16話『正義の不服』
想定外の帰還。
私たちがエスの街に着いたのは、夕焼けちょっと手前ぐらいの空の時だった。
街の大通りの人の通りはピークを過ぎたぐらい。
夜ご飯の材料を買う主婦や、出稼ぎに来ている人たちの往来がこの時間だと結構目立つ。
もちろん、私たちの目的地はエビルサイド。
そして、目的は村人たちの解放。
あわよくば、報復されないように賊を完膚なきまで叩き潰したいけど。
そして、できればそれはエビルサイドの開店前の時間帯。つまり、夜までにやっておきたい。
だって、エビルサイドが賑わう時間にやったら騒ぎになるし。
そうなったら賊との全面衝突は避けられない。村人たちの命も危ない。
そう思っていたんだけど。
「なあ、エリーシャ」
「なあに、イツミさん」
「エスの街の兵団の本部に行くぞ。場所を教えてくれ」
「え……なに言ってんの?」
イツミさんの発言に、私たちは耳を疑った。
『サーク村に残った村人を馬車に乗せて連れて来い。兵団にバラしたら、全員殺すか即座に売り飛ばす』
賊がサーク村に突きつけた、絶望的な条件があるから。
「お前、俺の話聞いてたか?兵団にチクったら、救う以前に村人が殺されちまうんだぞ」
「犯罪者共の言葉に耳を貸すな。大体、その賊が兵団に相談された用件を把握できるわけがないだろう。ならば、兵団の協力を仰いだ方が良い」
詰め寄るヤニクに、当然だろう、とイツミさんは腕を組んで。
言われてみれば。
確かに、イツミさんの言うことは一理ある。
でも、懸念はある。
と言うのも。
「仮に、仮にだけど監視されていたらどうするの?例えば……兵団本部の近くに監視役みたいなのがいたとして。そいつに報告されたら終わりじゃない?」
「その場合、監視している奴は“バージを帰らせた賊”か“その現場にいた賊”だろう。あいつらは、バージが取引に応じる想定。ならば、仮に監視役を配置していても、バージの顔をはっきり憶えている奴をそこに置くはずだ」
私の疑問に、イツミさんは論理立てて返してきた。
流れに乗るように、ヤニクも続く。
「俺らの顔を知ってたらどうするんだ」
「まず、俺とエリーシャは騒ぎすら聞こえなかった離れの牢屋にいたから、顔が割れていることはあり得ない。そして、ヤニク、お前のことだが。まず、訊こう。お前が賊なら、襲っている村に住む奴らの顔を一々記憶するか?特徴的な容貌や体躯を持っているならともかく、お前は村では標準に思える。況してや夜で、尚且つ集団で勢いに任せて襲いかかる手段で村を堕としたのなら、尚のこと記憶に残らん。お前は捕まらず矢を受けながら逃げ果せたわけだが、応戦という応戦はしていないんだろう?なら、問題ないはずだ」
「お前が思う応戦がどの範囲までかは知らんが……。しかし、奴らの想定の中に本来バージに連れて来るはずだった村のモンが──」
「だ、大体、こういう脅しは口だけの場合が多いだろ。精神的にも身体的にも弱っている奴には言葉だけでも牽制になる。だが、俺らは正常な判断ができる状態だ。ならば、賊どもの想定をぶち壊してやればいい」
あ、イツミさんがヤニクの反論を無理やり遮った。
「なる、ほどな」「────」
でも……私だけでなく、ヤニクですら感心する。
こういう時、イツミさんが妙に賢くなるところは本当に謎というか。
アレかな、自分の生死を分ける土壇場だけ本気出るタイプなんだよね。
でも、日頃からそのパフォーマンスは維持できなくて。
あ、だからニートだったんだこの人!
