エクセラさん?
「天使! 加勢しろ!」
不意にマウリカの声がカリンに向かって飛ぶ。エクセラと対峙していたカリンだったが、その言葉に無言で呼応すると、両手をファジルに向けて翳してみせた。
一拍の静寂が訪れた次の瞬間、カリンが翳した両手の先に、金色の魔法陣が音もなく浮かび上がる。
カリンは攻撃魔法をほとんど扱えないはずだった。以前に火蜥蜴と対峙した時も、びっくりするぐらいのへろへろ球しか放てなかった。
だが……。
カリンが生成した魔法陣。そこに急激な魔力の高まりを感じた瞬間だった。魔法陣から黄金色の光が、マウリカと対峙していたファジルに向けて放たれた。
球どころの話ではなくて、それは一条の光といってよかった。
防御魔法を!
駄目、間に合わない!
エクセラが心の中で悲鳴を上げた時だった。ファジルが、くるりとエクセラたちに体を向けた。
「ジアス一刀流、斬!」
その言葉とともに黄金色の光に向けて、上段から獅子王の剣をファジルは振り下ろした。
大気が震えた。光の奔流と剣が交差し、分断された光の奔流が亀裂を生みながら地面を走っていく。砂塵が舞い、視界が圧倒的な光量で奪われた。
やがて視界が戻った時、ファジルは無造作に獅子王の剣を肩に担いでいた。
「危ないぞ、エクセラ。カリンがまた攻撃してきたじゃないか」
ファジルは、あくまで呑気な感じだ。
マウリカの魔法、そしてカリンの魔法を長剣ひとつで防いでいること。
その凄さにファジル自体は、全く気がついていないようだった。これが因子の力ということなのだろうかとエクセラは思う。
今のファジルであれば、あの時になす術がなかった黒竜が相手だったとしても、勝ってしまうのかもしれない。
では相手が……勇者ロイドならばどうなのだろうか?
エクセラはその疑問を頭に浮かべながら、カリンに視線を向ける。
「カリン!」
エクセラが叫ぶと、カリンは表情のない顔でエクセラに視線を向けた。どうやら、自分がカリンであるという認識はあるらしい。
カリンがどうしてこんな状態になってしまったのかは分からない。やはり魔法なのか、それ以外に理由があるのか。
しかし、どちらにしてもファジルを傷つけようとしたのであれば、それをエクセラが看過できるはずもない。
「カリン!」
エクセラはもう一度、怒りを込めて叫ぶ。やはりカリンの顔には何の反応もない。
自分がこうして一生懸命、名前を呼んでいるのにも関わらず。それにさっきはファジルに向けて魔法を放ったのだ。直撃していれば、ファジルが大怪我をしていてもおかしくはなかった。
そう。
ファジルが怪我を……
胸の奥で煮え立つような熱が込み上げてくる。
ぶちっ。
自分の脳裏で何かが派手に弾ける感覚があった。耳の奥で血が脈打っている。視界も赤く染まった気がした。エクセラは大股でカリンの正面に歩み寄る。
そんなエクセラに視線を向けているものの、カリンはやはり無反応だ。
カリンの正面に立ったエクセラは拳を振り上げた。やはりカリンの顔に変化はない。
「お、おい、エクセラさん?」
背後から何ごとかとファジルの戸惑ったような声が聞こえてくる。エクセラはその声を無視して、振り上げた拳を振り下ろした。
次の瞬間、金色の頭が派手な音を立てた。
「カリン、さっきから何やってるのよ! ファジルが危ないじゃないっ!」
エクセラは再び拳を振り上げて、言葉を続けた。
「カリン! ファジルを応援するんじゃないの? ぱんつを見せながら、そう言ってたじゃない! それなのに、何してるのよ!」
その言葉とともにエクセラは再び拳を振り下ろす。周囲に派手な音が響き渡る。その瞬間、自分の拳に込めた魔力が、カリンの奥にある何かを弾いたように感じがした。
「魔法だか何だか知らないけど、正気に戻りなさい! 勇者になりたいファジルを応援するんでしょ!」
叩かれた頭を両手で押さえながら、カリンがエクセラを見上げている。その青色の瞳にそれまでとは違って、徐々に生気が宿ってきている気がする。
そして、次の瞬間……。
「……ほ、ほえー? 何だか知らないけど、お化けおっぱいが激おこなのですー。ぷんぷんなのですー!」
カリンが涙目になって、叩かれた頭をさすり始めた。
「ひどいのですー! 凶暴爆乳魔導士が、ぼくの頭を二回も叩いたのですー。それにぱんつを見せながらなんて、してないのですー」
どうやら何とかなったらしい。あの時、マウリカはカリンが壊れたと表現していた。何をもって壊れたのかは知らないが、そこに魔法が関わっていることは間違いない。
ならば魔力と衝撃を与えれば、またマウリカの言う壊れた状態になるかもしれないと思ったのだ。だからカリンの頭を叩いた瞬間、エクセラはこれでもかというぐらい、カリンに魔力を注入してみたのだ。