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知らなくていいこと

「随分と達者な口だな、でかいの。確かに歳はとったが、お前たち程度に遅れをとるつもりはないがな」


「あ? それこそじじいの戯言だぞ」


 ガイが大剣を構える。ファジル自身も獅子王の剣を抜き払う。


「お前はエクセラ、カリンと一緒に師匠の相手をしろ。俺はエディと他の三人を引き受ける」


「ほう? でかい口を叩いておいて逃げ出すのか? まあいい。ファジル、お前が俺の相手をするのか。魔導士を連れているから、俺に勝てるとでも?」


 ガイの言葉を聞いてジアスが長剣の切先をファジルに向ける。ジアスの目は真剣で、そのどこにも冗談だと感じさせる部分はなかった。


 覚悟をしていたとはいえ、自分はこれからジアスと殺し合いをするのだ。


「師匠、本当に俺と戦うつもりか?」


「……だからさっきから、そう言ってるだろう!」


 苛立ちを少しだけ含んだような言葉と共に、一歩を踏み込んだジアスが上段から長剣を振り下ろす。その一撃をファジルは獅子王の剣で弾き返す。


 確かに速く鋭い撃ち込みだった。だが、防げないほどではない。気をつけなければいけないのは、どこで飛んでくるか分からない斬撃だけかもしれない。


「カリン、師匠の斬撃は防御壁で防いでくれ。エクセラは魔法で牽制を」


「はーい。分かったのですー」


「牽制? まどろっこしいことをしないで、特大魔法で吹っ飛ばした方が早いんじゃないかしら」


 エクセラが危険極まりないことを言い出す。そんな魔法を発動すれば、周りの住民たちが間違いなく巻き添えになる。


「エクセラ!」


 ファジルは少しだけ声を荒らげる。


「分かってるわよ!」


 その言葉と共に三つの火球がジアスに向かっていく。だが火球が迫る刹那、ジアスは三つの火球を難なく切り落としてみせた。


「ファジル、その程度で師匠の俺に勝てると、本気で思っているのか?」


 ジアスは腕を伸ばして水平にした長剣の切先をファジルに向けた。


「覚えているか? 斬ろうと思えば斬れる。師匠が教えてくれた言葉なんだぜ?」


「……何の話だ?」


 ジアスが眉をひそめた。エクセラとカリンも、ぽかんと口を開けている。

 

 微妙な空気が流れている。それを振り払うかのように、ファジルは一つだけ咳払いをして再び口を開いた。


「勝とうと思えば勝てるのさ」


「……へ? そういうことなの?」


 エクセラが口をあんぐりと開けている。


「そういうことなんだよ!」


 ファジルは距離を詰めると、そのまま上段から獅子王の剣を振り下ろした。ジアスはそれを弾かずに長剣を水平にして受け止める。


 ファジルとジアスの剣が交わった瞬間、火花が周囲に飛び散った。その衝撃がファジルの腕を痺れさせる。


 上段から放った剣を受け止められたために、二人で力比べの様相となる。


「何で魔族を調べるのが駄目なんだ?」


 上段から剣で押す圧力を高めながら、ファジルはジアスに問いかける。


「世の中には普通に暮らしていきたいのなら、いま以上に知らなくていいことって奴があるのさ」


 ジアスは薄く笑うと、わずかに膝を折って重心を低くする。


 ジアスの剣がわずかに動いた瞬間、爆発的な力が解放された。ファジルの剣は弾き飛ばされ、腕に鈍い痺れが走る。


 力比べで負けるとは思っていなかった。ましてやファジルは有利である上から剣を押していたのだ。


 さすがは師匠というべきかとファジルは思う。体は細身だが、筋肉ごりら並みの膂力ということらしい。


 遠巻きに見守っていた人々がざわめく。興味本位の視線が集まり、恐れと興奮の入り混じった声が飛び交っている。


「見物人が増えてきたな」


 ジアスは顔を顰めると、ガイと対峙していた黒装束の男たちに一瞬だけ視線を向けた。


「ネアシナ、場所を変えるぞ。さすがにここでは目立つ」


 ネアシナと呼ばれた黒装束の一人は軽く頷くと、懐の中から拳ほどの大きさの銀色に鈍く光る物体を取り出した。そして、それを大地に叩きつける。


 轟音とともに白熱の閃光が視界を切り裂いた。反射的にファジルは目を閉じたが、瞼の裏に焼きつくような光が残って世界が白に染まってしまう。


 地面が脈動するように震えて、大気も波をうっているようだった。白で染まった視界の端が歪み始めている。


「えっ? 魔法陣?」


 隣でエクセラの驚く声が聞こえた。続けて体がふわりと浮き上がるような感覚がファジルを襲った。

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