私は、哀れみを込めた目でイツミさんを見て。
「イツミさん。こっちの世界ではもうちょっと、出力みたいなのを維持しましょうね。がんばろ!」
「あぁ……?」
不快そうに返してくるイツミさん。
そんな私たちのやり取りが終わると、ヤニクは覚悟を決めたようにバンダナを巻き直して。
「そうと決まれば、早速兵団に行くぞ。時間はあるようでねェからな。早ければ早いほど、だ」
◆◇◆
「────なるほど。事情は大体把握しました。事情は計り兼ねますが、サーク村への定時運行の馬車が昨日から走っていないという報告もあります。もし、その襲撃が事実ならば、色々と辻褄は合いますね。ですが、我々が動くには判断材料が足りません」
「ンだとッ!?」
「ちょっと!気持ちは分かるけど落ち着いて、ヤニク」
私たちは兵団本部に駆けつけて、村の状況を訴えかけた。
そして、立ち話はなんだからって中の応接室に案内されて、兵団の副団長と名乗る金髪の女性に応対してもらっている。
そこまでは良かったんだけど、テーブルを挟んだ向かいに座る兵団の、凜とした副団長が淡々と静観の姿勢を見せると、ヤニクは掴みかかりそうな勢いで激昂した。
そのヤニクにイツミさんは、よせ、と手で制止して。
「何故だ?サーク村はエスの街の領内なんだから、お前ら兵団の管轄内だろう」
「それはそうですが、事実が事実であるとしっかりと調査する必要があります。それが守る側の責務です」
「あー、そうか。ところで、お前らがサーク村に配置した門番だが、襲撃時から見当たらないんだ。村の者と同じく攫われたのか、賊を前に責務を放り出して逃げたのかは知らんが、後者ならそっちに戻ってきていないか?もしそうならば、元気にしているか?」
煽りがギュッと詰め込まれたイツミさんの皮肉。
対して、副団長の女性は眉ひとつ動かさないで、ある書類を机の上に出し、私たちに向けて見せた。
左側には人の名前、そして右側には村の名前。
つまり、誰がどの村の門番を勤めているかが判る早見表みたいなとこなのかな。
「今のところ、サーク村だけではなく領内の他の村でも同じように、月替わりで門番が駐在しています。そして、週に一度、兵団の連絡部隊が各村に訪れ、そこにいる門番と具に情報を共有し合います。なので、毎日ではありませんが、村の状況はこのエスの街の兵団本部にしっかり伝わっています」
「その情報共有は、今週だと具体的に何時行われた?」
「昨日です。報告では『何も問題なく、サーク村は平和そのものだ』、と」
「昨日……」「え!?」「どういう、意味だ」
サーク村が賊に襲われたのは一昨日。
2回夜が明けた今日ですら、あの損壊状況だった。
なら、昨日の状況はそれ以上なんだろう。
なんにも問題なく?
そんなわけない。そんなことはありえない。
報告をした門番が嘘をついているのか。
その報告を受けた連絡部隊が嘘をついているのか。
その報告を管理するこの人が嘘をついているのか。
まさか、兵団の全員が……。
「どういう意味だって言ってんだよッ!!」
「調査をする必要があると、言っているでしょう!」
「────ッ!」
怒りで震えたヤニクが、副団長に掴みかかる。
だけど、瞬きした後に私が見たのは、ヤニクの身体が宙に舞い、床に叩きつけられる光景だった。
華奢ではないけど、がっしりしているとは言えない女性が、筋骨逞しい偉丈夫のヤニクをいとも簡単に。
これが、兵団の実力なのか。
この街の治安が良い理由は、魔王の活性地域から離れているからってだけじゃないみたいね。
「民を守らねばならないこの組織にも、清濁は入り混じる。どれが清く、どれが濁っているかなんて頭と心では判っていても、多数の部下を抱える私は感情に任せた憶測で動くことは許されない。今すぐにでも打ちのめしたい、この街に巣食い始めた魔の手だって、兵を動かし振り払おうにも準備がいる。私だって、歯がゆくとも立場を貫いているんです。決して見捨てるわけではありません。ご理解ください、長閑で美しいサーク村の方々」
淡々と告げるその口調の中に、隠しきれない憤りや無念さ。
組織の苦悩を見た私たちは、これ以上彼女と話す気持ちにはなれなかった。
◇◆◇
「クソッ!!!」
路地裏の木箱を蹴り壊し、溜まりに溜まった苛立ちを発散するヤニク。
どうしよ、器物破損で怒られたらやなんだけど……。
でも、気持ちは分かる。
本来なら、ヤニクみたいな人たちを救ってくれるはずの兵団が動いてくれないのだから。
「こうなれば、もう次のことを考えよう。目的地はカジノか。客として紛れ込もうにも、常識的に考えて恐らく入場料は取られるだろう。だが、村での治療で出費が嵩んで正真正銘の無一文の俺らに払える金はない。ならば、正面からカチコミと行きたいが、俺らには兵力が足りない。…………結局忍び込みか」
