13話『崩壊のサーク村』
誰がどう見ても異常事態。
エリーシャとイツミはこれから一体……?
自分の身体が癒されていくのを身体で実感したヤニクは、気を失うようにちょっとの間睡っていた。
あまりの疲労からなのか、安心感からなのか、そこまでは分からなかったけど、寝ているヤニクの顔は、私たちが見た中で一番安らかな顔だった。
そのヤニクが、今起きた。
寝てしまったことは不服だったみたいで、『寝ちまってたか……』って頭を抱えながら呟いてた。
私たちは、そんなヤニクに訊かなきゃいけないことがある。
「起きたようだな。────で、その傷は何処で、誰から負ったんだ?」
「だから……害獣に」
「ヤニク。違うことぐらい分かってるから。ちゃんと、私たちに本当のこと言ってよ」
私とイツミさんに詰められるヤニクは、数秒目を瞑ったら観念したようにため息をついて、少しよろけながら起き上がって。
「ついて来い。見せてェもんがある。どう思うかはお前らの自由だが、これからの光景の全てが、サーク村に今起きている現実だ」
私とイツミさんは、ヤニクの背中を追って牢屋から出た。
この出所は、きっと私たちが待ち望んでいたシチュエーションじゃなくて。
いつもは大きく感じられたヤニクの背中は、心なしか小さく見えた。
◆◇◆
私たちを収監していた牢屋は、サーク村の外れにある。
だから、村人たちの生活圏内に入って労働するためにはちょっと歩く必要がある。
日数的にはたった4日の労働だったけど、今歩いてる道は私たちの通勤ルートとも言って良い。
だけど、この道が、今日に限っては違和感でしかなかった。
上手く言葉が見つからないけど、吹いている“風”が違うような。
それを感じているのは多分私だけじゃなくて、イツミさんもいつも以上に周囲に気を配っているみたいだった。
そして、その違和感は間違いでないことを目で知ることになる。
「なに…………これ…………」
いつもなら、村人の活気が溢れる村の中心部。
だけど、眼前のこの異様な景色に、言葉を失わずにはいられない。
家屋という家屋が倒壊し、物が焼けるような臭いがあちこちからする。
煙も立ち上っている。
その家屋の一つ一つが、私たちにとっては馴染みがあった。
短い期間でも毎朝の清掃で、汗水垂らして綺麗にしてたんだもの。
でも、もう、その多くが荒らされていた。
それも、人為的に。それは、刺さる矢や刀傷が物語っていた。
惨状を前に私以上に苦しいはずのヤニクは、握りこぶしを解くことなく皺を刻むように睨むと。
「賊だ、賊がやったんだ。一昨日の夜な。最近、ここら一帯を彷徨いてたのは知ってたが。知ってたから、もっと早く対処出来たはずなのに。俺らはまんまとやられた」
「それで、か。労働初日の夜、俺らにあんなことを訊いたのは」
『お前ら、ここに来る前にサーク村に関わる悪い噂聞いたか?』
イツミさんの質問に、私はヤニクのそんな言葉を思い出す。
あの夜、私たちは確かにヤニクにそう訊かれていた。
訊かれる前にも、村人たちの間から感じたピリついていた空気感。
それは、どこか私たちだけでなくそれ以外にも向けられていたような気がしていたけど……。
「兆候はそれより前にあったがな。だが、あの日辺りから奴らは大胆になっていた。村から街に運んでる積荷にちょっかいかけたりな。ちょうどそん時ぐらいから、街からこっちに来るはずの定期便も来なくなった。これも偶然じゃねェはずだ」
「あ、あの……」
村の中心部に来てから、私はずっと気がかりなことがあった。
でも、訊いたらいけないような気がして訊けなかった。
そんな私の葛藤を、ヤニクは見透かしたように。
「村人は何処だ、って話だろ?村の奴らの大半はな、賊に攫われちまった。ガキと若ェ女はほぼ全員、老人や野郎も大勢だ。このままだと奴隷として売り払われるだろうな」
「それ以外の連中は?」
「運良く逃げ切れた奴らは、倒壊しきってねェ家屋の中で身を寄せ合ってる。何せ負傷者が多いんでな、手当てをするだけで精一杯だ」
ヤニクもその中の1人だったんだろう。
