18話『囚われの偉丈夫』
若干小声の、大切なお話。
「ここのカジノの一般公開エリアは、ここ1階と上にある2階。そして、地下1階の一部だ」
案内図によると、エビルサイドは大体3つにエリア分けされている。
大人数で賭け事をするエリアの1階、スロット等があるエリアの2階。
そして、巨大な地下闘技場がある地下1階だ。
「言い換えれば、ヤニク捜索や村人の居場所の情報収集の範囲はそこってことよね」
「“今のところ”は、な」
「────?」
壁に掛けられた客向けの案内図を眺めながら、私たちは言葉を交わす。
どこか含みを持たせた言い方をしたイツミさんは、続けて。
「という訳で、俺はスロットエリアに行く。このカジノのスロットに興味があるとか、そういう訳じゃなくて。実際に運営者の賊どもの視点を得るための、調査の一環としてだ。スロットなら周りに流されず、自己完結で金を使えるからな。それに、ずっとギャラリーでいたら怪しまれる可能性がある。だから、20000ゴールドをくれ。レートにして1コイン1ゴールド、俺もエリーシャも遊ぼうと思えば遊べるんだ」
「そういう、ことなら」
うーん、ここのスロットやってみたいんだろうなってのがバレバレなんだよね。
でも、言い訳に聞こえるイツミさんの言い分も一理ある。
それもイツミさんの本音だと思う。
だから、多少の心配はありつつも、私は20000ゴールドをイツミさんに渡した。
これで、私の所持金は52000ゴールドになった。
こういう場では、それぐらいの額は一瞬で吹き飛ぶ。油断せずに行こう。
2階にあるスロットエリアに、珍しく足早に行ったイツミさんと別れた私は、サーク村の人たちの手がかりを漠然と探していた。
時刻は20時、開店してから2時間経っても、依然、場の熱狂は途絶えることはない。
だけど、調査の進展は芳しくない。
正直、エビルサイドが物理的にも経済的にもここまで大きいカジノだとは思わなかった。
いくら大きいと聞いていても、私がイメージする“エスの街らしさのある大きい”はこんな派手やかで絢爛としてなかったんだから。
これじゃ、カチコミしようにも付け焼き刃レベルの浅い計画じゃ相当厳しいわね。
あと、行方の知れないヤニクの件も、結局まだなんにも進展していない。
というか、こんな状況でヤニクが無事だって考えること自体が不自然な気がしてきたわ。
てか、そもそもなんで賊は村の人たちを攫ったんだっけ。
奴隷にするため、だよね。
使役するため?それもあるだろうけど、ヤニクが言ってたのって……。
「売り払うため。ってことは、商品や景品にするってこと?────まさか!」
閃いた私は、近くに、壁に掛けられている客用のエビルサイドの案内図を見つけた。
冷静に、振り返りつつ考えよう。
圧倒的な外観の高さや大きさを誇るエビルサイドのフロアは、1階と2階と地下1階の3つ。
まあ、1フロアの広さがかなりあるから特に気にはならないんだけど、規模から考えてもっとあってもおかしくないのよね。
ありきたりな話だけど、VIP限定のフロアもあったり、とか?
とにかく、私ら一般人が立ち入れるその3つのどこかに、RPGとかのカジノでは馴染み深いアレがあるかもしれない。
「…………見つけた!そっか、1階にあるのね」
探していた施設は、目立ちにくい1階の右端にあった。
その施設っていうのは、金やコインを景品と交換できる場所。
目立たなさも“敢えて”なのかしら。
にしても、ああ……なんで私はこんな単純なことに思い至らなかったのだろう。
でも、確か、バージが無理やり交わされた“今日の23時59分までに残りの村人を連れてこなければ、捕らえた村人を即座に売り飛ばすか殺す”って取引。
これは裏を返せば、今日の23時59分までは奴隷として景品になることはない、ってことなのかな。
だとしたら、行ったところで無駄足かな……?
ううん、行ってみないことには始まらないよね。
なにか、少しでも好転するきっかけが見つけられるかも。
思い立った私は、1階にあるエビルサイドの交換所へと足を進めた。
◆◇◆
交換所に着いた私がまず見たのはサーク村の人たち……じゃなくて、宝具や装飾品、質の良さそうな装備品。
どれどれ、目玉の景品は……?
本日出品、1000億コインの【晦冥龍を封じし匣】と【嚆矢の魔人の契約書・零】……!?
神話の歴史にそういう存在がいたような?
でも、私そういうの疎いからよく分かんないのよね。
てか、確かに名前的にはすっごい仰々しい物だけど、本物って確証もないのによくこんな強気な価格で攻められるわね。
1ゴールド1コインってことは、そのまんま1000億ゴールドで売ってるようなもんでしょ?
