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疑問

去って行く勇者一行の後ろ姿を見ながらファジルは呟く。


「……勇者だからって、こんなことが許されるはずがないだろう」


 ファジルの低い声が周囲に響いた。その言葉を吐き出すと同時に、自分の中に今まであまり自覚したことのない感情があるのをファジルは感じていた。


「……知らないわよ。でも、人族にとって、勇者は絶対的な善。だから、きっとそうなんでしょうね」


 半ば投げやりだとも受け取れるエクセラの言葉だった。エクセラの顔を見ると彼女は一点だけを見つめていた。端正といっていいその顔には何の表情も浮かんでいなくて、ファジルにはエクセラの感情をそこから読み取ることはできなかった。


 今も長剣の柄に手をかけているファジル。その手を上から押さえつけるようにして握っているエクセラ。エクセラの手は今も小刻みに震え続けていて、それだけが彼女の感情を表しているようだった。


 ファジルは再びエクセラの顔に視線を向けた。そんなファジルに気がついてエクセラもファジルに深緑色の瞳を向ける。


「ファジル、約束して。多分、ファジルは強いの。でも、誰よりも強いわけじゃない。だから、その時の怒りだけで剣を抜かないで」


 いつになく真剣なエクセラの顔だった。その顔に圧倒されたかのようにファジルは頷く。頷いたファジルを見てエクセラは少しだけ安堵の表情を浮かべたようだった。


「まあ、ファジルのことだから、すぐに忘れちゃうでしょうけどね」


 いや、鶏ではないのだからと思ったが、ファジルはそれを口にすることはなかった。


「さあ、私たちもカリンたちを手伝うわよ。まだ、助けられる人もきっといるんだから」


 その通りだった。エクセラが言うように、まだ助けられる人が必ずいるはずだった。ならば、それに向かって最大限の努力をしなければいけない。それが間違いなく今の使命であるようにファジルには思えた。


 ファジルはエクセラの言葉に頷きながら口を開く。


「エクセラ、勇者って何なんだろうな。魔族って何なんだろうな。俺がなりたい勇者って何なのだろうな?」


 ファジルの中で生まれた疑問。その問いかけはエクセラに届いたはずだったが、それにはエクセラが口を開くことはなかったのだった。





 やはり黒竜によるゴザの村の被害は大きくて、村民の十人以上が犠牲となった。その中には女性や子供もいて、その事実が更に強くファジルの心を暗く染め上げていた。


 犠牲となった彼らは失わなくてもよかった命を失ってしまったのかもしれない。自分たちが追い払うなどとは考えずに、村の人たちをすぐに村から避難させていれば、いずれは勇者一行が来て、黒竜を撃退したのだ。


 もちろん、それが結果論であることはファジルにも分かっていた。しかし、犠牲者のことを思うと、どうしてもそう考えてしまうのだった。


 しかし、一方で負傷者も多かったのだが、カリンの奮闘で一命を取りとめた者もまた多かった。そのことだけでもファジルにとっては救いだった。


 実際、治癒系の魔法を使える者がカリンの他にはいなく、カリンが一人だけで一昼夜を通して負傷者の治療にあたっていた。


 勇者一行には治癒系の魔法が使えるはずの聖職者のグランダルがいたが、彼らの言葉通りに勇者一行は早々に村を後にしてしまって、彼らがゴザの村の救護にあたることはなかったのだった。


 そして、その事実もまたファジルの心を暗く染め上げていた一因でもあった。


「ほえー、疲れたのですー。ぼくの魔力は空っぽなのですー。だから、補充するのですよー」


 それで言葉の通りに魔力の補充ができるとは思えないが、村人たちにひと通りの治療を終えて宿屋に戻ってきたカリンは、寝台の上で腰掛けていたファジルの背中に抱きついていた。


 エクセラもこの時だけは、頬を微妙に痙攣させただけで文句を言わずに黙っている。


「ありがとうな、カリン。カリンがいてくれて助かったぞ」

「ファジルが喜ぶなら、ぼくも嬉しいのですー。でも、やっぱり、疲れたのですよー」


 そんな言葉と共にカリンはファジルの背中に抱きついたままで、寝息を立て始めてしまう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 連載再開ですね。久しぶりに最初の山場のお話に戻って読み返して見ました。スピード感溢れる戦闘シーンと、テンプレとしてスルーされている所の因果に切り込む、とってもいいお話だったと思います。それに…
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