声が聞こえる
「どちらにしても、ファジルは自分の師匠に勝てるって思ったんでしょう? だってあの時、それぐらい余裕のあることをファジルは言っていたんだから」
どうだったろうか。正直、よく覚えていない。ただあの時は皆を守るってこともあって……。
そこまで考えた時、ファジルの中にある言葉が浮かんだ。
「そうか! 斬れると思えば、斬れるってことだな。だから、勝とうと思えば勝てるってことだ」
嬉しそうに言うファジルの前で、エクセラの片頬が大きく引き攣った。理由は分からない。
「そ、そうかもね。いずれにしても、ファジルの強い思いと、因子が結びつくんだと思うのよね。だから……」
「勇者に勝てると思えば、勝てるってことだ」
「勝てるかどうかは置いておいて、因子の力を引き出せるんじゃないかしら?」
どうして置いておくんだ。置いておいたら、勇者に勝てないじゃないかとファジルは思う。
「斬れると思わなければ斬れない。斬れると思えば斬れる。ジアス師匠の言葉に間違いはなかったってことか」
ファジルの嬉しそうな顔に、エクセラの片頬がさらに引き攣る。
「そ、そうね。ものすごく簡単に、大雑把に言うと、そういうことかしらね」
自分を信じて立ち向かう。師匠が教えてくれたのはきっとそういうことなのだ。そしてそれは間違っていなかった。
因子とやらの力がどのように引き出せて、どのように使えるのかまだ完全には分からない。けれども、どうやらそういうことらしい。
「エクセラ、師匠の敵討ちだ」
へ? といった顔をエクセラはしている。
「あの勇者はここに来るんだろう? なら、俺は師匠の敵討ちをするだけだ」
「そ、そうね。何か会話が微妙に噛み合ってない気がするけど、そういう側面もあるわよね」
エクセラの頬がさらに大きく引き攣ったようだった。
昼食後、剣の鍛錬でもしようと外に出たファジルだったが、岩場の上でぽつんと座るカリンに気がついた。
「カリン、大丈夫か?」
背後から近づいたファジルはそう声をかけた。
何だかカリンの様子がここ最近おかしい。簡単に言えば元気がない。そういえば王都に来たばかりの時もこんな感じの時があったなとファジルは思う。
そう考えてみると、ここ二、三日はエクセラと一度も喧嘩をしていない気がする。
ファジルに声をかけられたカリンは、少しだけ驚いたような顔で背後のファジルを振り返った。そんな驚いた顔も可愛らしい。
「ファジルなのですー」
「隣に座ってもいいか?」
ファジルの言葉にカリンは笑顔で頷く。ファジルが横に座るとカリンは小さな顎を持ち上げて、空に青色の瞳を向ける。
「嫌な色の空なのですー」
ファジルもカリンの言葉に促されて空を見上げた。相変わらず空には、紫色がかった雲があちらこちらで渦を巻いている。この雲がなくなって、日が差すことはないのだろうか。
「この空を見てると、気分が落ち込むんですよー」
ファジルの思いを先回りするようにカリンが言う。
「なあ、カリン、どうしたんだ? 何があった。王都に来た頃から、少しおかしいぞ?」
「ほえー?」
カリンが可愛らしく小首を傾げている。今までであれば、その可愛らしい姿に自分の疑問もどこかにいってしまっていたのだが、そろそろはっきりさせる頃合だとファジルは思っていた。
「カリン、何があったんだ?」
「ほえー……」
ファジルの口調が少しだけ厳しかったのかもしれない。カリンは金色の頭を俯かせてしまう。
「カリン、俺たちは仲間だろう? 困ったことがあれば、皆で力になる。そんなのは当たり前の話だ」
今度はなるべく優しく聞こえるようにと思いながら、ファジルは言う。
「……ほえー、声が聞こえるんですよー」
カリンの瞳には不安げな色が混じっていた。
「声?」
カリンは頷くと、今度はファジルに青色の瞳を向けてくる。