捨てられた犬みたいな顔
「爺さん、死んでも知らないからな。そもそも、俺はあの勇者に加担する奴は嫌いだ」
「馬鹿が!」
その言葉とともにマウリカが両手を突き出した。瞬く間に灰色の魔法陣が出現する。
「因子を持った覚醒者といえども、無敵なわけでもあるまい。これはあの勇者ロイドでも斬れんぞ」
その言葉が終わると暗い紫色をした煙が出現し、ファジルたちの方にゆっくりと向かってくる。
「気持ち悪い色だな」
ファジルは呟いて獅子王の剣を上段に構える。何だかよく分からないが、とりあえず斬ろうと思ったのだ。
「煙が斬れるわけないじゃない」
隣でエクセラが呆れたように言う。
そうなのか? そういうものなのだろうか。
納得がいかずにエクセラに視線を送ると、彼女はさらに言葉を続けた。
「カリン、出番なんだからね。迷惑かけたんだから、ここは頑張るのよ!」
エクセラは怖い目でカリンを見ている。
「ほ、ほえー? ぼく、頑張るんですよー」
カリンが慌てたように両手を突き出すと、ファジルたちは薄い青色の球体に包まれた。
「これであの気持ち悪い煙は来ないんですよー」
カリンは得意げだ。確かに煙は来ないのだが、何だか自分たちもここから動けないような……。
そう思いながらマウリカに視線を向けると、マウリカは新たな魔法を発動させるつもりのようだった。今度はマウリカの前に濃い黄色の魔法陣が出現している。
魔法陣の中心からは迸るように電光が散っていた。そこからは、小さな雷鳴も響いている。魔法陣の縁を奔る稲光は大気をも焼いているようで、その静電気で髪の毛が逆立つほどだった。
「カリン、この魔法障壁は、もしかして雷なんかも防いでくれるのか?」
ファジルの言葉にカリンが小首を傾げる。
「ほえー? あの変な煙だけなんですよー」
……そうか。そうだろうな。
きっとあの変な煙だけなのだろうなと、ファジル自身も思っていた。エクセラに視線を向けると、エクセラは片頬を派手に引きつらせている。
「エクセラ、爺さんが放とうとしている次の魔法は防げるのか?」
その言葉にエクセラの片頬がさらに引きつる。
「カリンの障壁を取り除いて、新たな障壁を発動させればね」
「まあ、何となく分かるんだが、カリンの障壁を取り除いたらどうなるんだ?」
「私たちは、あの気持ち悪い煙に包まれるわよね」
そうかそうか。包まれるのか。まあ、そうだろうなとファジルも思う。
「で、あの煙に包まれたら、俺たちはどうなるんだ?」
「包まれたことがないから分からないけど、死ぬんじゃないのかしら?」
何となく分かってはいたが、やはり死んでしまうらしい。
……まあ、駄目だな。
ファジルは内心で呟いて、大きく息を吸い込んだ。
「エクセラ、どうするんだ! 爺さん、もうすぐ詠唱が終わりそうだぞ!」
「終わりそうだって言われてもね。防御壁の上に、別の防御壁なんて展開できないし……」
珍しくエクセラが言い淀んでいる。ファジルは上空を見上げた。やはり魔法で上空から落雷が襲ってくるのだろうか。
斬撃で斬れるのか。
ファジルはその考えをすぐに否定した。カリンが展開している魔法障壁の内側で斬撃を放てば、間違いなくその障壁を破壊することになる。そうなれば、ファジルたちはあの煙に包まれることになってしまう。
……何か、かなりまずい状況なのではなかろうか。
カリンに目を向けるとカリンは小首を傾げて、ほえーっとした顔をしている。
……可愛らしいのだが、今は全くもって役に立たないようだ。
やはり、ここで頼るのはエクセラしかいないようだった。
ファジルのそんな視線に気がついたのだろう。エクセラがファジルに向けて口を開く。
「ファジル! そんな捨てられた犬みたいな顔をしないの。やってはみるわよ。でも、失敗しても知らないんだからね!」
……捨てられた犬。
どんな顔なんだよとファジルは思う。
情けない顔ということなのだろうか?
それに、やってはみる。
エクセラが何をやろうとしているのか全く分からなかった。だからファジルは一応、訊いてみた。
「それを失敗したら、どうなるんだ?」
「え? 雷撃魔法の直撃じゃない」
エクセラは当たり前じゃないといった顔をしている。