて賊の近くにいる。
手錠に繋がる鎖は賊が握っていて、逃げ出すことも無理。
はあ……どうしよ。
こんなんじゃ、私の貞操が乱されるのも時間の問題ね。
「ふん!私に構うより、あんたも接待に行きゃ良いわよ。偉い人来てんでしょ?出世に響くわよ」
「そんな関係じゃねえよ。正直言うと、来て欲しいとすら思ってねえ。頭はそこら辺積極的だがな。意外と俺みたいに思ってんの多いぜ」
ここは話を聞いてあげることで、私の身体への接触を遅らせることにした。
と、同時に情報収集。
この人、荒っぽいけど話はできるタイプだと思う。
だって、私とイツミさんを疑えるぐらいの知能はあるっぽいし。
ちょっとそこらへんをくすぐってみる。
「なに、賊にも派閥なんてもんがあんの?どこの世界も一枚岩なんてないものね。そんな厄介なの?その偉い人って」
「はっ、“魔将デストルク”だぞ?誰も聞いちゃいねえここでだから言えるが、組むなんてどうかしてるぜ。甘い蜜を啜ってられるこの状況がいつまで続くことやら」
心底嫌がっている顔で、賊がそう言う。
「魔将、デストルク……!」
魔将デストルク。
その名前に、私は聞き覚えがある。
魔王との関係性は不明だけど、魔王並みに世界中で大暴れしているやべー奴で、神議会で話題になることもある。
現に、ナビゲートを終えて一人前になった勇者の何人かがそのデストルクにやられているらしいし。
まあ、魔王級に私ら神としても見逃せない敵ね。
でも、魔王じゃなくて魔将か……。
てっきり魔王が来るかと、読みが外れたわねえ。
まず1つに、このエビルサイドの経営母体に魔王が関わっていること。
そして、そのエビルサイドが大物ゲストと称するぐらいの存在だということ。
そんな場所で、VIP待遇を受けるということ。
これらを踏まえたら、魔王が来ると考えちゃうのが自然ではある。
ってことは……魔王と魔将はなにかしらの関係があるってこと?
魔将も魔王も謎が多い存在ね、なんもわかんない。
「魔将。知っての通り、その肩書きは、魔王に迫り得る災害級の力を持つ奴に付く名称だ。そして、今日うちの店に来るのが、“破壊のデストルク”。平和ボケしたこの街にいるお前でも、知らんはずがないだろう」
「知ってるっつーの。とんでもないの招いてんじゃないわよ。本来なら、エスの街にいる存在じゃないわ」
現状を振り返ると、冷や汗が噴き出る。
でも、なんでだろう?
数少ない噂だと、デストルクは相当な武人気質らしい。
そんな奴が、この街のカジノなんかに来るもんなのかな。
「デストルクは、今日オープンする地下闘技場の記念式典に特別協賛代表として呼ばれていてな。会ったのは1回だけだが、賊の俺ですら震え上がったよ」
「ふーん。あんな物騒な連中とよく組む気になれたわね。あんたたち賊からしても触れたくないでしょ」
「ここらでの無許可の奴隷商売は、自警団にしょっ引かれちまう。だから、隠れ蓑が欲しかったんだ。だが、賊の俺らだけの資金じゃ、そんなモンは建てられねえ。そんな時、出資するぜ、って話を持ち掛けてきたのがデストルクの手下だった。出資の条件が、“エスの街に闘技場を作る”ってことぐらいだったからな。俺は止めたが頭は喜んで食いついた。その結果、莫大な資金を得て、想定していた何倍もの規模のカジノができちまった」
「デストルクの手下?ここの経営母体って魔王が絡んでるんじゃないの?」
イツミさんの情報では、“覚醒待つ魔王の忠実なる僕たち”とかいう団体がエビルサイドの運営母体らしい。
でも、今の話を聞いても、魔王って言葉は出てこなかった。
「いや?魔王じゃなく魔将デストルクの手下だったが」
「そ、そう。じゃあ、なんでわざわざエスの街に?」
「ああ、何でも、この街には勇────────おっと、待て待て。俺としたことが本題を忘れていたな。お前をしおらしくさせるっていう」
「げっ……」
気づかれた。
私の『イツミさんがなんとかしてくれるまで、適当にこいつの悩み聞いて切り抜けて身体守り切ろ!』っていう、考えが崩された。
「聞き上手なのは結構だが、聞く方だけじゃなくて男を立てる方も鍛えねえとダメだろ」
「いや、全然!そんなことないから!やめてぇ!触んないでぇ!」
「何故か知らんが、さっきから妙に身体がモヤモヤすんだよな。まるで、コダカラジカの肝や、ビンビンキノコを食った後見てえだ」
コダカラジカの肝も、ビンビンキノコも、どれも一般的に発情を促進する効果があるとされている。
多分、賊が発情している要因は、私の顎や首を直に一定時間触ったからだろう、
愛の女神である私の汗とかには、そういう効果がある。
現に、サーク村の牢屋で私と全裸で取っ組み合いしたイツミさんは発情しちゃったしね。
待って。
通常時、私に対して全くときめいてないイツミさんですら理性が乱れていたわけよね。
それなら、元々私のこと意識していたこいつが発情したらどうなるんだろ。
ひょっとして、今結構マズい流れなんじゃないの?
