29.調子に乗った奴を殴ると気持ち良い
学校についた琥珀は昨日と同じように職員室に顔を出す。
「おはようございます」
「ああ、来たのか。今日もしっかりやれよ」
「はい」
学年主任の教師に挨拶をして、課題を受けとってから自習室に向かう。
早朝のため、朝練や日直以外の生徒は登校していない。
昨日のように物珍しそうに見られることもなく、居心地も悪くなかった。
「あ……」
「来やがったか……この野郎」
予想外だったのは、自習室の前で待ち伏せをされていたこと。
昨日、琥珀を突き飛ばして昏倒させた坂木という男子生徒が自習室の前に立っていた。
坂木は昨日と違って一人きり。仲間の姿はない。
「何の用かな? 昨日の謝罪とか?」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえよ! 翔子をどこにやったって聞いてんだよ!」
坂木が眦を吊り上げ、低い声で恫喝してきた。
翔子……つまり、柊木翔子のことである。
「だから、僕はクラスメイトを誘拐なんてしてないって言ってるだろ? いい加減なことを言わないでもらえるかな?」
琥珀が溜息混じりに言う。
確かに柊木が……行方不明になったクラスメイトが何処に行ったのかは知っているが、別に琥珀が誘拐したわけではない。
まるで加害者のように扱われるのは不愉快だった。
「うるせえ……さっさと知ってることを吐けって言ってるんだよ!」
「…………!」
坂木が琥珀に掴みかかってくる。
琥珀は咄嗟に身体を横に動かし、坂木の手を回避した。
「なっ……」
「危ないな……やめてくれよ。また頭をぶつけたらどうするんだよ」
琥珀が冷静な口調で坂木を嗜める。
昨日は避けることもできずに突き飛ばされてしまったが、今日は覚悟していたおかげでちゃんと躱すことができた。
「テメエ、避けてんじゃねえよ! 大人しく殴られろ!」
「ええ……理不尽な」
攻撃を回避された坂木が激昂して、今度は殴りかかってくる。
琥珀はジャイアニズムのような理不尽な主張に呆れながら、冷静に相手の拳を捌く。
「この! この! クソが……何で当たらねえんだよ!
「何でだろうね。僕も不思議に思ってるよ」
「ふざけんな!」
別に煽っているわけではなく、本当に不思議だった。
レベルが上がったおかげで身体能力だけではなく、動体視力や反射神経も上昇しているのだろうか。
坂木の動きがスローモーションのように見える。
「フッ!」
「グッ……!?」
カウンターの一撃を顔面に入れると、坂木が短い悲鳴を上げて怯んだ。
せっかくなので……昨日の仕返しがてら、もう一発ぶち込んでおくことにする。
「キュイッ!」
「ぐげッ!」
ペンギンのような鳴き声を上げて、坂木の腹部に拳をめり込ませる。
琥珀よりも十センチは大柄な男が崩れ落ちるようにして廊下に倒れた。
「おっと、やりすぎたかな?」
坂木は白目を剥いて昏倒している。
死んでいる……ということはさすがに無かったが、口から嘔吐物が漏れている。
あっさりと勝ってしまった。昨日はろくに反撃もできずにやられてしまったというのに。
「男子、三日会わざればってやつか……油断したようだな」
カッコつけて決めたところで……さて、どうするべきかと琥珀は悩む。
放置しておいても死にはしないだろうが、後から問題になるかもしれない。
出席日数が足りないことと合わせ技で退学になる可能性もあった。
「しょうがないな。治療してやるか」
どうするべきかは迷った末に、ヒーリングをかけて放置することにした。
財布の中身でも抜いてやろうかと頭によぎったが、犯罪なのでやめておく。
正直、この男にそれほどの興味はない。
たぶん、数日も会わなければ名前も忘れてしまうだろう。
(コイツも俺にやられたとかわざわざ言わないだろうな。いじめられっ子とタイマンで負けたとか恥になるだろうし)
これに懲りて関わらないようにしてくれるのが一番、良い。
またちょっかいをかけてくるようなら……改めて、この男をどうしてやるか始末を考える必要がある。
氷漬けにして海に流してやろうかと頭によぎって、琥珀は「ダメだダメだ」と首を振った。
(物騒なことにならなければそれが一番だよ。平和が一番。平穏最高)
琥珀は倒れた坂木を放置して、自習室へと入った。
坂木がその後、琥珀への追及をあきらめたのかは知らない。
だが、少なくともその日の内は琥珀の前に顔を出すことはなかったのである。
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