9.バラエティでたまに見る冷たいやつ
「……それじゃあ、そういうことで。しっかりと自習しておくように」
半年ぶりに高校に行った俺であったが、学年主任を含めた何人かの教員に挨拶をしてから自習室に通された。
本来であれば通うことになる教室は大量行方不明事件の調査のため、いまだに閉鎖されているとのことである。
そのため、課題を与えられて自習室で過ごすことになった。
「……まあ、別に苦労もしないんだけど」
家では腐るほど時間があったため、勉強は山ほどしていた。
正直、学校の授業よりも勉強自体は進んでいる。出された課題も問題なくこなしており、授業時間の半分が残っていた。
「フア……眠た……」
琥珀は大きなアクビをして、机に頬杖をついた。
久しぶりの学校であったが……正直、拍子抜けしている部分が強い。
教員も勝手に長期休暇を取っていた琥珀を叱りつけたりはしなかった。おそらく、厳しくしたらまた引きこもってしまうと判断したのだろう。
自分をイジメていた連中もいない。彼らは全員、異世界に旅立っているのだから。
「さて……どうしようかな」
残りの授業時間をどう過ごせばいいだろう。
いっそのこと、居眠りでもしてしまおうかと考えていると……ガラリと扉が開く。
「ッ……!」
教員が入ってきたのかと慌てて姿勢を正す琥珀であったが、自習室に入ってきたのはブレザーを着た男子生徒だった。
「お、いたぞ。本当に登校してきてたみたいだな!」
「…………?」
自習室に入ってきたのは三人組の男子生徒である。
いずれも名前は知らないが、顔だけは見覚えがあった。おそらく、他クラスの同級生だろう。
「お前が水島だな? ちょっと付き合えよ」
ブレザーを着崩した男子生徒が琥珀をジロリと睨みつけ、教室の外に来るように促してくる。
「えっと……何か用かな?」
「いいから来いって言ってんだよ! 口答えしてんじゃねえよ!」
「…………!」
男子生徒が怒鳴り散らす。
その態度だけで、琥珀に対して良い感情を持っていないのがわかった。
(どうする……本当についていっても良いのか?)
良いわけがない。
ずっとイジメられていた経験からわかる。彼らは琥珀のことを人気のない所に連れていき、良からぬことをするつもりなのだ。
暴行かカツアゲか……嫌な思い出がよみがえってきて、吐き気すら催してくる。
「い、いやだ……!」
「あ?」
「絶対についていかない……用事があるならここで話せよっ!」
それはせめてもの抵抗。琥珀の精いっぱいの勇気だった。
以前の琥珀であれば言葉も出せずに唯々諾々と従っていただろうに、今日は反発することができたのだ。
(どうして僕がこんな強気なことを……もしかして、これもヘリヤさんのおっぱいのおかげなのか!?)
錯乱してそんなことを考えている琥珀であったが、実のところ、それはさほど的外れとも言えないことである。
童貞を卒業した男性が無駄に自信を漲らせるように、琥珀はヘリヤに召喚されてアレコレとした経験により、男として一回り成長をしていた。
目の前にいる三人の男子生徒はいずれも体格が合って腕力も強そうだが、彼らは自分の身体を絡めるようにして女子を洗った経験などあるまい。
二十人の女子生徒と一緒に風呂に入ったこともないだろう。
(そうだ……コイツらはあのパラダイスを知らない。あんな体験をしたのは僕だけなんだ……!)
「へえ……良い度胸じゃねえか」
自分が大きくなったような気がして反抗する琥珀に、男子生徒の一人がピキリと額に青筋を浮かべた。
「どうやら、痛い目を見なくちゃわからないみたいだな! そんなに殴られてえなら望み通りにしてやるよ!」
「ヒエッ……!」
男子生徒がいきり立ち、琥珀めがけて掴みかかってきた。
(殴られる……!)
琥珀の脳裏にクラスの男子から暴力を振るわれた光景がフラッシュバックする。
迫りくる拳に琥珀は過去のトラウマを呼び起こしてしまい、恐慌に襲われた。
「ふ、フロストバースト!」
恐怖がトリガーになったのか、その言葉が自然と口から飛び出した。
「うおっ……!?」
琥珀の口から飛び出した青白い冷気の塊をまともに喰らい、男子生徒は吹き飛ばされて床に転がる。
同時に、驚きのあまり琥珀もまた尻もちをついてしまった。
「おい、坂木!」
「何やってんだよ!」
二人の男子が慌てて倒れた少年に駆け寄る。
「い、いや……なんかスゲエ冷たいのが……痛っ!」
「坂木!?」
「痛っ……いったい、何が……!」
坂木と呼ばれた男子生徒が顔面を抑える。
「な、何だこりゃ……」
坂木の顔から首にかけて真っ白な霜が貼り付いていた。まるでバラエティ番組の罰ゲームで冷却ガスを浴びせられたかのように。
凍傷の痛みに襲われたのか、坂木が床で悶絶する。
「痛え、痛えよ……畜生、何をしやがった……!」
「えっと……」
琥珀もまた尻もちをついた姿勢のまま困惑する。
まさか、本当に冷気の塊が出てくるとは思わなかった。思わず使ってしまったが完全に予想外の事態である。
(スキルって……日本でも使えるのか!?)
召喚獣として異世界に召喚されている時でさえ使っていないスキルを、何故か現代日本で使ってしまった。
いったい自分は何をやっているのだと琥珀は困惑する。
「お前ら、何をやってる!?」
騒ぎを聞きつけたのか、男性教師が自習室に入ってきた。
大柄な男性教師は尻もちをついている琥珀と三人組の男子を交互に見て、眉尻を吊り上げる。
「授業はどうした? 何で自習室に入ってきている?」
「う……」
その言葉は三人組に向けられたものである。
いかにも強面な教師に睨まれて、三人組が表情を強張らせた。
「い、いや、この顔! これを見てくれよ!」
坂木が顔を手で押さえながら、反対側の手で琥珀を指差す。
「そいつにやられたんだよ! こっちが被害者だ!」
「何だ? お前、そんなチョークの粉なんて被ってふざけてるのか?」
「は……?」
「さっさと水道で流してこい! それが終わったら、三人とも生徒指導室に来るように!」
勘違いしたらしい男性教師は琥珀を振り向き、「水島は課題を続けておけ」と言い置いてから自習室から出ていった。
三人組は連れていかれてしまい、自習室には琥珀だけが残されたのである。
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