だけど、私たちの所に足を引きずっても来てくれた。
ヤニクの精神力は本当に凄い。
逆の立場で私がそうできるかと言われたら、『できる!』なんて断言できないもの。
あっ……そういえば。
「────ねえ、イツミさん。イツミさんの【先立つ物は所詮金】を使えば村の人治せるんじゃない?ヤニクを治したときみたいに!」
「アレは、本当にお前の異能だったのか……」
「疑っていたのか。…………そうだな、予算は1人3000ゴールド。負傷者の具合を見ていないから何とも言えんが、さっきのヤニクへの処置で大体の感覚は掴んだ。3000ゴールドチャージのヒーリングなら、治すまでは行かなくとも、痛みを和らげて回復を速めることができよう。だが……」
「「だが?」」
「まずは、何か食わせてくれ」
ぐぅぅぅぅぅぅう。
イツミさんの空気が読めない発言とお腹の音が飛び出す。
だけど、そのおかげで村の惨状を前になくなりかけていた食欲が、私にも戻ってきた音がした。
◇◆◇
「【先立つ物は所詮金】。チャージ、3000ゴールド。パーチェス、ヒーリング」
ヤニクが用意してくれた、なけなしの食べ物を頂いた私たち。
その後は、村の人たちからお金を徴収し、負傷者1人ずつに3000ゴールド分のヒーリングをイツミさんが付与する。
資金はどこから得られたかって?
今、この村には蓄えがある人、そもそも蓄えがない人。
そして、蓄えがあったのに略奪されてしまった人がいる。
この中から主にお金を用意できる人から徴収したわけなんだけど、その時の交渉役はヤニクが買って出てくれた。
こんな有事にお金を手放すのはとっても勇気が要るはず。
だけど、こんな事態だからこそ、ヤニクの人望は輝いた。
「ありがとな、お前のお陰でみんな楽になった。罪人だろうがみんなお前に感謝している。俺もそうだ」
「────」
黙るイツミさんは、表情には出してないけど驚いてる気がした。
だって、私だってヤニクからそんな言葉を聞けるなんて思ってなかった。
私たちがどんなキツい労働をしても、ヤニクは絶対褒めない。
私たちが罪人だからってのもあると思うけど。
だから、ヤニクの言葉にちょっと戸惑う。
対するイツミさんはというと……。
「お前がそんなしおらしくなってどうする。まだまだ問題は山積みなんだろう、気はまだ張っていた方が良いぞ。────なあ、エリーシャ。ちょっと来てくれ」
「…………?なあに、イツミさん」
イツミさんが私にそう耳打ちして、腕を掴んで連れ出す。
村の中の誰もいない場所に私を連れ、厳重に周りを窺うイツミさん。
まるで、これから聞かれちゃいけない話をするかのような挙動だ。
「エリーシャ、何となく今から俺がする話をお前は察しているはずだ」
「イツミさん……」
全然分かんないよイツミさん。
そんな『言わなくても分かるよね?』みたいなの自分がされても困るくせに私にしないでよ、イツミさん。
でも、そうツッコむのは大人気ないので私はイツミさんに乗ってあげることにした。
うーん。
状況を考えるに……“人助けをした後”にこの話を切り出したってことは…………。
「サーク村の復興を手伝うんでしょ?イツミさんも誰かのことを考えるようになったんだね」
私の推察に、イツミさんは眉一つ動かさないで。
そして、断固とした否定の意思を持って。
「違う。違うぞ、エリーシャ。『この村から出よう』という話に決まっているだろう」
「え?」
すかさず訊き返してしまった。
だって、言ってる意味がよく分からなかったもん。
まるで、窮地のこの村を見捨ててずらかろうって言ってるみたいで。
「贖罪としてこの村に尽くすのは、あくまでも“平時のサーク村で過ごしている間”に限るべきだ。外部からの要因でサーク村が機能しなくなった今、俺らがここにこれ以上留まるのは危険だ。ヤニクにも上手く話して、俺らとの奴隷契約を放棄させる。そうすれば俺らは契約紋から解き放たれ、晴れて自由の身だ。負傷者の応急処置という義理も果たしたし、今ならいけるだろう」
「────」
信じられない……!
