危ないからな
「人によるってことね。少なくとも、あの勇者は絶対に正しくないわよ。だって、ファジルを、私たちを殺そうとしたんだから」
「そうなんですよー。あの笑顔が胡散臭い勇者は、ぼくのファジルを殺そうとしたんですよー。勇者のくせに悪い奴なんです。ぼくは最初から分かっていたんですよー」
そう主張したカリンの頭がエクセラに叩かれる。
「ぼくの勇者から、ぼくのファジルになってるじゃない。どっちも違うんだからね!」
「ほえー」
カリンがエクセラに叩かれた頭を涙目でさすっている。
「だからファジルは、自分が思う勇者を目指すだけなんだから。あんな、自称勇者に負けないような勇者をね!」
どうやら自分は励まされているらしいとファジルは思う。でもエクセラが言うことは正しいのかもしれない。
「でもファジル、言いたいことも、訊きたいこともたくさんあると思うけど、まずは体を治さないとね。カリン、頼んだわよ」
「はーい。ぼく、頑張るんですよー」
カリンが片手を上げている。
「すまないな、カリン。それにエクセラ、色々とありがとうな」
「何よ、急に改まっちゃって」
エクセラが驚いたように深緑色の瞳を丸くしている。
「いや、多分、たくさんの迷惑をかけたんだろうなって思ってさ」
「別に迷惑だなんて思ってないわよ。ファジルのことなんだから、困っていたら助けるに決まっているじゃない」
なぜかエクセラの顔が上気している。自身の赤色の髪に負けないぐらいに顔が赤くなっている気がする。
「そうなんですよー」
カリンも続けて大きく頷いている。
「本当にありがとうな。助かったよ」
ファジルはもう一度、お礼を述べる。一方でエディが言った、自分たちの居場所がいずれは分かってしまうといった言葉。それが本当だとすれば、自分はあの勇者ともう一度、対峙することになる。
勇者との実力差は明らかだった。あの時、剣の軌道すらも見えなかった。
だが……。
師匠の仇でもある人族の勇者ロイド。次に対峙した時、皆を守るためにもまた無様に負けるわけにいかない。
ファジルは静かに両手の拳を握りしめるのだった。
「おら、ファジル! そんなんじゃ、あのいんちき勇者には勝てねえぞ!」
ガイから叱咤の声が飛ぶ。自分だって勝てなかっただろうにと思いながら、ファジルは立ち上がった。
先程、見事なまでにガイに吹き飛ばされたのだ。やはり力比べではガイには勝てない。力に関して言えば、筋肉ごりらは天下無双なのかもしれない。
そもそも自分は病み上がりなのだ。加減をしてほしいというものだ。
そんな意味が分からないぐらいの筋肉に勝つには速度。やはり、それしかないのかもしれない。
上段、下段、再び上段から。互いに持っているのは真剣だ。息をつかせる間もなくファジルは打ち込んでいく。
再び上段からの斬撃を弾かれた勢いでファジルは体を半回転させると、右斜めからガイの喉元を目掛けて突きを打ち込んだ。もちろん寸止めするつもりはない。寸止めするつもりの突きなど、ガイに届くはずもないのだから。
「危ね!」
ガイが大きく身を逸らす。その勢いのままガイは尻餅をつく格好となる。
「馬鹿野郎。俺を殺すつもりか?」
当たり前だろうとファジルは思う。殺すつもりでやらなければ、きっと自分が殺される。
そこまで考えた時だった。自分たちは何でこんな鍛錬をしているのだろうかとファジルは思う。
真剣を握って殺すつもりで剣を交わすのであれば、それは鍛錬ではなくて単なる殺し合いなのでは……。
……もしかして、自分たちはとんでもない大馬鹿者なのではないだろうか。
ファジルが片手を伸ばしてガイを立ち上がらせると、ガイも同じくその事実に気がついたようだった。
「提案だ……次からは……木刀にするか」
ガイがぽつりと呟くように言う。
「そうだな。危ないからな……」
ファジルもその提案には素直に頷く。