「もうお前が俺のモンだってことを身体で解らせてやる。ははっ、牢屋の中にいる連中にも見せつけてやろうぜ」
「私は誰のものにもならないわよ!」
「じゃあ、何だ。逃げたあいつはお前とは何の関係もないのか?」
「え……。イツミさんと私は、あんたが思っているような関係じゃ────」
そう、私とイツミさんは、そんな浮ついた関係なんかじゃなく……。
そんな時だった。
牢屋の方からいくつか声が聞こえた。
「ちがわい!あいつとこのねーちゃんは素っ裸で取っ組み合いするぐらいの仲なんだい!」
「そーだそーだ!村で見たんだい!」
「へ!?」「何だと……!?」
その声は、今日聞いたどの声よりも幼くて。
そして、私はその声に聞き覚えがあった。
声の主は、牢に囚われていたサーク村の子供たちだった!
さっきまでは、こんな檻の近くじゃなくてもっと奥にいたのに、どうして?
「ガキども、今、何て言った!?」
「だーかーらー!裸で!取っ組み合いしてたんだって!」
「デタラメなこと抜かしてんじゃねえぞクソガキどもが!今すぐにでも売っ払われてえのか!!」
「うわー!逃げろー!」
賊がハルバードの平たいところで、檻を叩いて威嚇すると、子供たちは一目散にまた奥の方に戻って行った。
つか、あのエロガキどもマジで見てたんだ。
ヤニクがなんかそんなこと言ってたけど、嘘じゃなかったって実際にこうはっきり判ると、かなり引くものがあるわね。
そもそも、この子たちだって、私たちに恨みすらあって当然なのに、どうしてアレは見てたの?
芽生えかけだとしても性欲は歯止めが効かない、みたいなことかしら……?
いや、むしろ性欲を性欲とまだ認識してない状態だから……?
全く……サーク村の誇りとやらはどこに行ったのよ!
そんなことをつい思っていたら、賊はハルバードを握って。
「流石に舐められすぎた。よし、調子に乗ってるお前らに主従関係ってモンを思い出させてやる」
「ちょ……やめなって!」
「やめるか馬鹿野郎。俺はこいつらの命握ってんだよ。────おい、今から俺がそっち
行って5回ハルバード振り回すからよ。当たった奴はその場で死ぬ。当たらなかった奴はそのままここで売られるまで待機。どうだ?スリルあるだろ」
「は……?」
こいつ……ちょっと話が通じるタイプかと思ってたけど、そんなことなかった。
ううん、多分、頭に血が上ると一気に暴走する気質なんだ。
なんにせよ、人として論外ね。
不都合がまとわりつく時こそ、人は本質が問われるのよ。
とにかく、なんとかして止めないと。
異能が使えない以上、こっちができる選択肢は限られる。
でも、殴りや絞めなんかじゃ効かない。
なら、武器で。
武器は……賊が座ってたところの近くの壁沿いに槍が2本。
距離もない、ちょっと歩いて手を伸ばせば余裕で取れる位置だ。
賊は村の人たちに意識を向けている。
私への関心はめちゃくちゃ薄い今なら。
全力にして特上の不意打ちなら、今の私でも殺れるか……?
いや、違う。
悩む必要なんてそもそもないんだ。
「ここで動かないで、なにが女神だ」
────瞬間の中、頭の中をフル回転していたその時。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!
「ああ……!?間が悪ぃなぁ」
さっき、賊が使っていた通信機のベルが鳴り響く。
その空気を弾くような音に、牢の扉に手がかかっていた賊も反応しないわけがなく。
苛立った様子を見せながら、乱暴に受話器を取って。
「おい、タイミングってモンを考えろ!……何だと?俺が行って何になるってんだ!?────ああ、奴隷、いや、景品どもに教育をだな。……ざけんじゃねぇっ!!…………ああ!?」
「────」
通話の内容は判らなかったけど、察する限り反応からして賊にとってはかなり都合が悪そう。
待って、これマズくない?
ただでさえ気が立っている賊の機嫌が悪くなると、行き場のない負の感情の矛先は村人に向くことになる。
被害がもっと大きくなるのは必至。
やっぱ止めないと。
って思っていたら、賊はハルバードを投げ捨てるように置いて。
「おい、女」
「な、なによ……」
「呼ばれた。賓客が到着したから行かなきゃならねえ」
「そ、そうなんだ。い、いって……らっしゃい……?」
良かった。
どっかの誰かが横槍を入れてくれたおかげで、賊の凶行が止まった。
その賓客ってのも悪いやつっぽいけど、一旦こいつから離れられそうだしそこは助かった。
いってらっしゃい、精々ギスギス接待を楽しむことね!
どうせ私は村の人たちと一緒に牢屋の中に閉じ込められるだろうし、その間に救出するために動いていることでも話して、村の人たちを安心させようかし────
「他人事じゃねえよ。お前は俺の女として同行すんだよ」
え?
賊のその言葉に、私は頭の中が真っ白になった。
お前、俺の女になれよ。




