答えになってないんですけど?
その瞬間、ファジルの中で言葉にならない嫌な予感が広がる。その予感に背中を押されるように、ファジルは叫んだ。
「カリン、そいつを見るな!」
なぜその言葉が咄嗟に出たのかは分からない。ただ嫌な予感があるのは間違いなかった。マウリカが展開した魔法陣は、カリンにとって禍々しいものでしかないように思われたのだ。
ファジルが叫んだものの、間に合わなかった。カリンはその魔法陣をすでに凝視している。
その横顔には、いつもの「ほえー」とした柔らかさがどこにも見当たらなかった。カリンは無表情で魔法陣に顔を向けている。
「カリン!」
駄目だった。カリンが自分の言葉に反応する素振りはない。マウリカに怒りがこもった視線をファジルは向ける。
「カリンに何をした!」
「何もしてやしない。元に戻しただけだ」
マウリカはそう言うと、カリンに視線を向けた。
「理から外れるな。貴様は自身の役目を果たせ」
理?
その言葉を疑問として頭に浮かべた瞬間だった。ファジルのうなじに、ちりちりとした感覚が走った。
気づくと、ファジルの横にいるカリンの小さな両手がファジルに向けられている。向けられた手のひらには、金色に発色している魔法陣が浮かんでいる。
「……光弾」
カリンが短く呟いた。ほぼ同時にファジルは乾いた地面に身を投げ出す。それまでファジルがいた空間を、大きさが人の頭ほどはある金色の球体が通り過ぎて行く。
「カリン!」
自分を攻撃するなど、当然カリンが正気だとは思えない。ファジルはもう一度、その名を叫んだ。
しかしカリンはその言葉に反応することなく、無表情で大地に転がっているファジルに青色の瞳を向けているだけだ。その瞳は、まるで見知らぬ誰かを見るようだった。
「こっちへ……」
マウリカが呟くように言う。するとカリンはその言葉に従って、無表情のままでマウリカの横に並び立った。
「カリン……」
一体、何が起こったというのか。
ファジルは再びカリンの名を呼びながら立ち上がった。やはり、カリンは何の反応もみせない。表情のない顔でファジルを見ているだけだ。整っている顔立ちだけに、今のカリンはまるで人形のように見える。
「もう一度、訊くぞ。爺さん、カリンに何をした?」
ファジルは獅子王の剣を抜き、切先をマウリカに向けた。
「言ったはずだ。この天使は理の中に戻り、その役割に従っただけ……何者でもない貴様ごときが怒る話でもない」
また理だとファジルが思った時だった。マウリカがファジルの持つ獅子王の剣に目を向けていることに気がついた。
「珍しい物を持っている。剣も因子を持つ物を好むということか」
マウリカが呟くように言葉を発している。
さっきの「理」もそうだが、「因子」だの何だの、何を言っているのか分からない。分からないことを考えても仕方がない。それに今はカリンのことだ。
「おい、カリンを元に戻せ」
「言っただろう。理の中に戻っただけだと。戻すも何もない。貴様は馬鹿なのか」
考えるのが苦手なだけだ。
そう思って斬りかかろうとしたファジルだったが、仮にマウリカを斬ったとしてカリンが元に戻る根拠はどこにもない。となると、マウリカには下手に手を出さない方がいいのか。
……何をすればいいのか分からない。
ファジルが心の中で呟いた時だった。
「マウリカ先生!」
その言葉とともに現れたのはエクセラだった。ガイとエディの姿は見えない。
「エクセラ、カリンの様子がおかしい!」
ファジルの言葉にエクセラが深緑色の瞳をカリンに向けた。カリンの感情がないような顔を見て、エクセラはある程度の状況を悟ったようだった。厳しい顔をマウリカに向ける。
「マウリカ先生、どういうことでしょうか? そもそも、何で先生がここに?」
「エクセラか。因子を持っていたとはいえ、こんなことになるとはな。残念だ」
「答えになってないんですけど?」
エクセラの細い顎が持ち上がり気味になる。