無視無視。
だけど、ちょっと奥に進んだら見えたものに、私はもっと言葉を失うことになった。
「お前ら、入れたんだな」
「……なに、やってんの?」
「よお、先に着いてたぜ。はっ……こんなザマだがなァ……」
「ヤニク……!」
私が見たもの。
それは、檻の中に1人囚われていたヤニクだった。
周囲には、同じように囚われている人が何人か。
みんな、それぞれ1人ずつ檻に。
景品の奴隷として飾られているのだろうか、値段が書かれている札が、檻に掛けられている。
中には、売約済みの札も。
「初めて会った時と構図がちょっと似てるわね。今回はあなたが檻の中だけどさ。────これは一体どういうこと?私たちと別れてからなにがあったの?」
約束の時間になっても集合場所にやって来ないで、こうして囚われの身に。
なにかに巻き込まれたのは分かってる。だから、訊きたいことが山ほどある。
前のめりになりながら訊く私を、ヤニクは手の平を向けて落ち着けと言いながら。
「俺は、賊に捕まった」「見りゃ判るわよ」
珍しく、私がヤニクにツッコミを入れる。
そう、そんなことは判り切ってる。
私が訊きたいのは、どのようにして捕まったのか、だ。
「話は段階的にしなきゃだろ。俺は、お前らに言ったようにここの構造とかの調査をしていた。顔も割れてねェと思ってたから、俺も割と大胆に歩いてたんだ。だが、それが迂闊だった」
「どういうこと?あなたの顔、賊に割れてたの?」
ヤニクは、ああ、と自嘲気味に笑う。
だけど、イツミさんの推測は“割れてない”だった。
いやいや、あの推測が間違いだったとは思えない。
街灯がほぼないあの村の夜襲で、顔を認識するのは至難の技だ。
それこそ、応戦して健闘したりして記憶に残らない限り……。
え、まさか。
「ヤニク、あなた矢が刺さってたわよね。もしかして、戦って賊たちの記憶にその顔が刻まれて」
「いや、多少は応戦したが、原因はそれじゃねェ。もっと根本的なことで、近いところにいたんだ。原因が判った瞬間、俺は今日の理不尽に合点が行ったよ」
「じゃあ、その原因のせいで捕まったってことよね。一体なんなの?あなたの顔を知っている存在って」
ヤニクは、目を瞑って右手で檻を掴んで。
「消えた門番だ。元々賊だったのか、後から奴らと組んだのかは知らんが、あいつは、賊と組んでやがった。開店前に俺が辺りを調べてたら、店の入り口から出てきた奴に鉢合わせてな。単に遊び呆けてるのかと思って問い詰めようとしたら、捕まっちまったんだ。『取り押さえろ!』って指示も出してたし、完全にクロだなありゃ。……間抜けなことに、あの門番が賊どものグルだって気づいたのはその時だった」
「思いつめないで、なんとか助ける方法考えるから。そうだわ、村の人たちには会えたの?」
ちょっと周りを見てみたけどここの交換所に、サーク村の人たちの姿はない。
ってことは、別の場所にいるんだろう。
捕まったヤニクなら知っているかもと思い、訊いてみた。
場合によっては、彼らを先に助けた方が立ち回りやすいこともあるかもしれないしね。
「それが会えてねェんだよ。俺は裏の小部屋に連れて行かれて、流れであっという間にここに運ばれたからな。んで、ここに俺みてェな景品は、所有者のために深夜に地下にある闘技場で戦わされるらしい。どっかの国の剣闘士みてェに華やかなとこじゃないが」
「今、あなたって誰かに所有されてる剣闘士なの?まだなら、私たちがヤニクを買うってのも1つの手よね」
「そうしてもらいたいのは山々だが、既に俺は別の奴に買われちまった。規定の時間になったら、そいつと俺に賭けた奴らのために俺は戦わされる。舞台の地下闘技場は昨日完成したばかりらしくてな、今日がこけら落としの初開催だ。かなりの手の入れようで、相当な大物を招待しているんだってよ。だからか知らねェが、今ここの経営陣どもはバタバタしている。動くんなら、多少大胆でも問題ねェはずだ。頼む、俺の方は後回しでも何とかなる。お前らだけが頼りだ、あいつらを助けてくれ」
相当な大物。
客引きも似たようなことを言っていたような。
「この通りだ、頼む……!」
周囲に聞かれないように小声だけど、檻におでこをくっつけるぐらいの、鬼気迫るお願い。
自分の命が保障されているわけでもないのに、ヤニクは村の人たちのことを最優先に考えていた。
ヤニクらしいと言えばヤニクらしい。
だけど、これで私たちはやらなきゃいけないことが1つ増えてしまった。
「あのね、あなたも助けられるうちの1人なんだからね。もう少し、自分のことにも気を配りなさいよ」
