講師室
「ほら、ここが講師室ね。顔見知りの講師がいるでしょうから、蔵書室を使わせてもらえるようにお願いしましょう。ファジルとエディもついて来て。一緒に紹介するから」
そうエクセラに言われてファジルとエディは無言で頷く。
エクセラが講師室の扉を開けようとした時だった。エクセラは急にその動きを止めて、後ろに続くファジルとエディを睨むようにして振り返った。
「ファジルとエディは黙っていなさいよ。話がややこしくなるかもしれないから」
……黙っていなさい。
まあ、何となくエクセラが言わんとしていることは分からないでもない。
しかし、真正面から黙っていろと言われると、ファジルとしても面白くはない。それもエディと一括りで言われてしまえば尚更というものだ。
そんな思いを抱きながらファジルはエクセラに続いて、エディと共に講師室の中に足を踏み入れた。
講師室の中は意外に広かった。結構な数の机が並んでおり、そこにぽつぽつといった感じで人が座っている。
並んでいる机の割には座っている人が少ない印象だ。どの机にも色とりどりの表紙をした本が乱雑に積まれている本が乱雑に積まれている。
「何だか人が少ないんだな」
「そうかしら。昼間だから講義中の講師もいるでしようし、こんなものじゃないかしら」
エクセラは何も気にならないといった感じだった。
「あ、いたいた。マウリカ先生ー。お久しぶりですー」
エクセラの声が一段、高くなっている気がする。
声をかけられて、マウリカと呼ばれた講師がファジルたちの方を振り返った。見事な白く長い髭をたくわえた七十歳ぐらいに見える爺さんだった。講師ということから比較的、若い印象を持っていたのだが、何となく予想を裏切られた気分だ。
しかし周囲を見渡すとそんな老人のような講師はどこにもいなくて、座っている面々は皆、三十代から四十代の間に見えた。
「何か、随分と爺さんの講師だな」
ファジルは小声で言う。
「聞こえるわよ。学院内で一番偉い講師なんだから」
背後を振り返ったエクセラがファジルを怖い顔で睨む。
学院内で一番偉い。そう言われると、確かにそのように見えてくる。あの見事な白い髭といい、その佇まいといい、見栄えは物語に出てくる大魔導士のようだ。只者ではないような風格がある気がする。
勇者が出てくる物語では大体がこういったような老魔導士が出てきて、勇者に教えを諭したりするのが定番だったりする。
そして大概は、ほっほっほっほっと笑うものだ。
「これは懐かしい。エクセラではないか。ほっほっほっほっ」
……爺さん、勇者が出てくる物語の登場人物のように笑ってる。
エクセラにマウリカ先生と呼ばれた爺さんは、エクセラが正面に立つと細い目を更に細めた。ただその目線がエクセラのたわわな胸にある気がする。
……何だ、この爺さん。
ファジルは心の中で呟く。
エクセラは主席で卒業したから気に入られていると言っていたが、違う理由なのではないだろうか?
「お久しぶりです。マウリカ先生」
エクセラは改めて言うと、軽く頭を下げてみせた。
その間もマウリカの目線はエクセラの胸に貼りついている……気がする。
……何だ、この爺さん。本当に一番偉い先生なのか?
ファジルは再度、心の中で呟く。よく言えば勇者に教えを諭す老魔道士なのだが、悪く言えば単にうさんくさい悪役魔導士にも思えてきた。
「卒業したエクセラが学院に来るとは、珍しいことがあるものじゃな」
「ふふっ。マウリカ先生もお変わりはないようで」
マウリカは柔和な顔で軽く頷くと、エクセラの背後にいるファジルとエディに不思議そうな視線を向けた。
「はて、この者たちは? 卒業生じゃったかのう?」
自分はともかくとしても、こんなふざけた仮面をつけた卒業生などいないだろうとファジルは思う。仮にいたとすれば、絶対に覚えているはずだ。
「彼はファジル。私の護衛をしてもらっています。仮面をつけているのはエディ。彼には私の助手をしてもらっています。エディは魔獣に襲われた怪我のため、外に出る時は仮面をつけているんです」
仮面をつける理由としては、違和感がないなとファジルは思う。