とっくに皆さんを殺していますよ
故郷。
魔族の国。
エディの発した言葉が、頭の中でぐるぐると駆け巡っていた。エクセラにとっては、あまりにも想定外の言葉で咄嗟に理解ができない。
「どういうことかしら、エディ……説明をしてもらえる?」
エクセラが宙に差し出した手のひらには、すでに渦巻く火球が浮かんでいる。
ファジルが隣にいたら自分は気が早いと、ファジルにまた怒られてしまうのだろうか。そんな思いがエクセラの脳裏をよぎった。
そのファジルは勇者ロイドからの一撃を受けて大地で昏倒している。その事実を改めて思い出し、それがエクセラの心を冷たくさせていた。
「落ち着いて下さい、エクセラさん。私はエクセラさんたちに、害をなすつもりなんてありませんから」
確かにエディから悪意のようなものは感じられない。その様子は、いつもの飄々としたエディのままだ。
「ですがエクセラさん、今はファジルさんが心配ですね。カリンさんがいるから、大丈夫だとは思いますが」
エディが言ったように、今は揉めている場合ではない。エディの知っていること。その全てを話してもらうにしても、きっと今ではない。
エクセラは思い直して、ファジルに駆け寄った。ファジルから流れた鮮血で大地は濡れていたが、出血そのものは止まっているようだ。だが、ファジルの顔は生気を失ってしまったかのように青白い。
カリンはまだ真剣な顔で、治癒魔法を唱えつづけている。
「カリン、ファジルは……」
「血は止まったから大丈夫なんですよー。でも、酷い状態なのですー」
青色の瞳には涙が浮かんでいる。その言葉を聞いて、エクセラは少しだけ安堵のため息をついた。
勇者たちからも逃れられたし、ファジルも命を取り留めたようだ。少しだけ安堵してもよい状況なのだろう。
残るはここがどこで、エディが果たして何者なのか。エディが言ったように、ここは本当に魔族の国なのか。
エクセラは改めて周囲を見渡した。空は赤味を帯びた灰色に濁り、太陽すらどこにあるのか分からない。地平線まで続く灰色の大地には、砕けた岩と風に削られた石柱が点在している。
乾いた風が肌を刺し、草木どころか虫の羽音すら存在しない。つまりはどこにも生命の息吹が感じられないのだ。
周囲を見渡した後、エクセラはエディに深緑色の瞳を向けた。
「エディ、どういうことか説明してもらえるかしら?」
「そうですね。何から説明をすれば……といったところですが、もちろんそうさせていただきます。まずはファジルさんを運びましょうか。土の上で寝かせていたら、治るものも治りませんからね」
それにはエクセラも同意するところだったが、一体どこへ運ぶと言うのだろうか。四方のどこを見渡しても荒れ果てた大地が広がるだけで、建物なんてどこにも見当たらない。
「転移魔法を使わせていただきますよ。かなり古びてしまったとは思いますが、そこであれば、雨風ぐらいは凌げると思いますので」
「転移魔法? エディ、妙な真似はするなよ。こうなった以上、俺たちはお前を信用できねえぞ?」
そう言ったのはガイだった。ガイはすでに大剣の切先をエディに向けている。ガイの瞳には、いつもの冗談めいた色など微塵もなかった。
「今さらのお話ですね、ガイさん。私が妙な真似をするつもりなら、とっくに皆さんを殺していますよ」
エディは自分に向けられた大剣の切先に視線を向けながら、相変わらず飄々とした感じで物騒な言葉を口にする。
「あ?」
ガイの眉間に深い皺が寄った。飄々としてはいるものの、捉え方によってはエディの不遜な物言いだった。しかしガイはそう言い返しただけで、それ以上は何も言わなかった。
やがて地表にはエディが発動させた魔法陣が現れる。そして、エクセラたちは揺らぐ空間に飲み込まれていったのだった。