一閃
「カリン! 渾身の特大上位魔法よ。必死で防御しなさい。そうじゃないと、皆が仲良く蒸発しちゃうんだから!」
無茶苦茶だ。普通に考えて、そんな魔法を発動させては駄目だろうとファジルは思う。
「ほ、ほえー? ぼく、頑張るんですよー!」
カリンが慌てて両手を突き出した。金色に輝く魔法陣の出現とほぼ同時に、ファジルたちは透過している金色の球体に包まれる。
「カリン、お腹から力を入れて防御壁を発動させなさいよ! あの魔法は特別なんだから!」
エクセラがよく分からないことを言っている。
魔法って、お腹に力入れたくらいでどうにかなるものなのか?
「ほ、ほえーっ?」
カリンが悲鳴に近いような言葉を返している。
渦を巻く火炎の球体は身震いするような動きをした次の瞬間、ゆっくりと落下を始めた。
あ、死んだな。
そう思えるような光景だった。
しかし一方でファジルには、あの火炎の球体を斬れるかもしれないという漠然とした感覚があった。もちろんその感覚の根底には、斬れると思えば斬れると教えられた師匠ジアスの言葉があるのだが。
だが、以前までであればこの火球を見て、斬れると自分は思えただろうか。自分の中で何かが変わりつつあるのか。いや、変わったというべきなのかもしれない。
そんな思いを頭の片隅に泳がせながら、ファジルは落下してくる火球を見上げていた。
爺さん……無事ってわけにはいかないだろうな。
一瞬だけそんな思いに駆られたが、それをファジルは頭から追い払った。
あまり敵だからという考えはしたくないと思っているが、今はそれを気にする状況ではないことも分かっている。マウリカは躊躇うことなく自分たちの命を狙ってきているのだから。
マウリカがどれだけ凄い魔導士なのかは分からないが、この魔法から無傷で済むとも思えなかった。
しかしそれは自分たちも同じで、自爆覚悟のようなエクセラの特大魔法なのだ。頼みの綱はカリンだけ。
カリンに視線を向けると可愛らしい両手を突き上げて、魔法陣を展開している。
大丈夫だろうか。やはり、自分が落下してくる火球を斬った方が確実なのかもしれない。そうも考えたが、どうやら遅いようだった。次の瞬間、炎が渦巻く火球にファジルたちは包まれるのだった。
もしかしたら死ぬかも……。
そんなことを一瞬だけ思ったが、カリンが頑張ったようだった。今も小さな体を震わせながら、展開した金色の防御壁を支えている。そのお陰で皆が無傷で済んでおり、やはり天使の力は偉大なんだなとファジルは改めて思う。
マウリカはエクセラが言うように、消し炭になってしまったのだろうか。そう思ったファジルの考えを、煙の中から響いたマウリカの声が否定した。
「少し驚いたぞ、小娘。だが、あれぐらいの魔法で私を殺せるものか」
「ふん、あれぐらい? えろえろ魔導士の分際で偉そうに! 大体、まだ私たちに勝つつもりなわけ? もう何ちゃって幼児は、えろえろ変態魔導士の言いなりになんてならないのよ?」
自分の魔法があれぐらい呼ばわりされたのが、エクセラとしては気に入らないらしい。その感情に伴って、マウリカの修飾語は増える一方のようだ。
「魔導士が二人、剣士が一人。その程度で私に勝てると思うとはな。やはりまだ若い。ま、若さと無謀は時に同居するものだが……」
不穏な空気を発しながら、マウリカが両手をファジルたちに差し出した。マウリカから放出されようとする魔力の影響で大気が歪み、大地にひび割れが走る。
それに合わせてファジルは身構える。このまま一気に距離を詰めて斬撃を放つ。
今の自分なら、たとえマウリカが強固な防御壁を展開しても、それごと斬れる気がした。
手を出すな。そんな思いを込めてエクセラとカリンにファジルは視線を送った。思いが通じたのだろう。エクセラとカリンが短く頷く。
ファジルが大きく息を吸い込んで、長剣に手をかけた時だった。マウリカの背後に大きな黒い影が現れた。
「……残念だったな、爺さん。剣士はもう一人だ。ついでに魔導士ももう一人いるんだがな」
現れた黒い影から発せられた言葉とともに、大剣が横に一閃した。