魔王の城
かつて魔族の王が居住していた城。
魔王の城。
それがエディの説明だった。もっとも、城といっても大部分が崩れ落ちていて、原型を留めているところは少なかった。
焼け焦げている箇所も多くあって、城の荒廃は長い時が経過したことによるものだけではないようだ。城内は静まり返っていて人の気配は感じられない。
だが、誰かの記憶だけが、そこに漂っているかのような気配はあった。もしかすると、この城にいたはずの魔族の思いが、ここに集約されているのかもしれない。
比較的荒廃を免れた寝台のある部屋。そこを見つけるのには手こずったが、何とかファジルを寝かせられる場所を見つけ出せた。
寝台もそれなりに古ぼけてはいたが、使用には問題ないようだった。ファジルは意識を依然として取り戻していない。そんなファジルをエクセラたちは寝台の上に静かに置いた。
カリンは引き続き、治癒魔法を寝台の上にいるファジルに施している。カリンの顔は今にも卒倒しそうなほどに青白い。カリンにも魔力の限界が近づいているようだった。
「カリン、あまり無理しちゃ駄目なんだからね。ファジルはもう大丈夫なんだから」
自分の言うことはきかないだろうと思いながらも、エクセラはカリンに声をかけた。
「大丈夫なんですよー。ぼくはファジルが早く目を覚ますように、頑張るんですよー」
そう口にしながらもカリンの手はわずかに震えていて、魔力の光も途切れ途切れになっている
それどもカリンには治癒魔法の照射を止めるつもりなんてないようだった。エクセラにもそんなカリンの気持ちは分かる。もし自分がカリンと同じように治癒魔法を使えるのであれば、自分が倒れるまでそれを行うことは間違いない。
……大丈夫。
絶対にファジルは大丈夫なんだから。
エクセラは胸の内で自分に言い聞かせるように呟いて、不死者の王と自称したエディに顔を向けた。
エディの横にはガイが難しい顔つきで立っている。エディが不穏な動きを見せた際には真っ先に自分が……と思っているのは間違いないように思えた。
「エディ、話してもらうわよ」
「さて、どこから話しましょうかね」
エディがこてっと小首を傾げた。いつものエディと言えばそうなのだが、状況が状況だ。エクセラの中で苛立ちが生まれてくる。
「エディ、ふざけてる場合じゃねえぞ?」
エクセラよりも先に、隣りで立っているガイが不穏な空気を醸し出す。
「あは、あはは、ガイさん、嫌ですよ。ちょっとした冗談じゃないですか。ガイさんも、何だかファジルさんに似てきましたよ」
相変わらずエディはふざけた骸骨だった。しかしそれには取り合わないで、エクセラは口を開く。
「エディ、まず、あなたは何者なのかしら……私たちの敵なの?」
「敵? 嫌ですよ、エクセラさん。私たちは仲間じゃないですか」
エディの口調はいつも通りで軽いものだった。ふざけているとまでは言わないが、この状況でもエディにはそれを変えるつもりはないようだった。
「仲間……ね。まあ、いいわ。仲間だとして、あなたは何者なの?」
「不死者の王……という答えは求めてないですよね」
「そうね。燃やすわよ」
すでにエクセラの手には渦巻く火球が現れていた。
「そうですか。不死者となってから、過去の私は捨て去ったつもりなのですが……まあ、こうなるのも仕方ないでしょうね」
エディはそこで言葉を切って、ひと呼吸を置いた。
「私は魔族の国、最後の国王なのですよ」
エディの声が少しだけ掠れた気がした。
エクセラとしては、その類いの予想はしていた。エディが王城の場所だけではなく、エクセラたちを案内できるほどに内部にも精通していたこと。
それから導き出される答えは、エディがかつてはこの王城に関係する者であったこと。それを如実に示していたのだから。
さすがに国王だったとまでは予想していなかったわね。エクセラはそう考えながらゆっくりと口を開いた。
「そう。その国王が何で不死者になったのか。その疑問は置いておくとして、勇者やあなたが口にしていた因子。まず、それは何なのかしら?」
「因子とは、あなたがた人族に受け継がれている特殊な力。とある神に愛された人族が、気まぐれな神から得た力……といった感じでしょうか。もっとも、それを信じるかはお任せしますがね」