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20話『2人の自尊心』

いよいよ、目的地へ。

裏であっても、小綺麗に取り繕われていた1〜2階の従業員エリア。

だけど、地下1階のここはあまりに無機質で殺風景で、妙に生々しい薄暗く、冷たい床や壁で。


周囲に気を配りつつ、これからの作戦についてイツミさんと話しながら景品保管所に近づくと、あれだけ伝わってきたフロアと従業員の喧騒は響いてこなくなった。

壁に貼られた関係者立ち入り禁止の張り紙からしても、エビルサイドの闇を感じてならない。


景品保管所に、村の人たちが囚われている。

この疑いが徐々に確信に変わっていく空気を、私は肌で感じた。


「────で、保管所に村の人たちがいた場合、救出じゃなくて本当に大丈夫なのね?その情報提供者が何者なのか教えてくれないのに、手伝うのは正直不満だけど」

「そこは信用してくれ。実際にここまで歩いてきて、俺ら2人で村人を解放することは不可能だということが判った。だから、その場合は移動中に言った案で行こう。情報提供者()とは、事前に色々な可能性を考え話はつけてある。ふっ、俺らだけであれだけの人数を、完全アウェイの従業員通路を通り、誰1人欠かすことなく、この地下から逃がす、か。…………言っててもキツい。無理だな」

「それは、そうね。私も無理だと思う」


心情的に手放しで、ってわけにはいかないけど、私はイツミさんが提案した作戦に反対はない。


ちなみに、その作戦っていうのは……


「安心しろ。さっきも言ったが、このカメラで諸々の証拠を撮り押さえる。そして、撮ったらカメラを情報提供者に渡し、奴に動ける大義を与える。そうすれば、数的有利はこっちのものだ」


イツミさんは、例の情報提供者からカメラを受け取っていて、『救出に何かしらの滞りが起きた場合、最悪、“エビルサイドの闇”を撮ってこっちに持って来い』と言われていたらしいからねー。


移動中、度々訊いても話の核心は教えてくれなかったけど。

つか、私ぐらいには言っても良くない?

なんかポッと出の奴に負けてる感あって嫌だ!


「カメラの使い方、ちゃんと分かってる?撮れてなかったらその誰かさんに怒られるわよ。私には全っ然教えてくれないその誰かさんに」

「妙に嫌味ったらしいな。仕方ないだろう、それが取り決めなんだ」

「ふん!」


自分で言うのもだけど、わざとらしく私はそっぽを向いて。


はあ。

情報提供者ねえ。


イツミさんが取り引きをしている人物の正体って、一体……。



◆◇◆



「この扉の向こうが、景品保管所ね」

「見張りはいないようだな。これなら簡単に入れそうだが。となると、問題は中か」

「そう、ね」


目的地が近づけば近づくほど、緊張から口数が少なくなっていく。

だから、景品保管所の前に着いてしたこの会話で、イツミさんの声を久々に聞いた気がした。

最後に話してから、そんなに時間経ってないのにね。


「色々な話を統合すると、多分この向こうに村の人たちも賊もいるんだろうけど……どうする?」

「俺の演技力とエリーシャの暴力を信じる」

「…………バカじゃないの」


冗談なのか、本気なのか。

重々しい鉄の両開きの扉を前に、イツミさんは真顔でそう言って。


咳払いをした後、おもむろに、扉を開いた。


「誰だ?見張りの交代はまだなはずだが」


想像通り、中には人がいた。

強面で、がっしりとした体格の男が、葉巻を咥えて。


圧からして間違いない、この人は賊だ。

街の客引きや、フロアのウェイターたちとは目が全く違う。

服装だって、タキシードじゃなくてラフな格好。


そして、雰囲気が冷たく、鋭い。


気圧されそうになるなか、イツミさんは前に出て。


「お疲れさまです。ここの掃除に来ました、単発バイトの者です」

「…………でーす」


イツミさんの演技に、私は目を逸らしつつ乗っかる。


なるほど。

清掃をしに行った体なら、違和感なく侵入できる。


「掃除……?そんな話は聞いていない」

「ああ、今日は大物ゲストの接待でこちらの清掃に回せる人手が足りないみたいで。では、掃除します」

「…………しまーす」

「────」


会話を途中で終わらせたイツミさんは、早歩きで奥に進む。


けど、賊からの疑いがそんなに晴れていない気が……。


ま、いいや。なんか因縁ふっかけられたらやだし、イツミさんについて行こ。


「…………エリーシャ、今から撮る。もし奴に怪しまれたら、気を引くか潰してくれ」

「え……」


突然の無茶振りを、なんとも思っていない様子でするイツミさん。


…………いや、イツミさんの顔は青ざめていて、カメラを持つ手は小刻みに震えている。


頼むから怪しまれることなく撮り終えてえぇ……!


だけど、見れば、実際の景品保管所は、地下一階の案内図に書いてあったそれより、さらに大きな場所みたい。


ざっと判る保管所の構造は、大きな長方形。

賊がいる入り口付近の場所より、檻で仕切られた部分の方が圧倒的に広い。

それこそ、上のカジノよりちょっと狭いくらい。


ということは、それ相応に多くの人たちが囚われていそう。


さて、村の人たちは、この檻の向こうに……


いた。

薄暗いし、奥の方にいて、目を凝らさないと判らない人たちもいるけど、サーク村の人たちだ。


その中には、イツミさんと遊んだりしてた子たちや村長さん。

涙ながらに英雄サマの想いを打ち明けた石工の青年の姿もあった。


誰も彼も、声を上げる気力もなく、虚ろな目で過ごしている。


そのイツミさんが、お腹の辺りにカメラを構えた時だった。


「────おい、待てよ」


冷たい声が、大きく響く。

その声の主は、怪訝そうにこっちを見る賊だった。


「ど、どうかしましたかあ?」


圧すげえ……!