アレだけこの村に迷惑かけておいて、村の人たちが苦しんでる今、この人は見捨てる気なんだ。
非情すぎる。最近ちょっと見直してきたのに、一気に幻滅した。
こいつ、マジでないわ。
人間として、感情を持つ生き物として終わってる。
「村の状況、分かってます?酷い。ありえない。イツミさん、あなたは最低のゴミクズですよ」
「待て、お前は何か思い違いをしている。良いか、平時ならともかく、村人たちが精神的に追い詰められているこの状況で、俺ら罪人がどう扱われるのか考えろ。どいつもこいつもヤニクのように寛大な人間ばかりはではない。お前でもそれは分かるよな?」
「それは分かるけど、それでもこの村を見捨てるなんてありえない!!私は、私は愛の女神です」
イツミさんの言うことも一理ある。
だけど、思いやりみたいなのが決定的に足りない。
私は、胸を張って『自分は女神なんだ』って思えるように、迷える村人たちの力になりたい。
目の前に理不尽に苦しむ人たちがいるのなら、私は最後まで彼らの味方でいたい。
神界から眺めるだけじゃ、絶対に見えない苦しみがここにあった。
見て見ぬ振りをしちゃったら、私はもう“愛の女神”を名乗れない。
これは、私の“目標”とは別問題だ。
「女神を名乗るなら、俺らがここに来た本旨を思い出せ。飽くまでも魔王を倒すための教育の一環だろうが。この村に滞在し続けることこそ、女神失格ではないのか?お前の悲願も遠のく」
「尤もらしいことを……」
イツミさんらしい。
思ってもないのに、自分の思い通りに事を進めるためにそれっぽい理由を見つけて。
そんな中身のない説得に、私が応じるわけないでしょ。
「私は残る。できることがある限り。たとえ、求められてなんてなくてもね」
「俺は確かに止めたぞ。……………………もう一度言う、俺と共にこの村から出よう。お前なしでは、この世界で俺は生きられん。俺はエリーシャを求めている。俺はお前だけの勇者の卵だ」
「気持ちは変わりません。出て行くなら1人で行って」
世界一情けなくてみっともない告白未満のイツミさんの提案に、私は全く靡かない。
どうしても駆け落ちしたいんなら、もっと色々な角度で魅力的になってほしい。
──って、そんなことはどうでもいい。
とにかく、私は私の“女神としての責務”を果たさないと。
「後悔しても知らんぞ」
イツミさんは、捨て台詞を吐くようにそう言って、私の元を離れて…………行ったわけじゃなく。
「────」
3歩進んだら立ち止まり、後ろを向いて私を無言で見つめる。
これを、ここから村の中心部──私たちがさっきヤニクといたところ──に向かうイツミさんは何回も繰り返している。
「────」
何回も。
「────」
何回も!
「────」
何回も!!
「────」
何回も!!!
「────」
何回も!!!!
「チッ……全然進む気配ないじゃない。どんだけ1人で生きて行く自信がないのあの人」
呆然としていた私も、流石に舌打ちを隠せない
焦れったいというか、バカ丸出しっていうか、なんだかイライラしてきたので。
「もういい!途中まではついてってあげるからそこから先は自己責任で生きろ!バカイツミ!」
こんな調子じゃ村から出るにも1日かかる。
ただでさえ困窮している村の人の前でそんなことされたら大迷惑だし、ここは村のことを想ってイツミさんをサーク村から出すことにした。
はずだったんだけど。
「どうしたんだろ」
私たちがギスギスした雰囲気のまま中心部に戻ると、最初に目に入ったのはちょっとした人集りだった。
集まっているのは、ヤニクをはじめ、動ける村人6〜7人。
まず聞こえたのは、ちょっと離れてても判るヤニクの必死な声。
雰囲気は、とても穏やかとは言えなかった。
「おい、バージ!大丈夫か!?どうやって戻って来た!?何処に攫われてた!?」
「命からがら帰ってきた……奴に……質問攻めは酷だろうがよ……。ヤニク」
あれは……!?
──『あァ……?お前らみたいな不審者はこんぐらいの扱いで良いだろ!』
『白々しいな。最近うちの村の辺りを彷徨いてる賊の手先のくせに』──
弱々しい。
だけど、脳裏によぎる、あのトゲのある声。
間違いない、あの人だ。
近づいてみたらはっきり判った。
以前、労働している私たちに因縁をつけてきたあの村人が、満身創痍で戻って来たことに。
労働していたイツミに絡んできたあの村人がここに……!