私の言ったことに虚を衝かれたのか、はあ?、と言いながらヤニクは目を見開く。
日頃は厳格なヤニクのこんな顔、初めて見たかも。
「大丈夫。私とイツミさんで全部どうにかするから」
「あ、ああ。…………頼むぞ」
◇◆◇
戸惑いを隠せないヤニクを後ろに、私は交換所を出た。
とりあえず、ヤニクに会えたことをイツミさんに報告しておきたいし、あのスロットエリアに行くことにした。
同時に、例の門番を含む運営者側の人員の把握。
イツミさんの話によると、運営側の全員が全員賊ってわけじゃないらしいし。
それこそ、私たちをここに招き入れた客引きとか、ウェイターやウェイトレスたちはただの雇われというか従業員ってことだし。
だから、ここは警戒しすぎずに行こう。
逆に、あの門番は幹部みたいな立ち位置だと推測。
ヤニクの言ってたことを踏まえると、指示ができる立場だってことだもんね。
そういや、あの門番に身体ペタペタ触られてから、私の身体なんかおかしいんだよね。
こう、変な意味じゃなくて、栓が詰まっているみたいな。
そんなことを考えていたら、私は2階のスロットエリアに着いた。
着いた、んだけど……。
なにやら、従業員と若い客が揉めている。
1階が賑わっている今、スロットエリアはあまり人もいない。
だから、周りに人が集まってるわけじゃないんだけど、物騒ねえ。
「だから、何度も申し上げているように、当カジノではイカサマ等の不正行為を防ぐため、異能を無効化する装置を設置しています」
「ふざけるな!スロットの目押しが不正確になってしまうだろうが」
聞こえたのはあの耳馴染みのある低音ボイス。
あのバカ……!ほんとにバカ……!
騒ぎはただでさえご法度なのに、どうしてこうバカ……!
恥ずかしさと申し訳なさと、それ以前に騒ぎの果てに起きる出来事を想像した私は駆け出して、その声の主に掴みかかった。
そして、その流れで従業員に猛謝罪。
「すみません!この人私にプロポーズするために婚約指輪を買おうとスロットで一発当てようとしてたみたいで熱がめちゃくちゃ入っててほら謝って」
「婚約指輪!?お前は何の話を」
「ほら、ごめん、なさいって!」
イツミさんの頭を叩いて、首を掴んで上から思い切り圧をかけて頭を下げさせる。
抵抗する隙すらも与えない私の猛攻に、イツミさんはただ無力にぺこりと項垂れるようにする。
「こ、こちらとしても説明不足がありましたので。では、失礼します!」
面倒ごとから逃げるように去って行った従業員は、きっと賊と関係のない雇われ側の人だろう。
それはそうと、イツミさんとやっと話せる状況になった私は、ヤニクと会ったこととかを話した。
「────ってこと。だから、ここから先はもっと大胆に攻めるわよ。分かった?」
「それは分かったんだが、何故婚約指輪とかいう嘘をついた?」
「……そこはもうどうでもいいでしょ。私もちょっと勢い余ったの認めてるんだから」
別にイツミさんに対して“そういう気持ち”を持っているわけじゃない。
アレは、あの場で成人男性が異常者だとバレないようにするための、最も効果がある嘘だった。
成人男性があれだけ躍起になるのをごく自然にフォローするには、私の可愛さとそれに関係する動機が最適解!
我ながら、即席であんなに無駄のない嘘がつけたのは驚きだ。
「ところで、ヤニクが戦わされるのは何時だ?あいつも救出対象になってしまった以上、そこのスケジュール管理も徹底しなければならん」
「そこは情報提供者から教えてもらってないのね。ほら、あの壁に掛けられてる予定表を見て。色々予定が書いてあるけど、地下闘技は日付跨いだ夜の1時だって。だから、日付変更の0時がタイムリミットの村人救出を優先すべきね」
今日の予定表──客用のフロア案内図の隣に掛けられている──を見ながら、イツミさんは腕を組んで。
「その“相当な大物”の正体さえ判れば、多少はやり易くなるんだろうか。提供者もそこは自信がなさ気だった」
「なら、聞き込みでもする?一般の従業員にどこまで伝わってるか分かんないけど」
「するにしても従業員は止めておけ。余計なことで足がつくと、マークされる恐れがある。やるのなら、一般人相手だ。その大物ゲストの情報収集とサーク村の人たちの居場所の情報収集を並行する。訊きつつ、察しつつ、だ。────ところで、どうして婚約指輪とかいう嘘をついた?」
「そこはもうどうでもいいって言ったよね!?」
どうでもいいことにばかり気になるのが、無職の性。




