34.ペンギンに構わず行ってくれ!
「ダメッ! 絶対にヤッ!」
ヘリヤが声を上げた。
彼女にしては珍しく大声で。
揚羽が慌ててヘリヤの口を手でふさいだ。
「静かに! ワームに気づかれてしまう!」
「Nej! ダメなの、アンバー、おとりダメッ!」
ヘリヤが琥珀を抱きしめる。
ギューギューと豊かな胸が押しつけられて、緊迫した状況なのに気持ち良くなってしまう。
「わかっている。私もペンちゃんを囮になんてしたくはない」
「ないわー。アタシも反対」
揚羽に続いて、柊木も琥珀のことを擁護する。
「ペンプーを生贄にするとかあり得ない。動物虐待で訴えられろって感じ」
「でも……現実的にはほかに手段がないわ」
暗い顔で、甘井がボソリと口にする。
「転移門には五人で入る必要がある。誰かが犠牲にならないとワームを退けることはできない。凍宮院氷雪丸だけしか、囮にできる人がいない」
「Nei。ちがう、アンバー」
アンバーと言われたり、ペンちゃん、ペンプーと言われたり。
凍宮院氷雪丸などと呼ばれたりして、もはや琥珀が何者であるかわからなくなっている。
それはともかくとして……甘井の言い分は全面的に正しい。
琥珀が犠牲になれば、全ての丸く収まるのだ。
納得できていないのは、四人の女子の心情だけである。
「……わかりました。私がワームを引き受けます」
「シャーロット教官?」
「私がワームを引き付けます。皆さんは転移門に飛び込んでください」
シャーロットがポケットから小さな球体を取り出した。
「これは閃光玉というアイテムです。敵の目を光でくらませるという効果があります。私はワームを門から離して、これを使ってどうにか門に飛び込みます。運が良ければ、次の階層に駒を進めることができるでしょう」
「ですが……危険なのでは?」
揚羽が問うと、シャーロットが穏やかに微笑みかけた。
「もちろん。失敗する確率の方が高いでしょう。しかし、ここで立ち往生していても仕方がありません。一か八か賭けに出た方が良いでしょう」
「教官……」
場がしんみりとした空気になった。
美少女達が表情を曇らせ、暗くさせている。
(これはダメだ……良くない)
女の子が暗い顔をしている。
これはダメだ。とても良くない。
虐められっ子の引きこもりだった琥珀でもわかる。
こういう時は男がどうにかしなくてはいけないのだ。
「キュイ!」
「アンバー?」
琥珀がシャーロットの手にしていた閃光玉を奪い取る。
そのまま、短い脚を躍動させてワームに向けて走っていく。
「キュウ、キュイキュー!」
(僕がアイツを引き受けた……みんな、先に行ってくれ!)
「アンバー! アンバー!」
「キュウウウウウウウウウウウウウウウウウウイッ!」
(来い! ワーム!)
背後から聞こえてくるヘリヤの声に振り返ることなく、琥珀はワームに向けて飛び込んでいく。
数十メートルはあろう巨体を前に、ペンギン一匹。
圧倒的なサイズの違い。圧倒的な格の違い。
それでも、琥珀は恐れることなくずっと格上の相手に挑んでいく。
可愛らしい外見とは裏腹に……ワームの前に飛び込んでいく琥珀は、まさに『男』といった姿であった。
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