「……だが、元々そのつもりだったんだ。頼れねェ連中が頼れねェと判ったところで、俺らがやることは変わらん」
「別に反対ではないが、そもそも忍び込みの算段はあるのか?建物の構造は把握しているのか?」
「いいや、その場で決める」
ヤニク自身も、それが厳しいことだと分かっているとばかりに苦しい表情で。
イツミさんはイツミさんで目を閉じて。
そんな時、私の頭の中にはあることが浮かんでいた。
それは、神ハウスのナビゲーターの部屋の金庫の中にある、もしもの時のためのお金だった。
「無一文か……。一応、お金はないこともないのよ。神ハ……私たちの拠点に多少はあるはず」
「お前ら、エスの街に拠点構えてたのか。で、入場料は賄えそうか?」
「分かんない。でも、エビルサイドに忍び込めるかどうかも怪しいわけだし、それなら、やっぱ客として行ったほうが確実に中には入れるでしょ?お金が足りればだけど」
「……そうだな、助かるぜ。なら、俺はエビルサイドの具体的な場所、開店時間、構造を見てくる。今は……17時ちょい前か。なら、1時間後だ。1時間後の18時、ここで落ち合おう」
「了解。……イツミさんは私と一緒に行く?それとも、ヤニクとエビルサイドの調査?」
「いいや。俺は気になることができたから単独行動をする。…………何だ、その信用のない目は」
てっきり、私についてくるかと思っていたけど、イツミさんはイツミさんでやりたいことがあるみたいで。
うん、怪しい。
イツミさんのことだから、そこら辺でぼーっとしてそう。
だけど、今回ばかりはイツミさんばかりにかまっている余裕はないので、私は彼の単独行動を許可してあげたのだった。
◆◇◆
「……ただいま。なんちゃって」
神ハウスに約1週間ぶりに帰宅したわけだけど、実は感慨はそれほど湧いてない。
暮らした期間が下手したら1日にも満たない、色々と満ち足りているこの家よりも、風が凌げないサーク村のあの牢屋の中の方が、ひょっとしたら馴染みは強いかも。
そして、ここで寛ぐ余裕も今はない。
私がここに帰ってきた理由。
それは、エビルサイドで必要になる入場料の確保だ。
そのお金はどこにあるのかというと、ナビゲーターの神たちへ与えられた、書斎としても使われる部屋にある、金庫の中。
「今までの神たちじゃ、絶対経験できないこと、私してるよね。本当は他の神みたいに、さっさとイツミさんとのチュートリアル終えて、神界に帰るつもりだったんだけどなあ。あ、それは今も同じか」
『絶対に自立はせんが、エリーシャのための世界を創ると約束しよう』
ふと、イツミさんのあのよく分からない牢屋の宣言の意味を、私は色々考えてみた。
大方、その場のノリから出た発言なんだろうから本気にしてないけど。
でも、一体全体、私たちはどんな別れ方をするんだろうかってのは気になる。
涙を禁じ得ない感動のお別れ?
意外とあっさりした流れ解散?
それとも、本当に自立しないで、ずっとなあなあな状態でこのまま……?
チュートリアルのナビゲートが終わらないと神界に帰れないし、それはめちゃくちゃ困る!
「……解除完了。中身は、っと。80000ゴールド!結構な大金!」
ダイヤル式の金庫は18、15、35、43、46、49に合わせれば開く。
なんだけど、ナビゲーターを担当する神なら、指紋認証みたいな感じでダイヤル錠に触れるだけで開けられる。
それにしても、ここで80000ゴールドはかなりデカい!
ザーイル大陸の平均日収が6000ゴールドなわけだから、例の賭場に私たち3人が入場するぐらいわけない額なはず!
お金をお財布に入れた私は、すぐにでも集合場所へ向かおうとした。
その時、ふと机の上にある積まれた白紙に目が行った。
そして、同時に、私の身体に電撃が走ったと思うぐらいの衝撃。
私の目に入ったそれは、ナビゲーターの神の義務である、神界への勇者育成の状況をしっかり書き記す報告書だったからだ。
書いたら、1日1回、最低でも3日に1回は神界に送っておきたいところだけど……。
「やっば……私どれぐらいこれ送ってないんだろう。え、どうしよう。まだちょっと時間あるし、なんか書いて送った方がいいよね」
思い立ったら、机に向かい座る。
右手にはペン、勢いのままに私とイツミさんの1週間と数日を書き記……すわけにはいかない。
だって、その殆どが収監されてたり、奴隷として労働してたなんて、とても報告できる内容じゃないし。
だから、私はこう書いて、隣の提出箱──ここに報告書を入れれば、自動的に神界に送られる──にポストイン!
なんて書いたって?
『神界のみんなへ。いろんなことがあるけれど、私は今日も元気です』
届けるは、率直な愛の心境。