怖いけど、イツミさんの気が散らないよう、震える声で私が返答する。


「本当に掃除しに来たんなら、掃除道具の1つや2つ持って来んだろ。だが、お前ら箒や雑巾すら用意してねえよな」

「あ……」「マズいな」


やばいやばいやばいやばい。

どうしてこんな単純なことを見落としてたんだ私たちは。


そうよ、掃除用具を持たないで

『清掃しにきました〜』

なんて通用するわけないじゃん!


「…………そもそも、バイトの連中には景品保管所(ここ)に立ち寄らせねえってのが俺らの規則だ。このエビルサイドの奥底の闇をお前らみたいな一般人に見せるわけにはいかねえからな。で、お前らは一体何(もん)だ?やっぱ怪しいな、消すぞ」

「「────!?」」


なんで!?なんでこうなるの!?

どうしてこうも猜疑心と決断力が強いの!?

確かに、あんたが言うようになんも用意してなかった私たちも私たちだけど、殺生にここまで躊躇がないものなの!?


そうこうしているうちに、近くに置いてあったハルバードを握った賊が、私たちの元へ歩き出す。


「おい、嘘だろ……。なあ、エリーシャ」

「なあに、イツミさん!この場で私になにを求めてんの!?」

「この場をひっくり返せる“暴力”」

「はあ!?雑巾1つも用意しない自分の“演技力”は棚に上げといてそれ言う!?」

「ならば、俺は提供者と接触しに行くから、囮になってくれ。我ながらやや情けない話だが、頼む」

「はい!?なに勝手に決めてんの!?一緒に逃げた方が良いに決まってんでしょ!?あと“やや情けない”じゃなくて“めちゃくちゃ情けない”だから!」


多少サーク村で揉まれたとはいえ、こいつの自尊心の強さはブレないわね……!


「余所見するとは随分余裕だな。そうか、牢屋の中の生贄どもへの見せしめになる気は十分らしいな」


私がイツミさんのふざけた提案に抗議しているところに、賊は割ってハルバードを薙ぎ払ってきた!


「ヒィッ!!」「くっ……!」


転びながらも間一髪で散って避けるけど、賊は追撃を緩めない。

左方向に薙いだハルバードを、今度は縦に叩き斬るようにして、イツミさんでなく私に向けて。


ガギィンッ!!


静かな大部屋に響いたのは、冷たい石の床が欠ける音。

ハルバードの切っ先は、腰を抜かす私の脚と脚の間に振り落とされていた。


「ヒ、ヒギィッ…………!」


痛く、ない。

けど、アソコから漏れちゃいけないのがちょっと漏れてる……!


「ふん、手間取らせやがって。…………待て、よく見るとお前なかなか上玉だな」

「え……?」


賊は、ハルバードを上げずに、腰を抜かした私の顎を持ってそう言った。


ん?いや、『待て』じゃないわよ。


そっちこそ待って。今、あんたなんて言った?


「よく見ると、ってどういう意味?よく見なくても上玉って気づけないのかしら」

「殺されるって時に生意気なクソアマだ。だが、やはり傷をつけるには惜しいな。どうだ、俺の女になれよ」


賊がそう言うと、私の顎を持つ力が強くなる。

にしても、まさかこんなところで求愛されることになるとは思わなかったわ。


「────」


ちょっと考えてみる。


この男は鼻息も荒い、歯も磨いてなさそう。

それ以前に、女の子の扱い方が乱暴すぎてまるでなってない。


それに、オレ様系を演るにしても、華やかさってもんが必要でしょう?

村人を攫って閉じ込めて、命を軽視してるあたり、そういう華を欠片も感じないわね。

なんてしょーもないのかしら。


ふふ。

これじゃあ、悩むまでもないわね。

不思議と笑いもこみ上げてきた。イツミさんの方がまだ“分かってる”。


答えはもちろん。


「ばーか。────相手を選びなさい。100年早いわ、おぼっちゃん」

「馬鹿はお前だ。お前に拒否権はねえんだよ。俺は『女になれよ』って言ったんだ。俺らは賊、欲しいモンは力づくで手に入れる。女だって、ここに捕らえている景品どもだってそうだ。…………二度とそんな口が叩けないように、お前を、調教してやる」


私の顎にあった賊のゴツゴツした手が、そのまま私の首に。

絞めつけんばかりに、ぐっと掴んできた。


苦しい、怖い、痛い。


だけど、これで良い。

最悪ながらも、最善は尽くせたんだから。


ね?イツミさん。


「けほっけほっ……!そんなんだから、もう1人に逃げられんのよ……!」

「そういや……。まあ良い、他の奴に連絡して追わせる。しかし、お前あいつに捨てられたんだな。だが、安心しろよ。俺はお前みたいな惨めな女も貰ってやる度量があるんだ」

「お猪口程度のあんたの度量で、収まる女だとでも思ってんの?」


そう、これで良い。

私はなんとか切り抜けてみせる。


だから、あなたはあなたでやることやんなさい。


「チッ……。お前、絶対に、堕とす……!」

「やれるもんならやってみなさい。でも、知ってた?高嶺の花って手が届かないから綺麗なの」


ちょっとは頼りにしてるわよ、私の勇者の卵(イツミ)さん!

愛の女神が、勇者の卵に託す。

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