自分の目で
「エディ、それであなたは一体、何なの?」
言葉の意味が分からなかったようで、エディはエクセラの問いかけに黙ったままだ。
人族に滅ぼされた魔族。その最後の王。
エディが本当にそういった存在であるのならば……最初に考えられることは一つしかない。
エディにもそんなエクセラの思いが伝わったのだろうか。少しの沈黙の後、エディがゆっくりと口を開いた。
「そうですね……そう考えていた時も確かにありました。それを否定はしませんよ」
エディはそこまで言うと、視線を外して一瞬だけ黙り込む。
「でも、そうしたところで、私が大切にしていたものが戻ってくるわけではありません。結局は私のように、大切なものを奪われてしまった者を増やすだけ。それこそ、私と同じように永遠の生を選択する者も出てくるかもしれない。どちらにしても、それはとても不幸な話じゃないですかね」
最後に発した言葉の奥に、深い孤独と悔いが滲んでいるようにエクセラは感じた。
「エディ……」
だからエディは、いつも敢えてあんなふざけた態度で……。
エクセラが胸の内で呟いた時だった。
エディがこてっと首を傾げる。
「なんて、どうでしょうか? 本当は、単に面倒になっただけかもしれませんよ」
エディは大きな口を開けて、かっかっかっと笑っている。
それと同時に、エクセラの手の平に火の玉が出現する。エクセラの頬は大きく引き攣っている。だが、それは一瞬だけのことだった。次の瞬間には火の玉は消え失せた。
……まあ、エディの真意は分からないけどね。
エクセラはそう心の中で呟いたのだった。
後で考えてみると、覚醒を急がせる何かに背中を押されたかのようだった。その感覚に促されて、ファジルはゆっくりと瞼を開けた。
視界にあったのは今にも泣き出しそうなエクセラとカリンの顔だった。一瞬、自分の置かれている状況が分からなかった。
なぜ自分が寝台で横たわっているのか。なぜエクセラとカリンに泣き出しそうな顔で、上から覗き込まれているのか。
「エクセラ、カリン……」
そう言葉を発すると同時に、ファジルの中で記憶が蘇ってきた。
そう。自分はあの時、勇者に向けて剣を抜こうとした。そして……。
ファジルはゆっくりと上半身を起こした。その背をエクセラが背後からそっと支えてくれる。
「ファジルー、まだ起きちゃ駄目なんですよー」
「大丈夫だ。治療してくれたのは、カリンだよな。ありがとう」
ファジルはそう言って、カリンの頭に片手を置く。腕を動かした時に痛みが走ったが、騒ぐほどではないとファジルは思う。
あの時、視界にあった吹き出す鮮血。その状況を思うと、助かったのは、カリンが献身的に治癒魔法を自分に施してくれたからだと想像はつく。
「ガイたちは?」
ガイとエディの姿が見えない。あの後、彼らも無事に勇者一行から逃げられたのか。
「大丈夫。皆、無事よ。何とか集団転移で逃げることができたわ」
そうかとファジルは頷く。皆が無事なのは、何よりもよかったとファジルは思う。
「で、ここは……」
見覚えのない部屋で、ファジルはそう訊いたのだった。
ここが魔族の国であること。
魔族の国は、魔族も含めて既に滅びていること。
魔族は、勇者をはじめとする因子を持つ者たちによって滅ぼされたこと。
そして、エディが魔族最後の王であること……。
正直、情報が多すぎて処理ができなかった。驚くのにも飽きてきた感じだ。
「それで、王国は何で魔族が滅んでいることを隠しているんだ? それに、王国内で起きた、魔族による被害。あれは?」
ファジルとしてはもっともな質問だった。
「エディが言うには、王家が王国内の貴族や民を統制しやすくするためらしいわ。共通の敵がいた方が、人はまとまりやすい。それは確かでしょうしね。バルディアの惨劇はまだよく分からないけど、きっと王国の意思が、そこに潜んでいるんでしょうね」
呆れたように言うエクセラを視界に置きながら、そんなことは信じられないとファジルは単純に思う。
自分たちが追いかけていた魔族はすでにいない。今まで見て聞いてきた魔族の話。その全てが作られた話。要はそういうことなのだ。
いや、信じられないということで言えば、目が覚めてから聞いたことの全てが信じられないのかもしれない。
……でも、信じるしかない。状況はそれを裏づけるものばかりなのだ。そして信じるためにも、それを自分の目で確かめるしかない。