管理
「私にも分かりません」
それとほぼ同時だった。エクセラの手のひらから火球がエディの顔を目掛けて飛んでいく。火球は小首を傾げたエディの顔に直撃するかと思われたが、その直前で四散する。エディが防御魔法を展開したようだった。
「ち、ちょっと、エクセラさん! 燃えちゃうじゃないですか! 死んじゃうじゃないですか!」
「はあ? 燃やしてやろうと思ったんだから、当然でしょう!」
「い、嫌ですよ。ちょっとした冗談じゃないですか。あまりに空気が重かったので、少しふざけただけですよ」
「エディ、少しは考えろよ」
ガイも珍しく怒りの表情で、大剣の切先をエディに向けている。
「嫌ですよ、ガイさんまで珍しく怒っちゃって」
エディの口調は不満げだ。それでもエディは続けて口を開いた。
「魔族がいるほうが、王国にとっては国民を管理しやすいのでしょうね」
「管理?」
エクセラは言葉を繰り返した。管理とは随分な言葉が出てきたものだと思う。
「ここからは私の想像ですよ」
エディが改めて前置きをする。
「自分たちの地位を守る。それには共通の敵がいた方が、人をまとめやすくて、何かと都合がいいじゃないですか」
確かにエディの言葉はもっともなのだが、そんなに単純な話なのだろうかとエクセラは思う。
「あれ? エクセラさん、全く信じてないですね?」
エディの言葉にエクセラが片頬を派手に引き攣らせる。代わって口を開いたのはガイだった。
「そうは言ったって、そんな理由で、こんな大きなことを隠しておくか?」
「……王家は自分たちの地位を守るためなら何でもしますよ」
エディの声が一瞬、低くなった気がした。だが次の時には、いつもの調子にエディの口調は戻っていた。
「わたしも王様だったのでよく分かるってものです」
エディが軽く胸を張っている。どこまでもふざけた骸骨なのだが、不思議とその言葉に嘘があるとエクセラには思えなかった。
「王国が総力を挙げて隠していること。それを私たちが暴こうとしたから、殺されそうになった。そんな顛末なのかしら?」
「そうですね。しかも因子を持つ者がそこに二人もいれば、王国も警戒するでしょうね」
「二人?」
「あれ? 自覚がないんですね。エクセラさんも因子を持ってますよ」
「へ……私?」
エクセラは思わず間抜けな声で返答する。
「そうですよ。だから、わざわざ勇者一行が、私たちの前に現れたんじゃないですか」
エディが呆れたように言う。
「現れたんじゃないですかって言われても、知らないわよ。自覚なんてあるわけないし」
「あんなに変な特大魔法を扱えるのにですか? あんな変な魔法を他に扱える人、エクセラさんは知ってますか?」
変、変ってうるさいわねとエクセラは思う。でも確かにそう言われてしまうと、すぐに思いつくのは、勇者一行にいるあのマリナぐらいだ。
「おい、エディ。その因子を持っていると、強いってことだよな」
ガイが会話に割って入ってきた。
「正確には因子を持っていて、覚醒する必要がありますがね」
「そんなのは何でもいいが、俺にはその因子がないのか?」
「残念ながら、ガイさんに因子は宿っていないようです」
その言葉にガイは派手に舌打ちをする。
「……ちっ、くだらねえな。もうどうでもいい。後はエクセラと話をしてくれ」
ガイはそう言って踵を返してしまう。その背中を見ながら、エディがエクセラに言う。
「あれ? ガイさん、何か怒っていませんでしたか?」
エディが首を傾げている。エクセラにはガイの気持ちがよく分かる。ガイもファジルと同じなのだ。ファジルは勇者になりたい。だから強くなりたい。
勇者になりたいとは思っていないのだろうが、ファジルと同じでガイも強くなりたいのだ。
そして、その強さ。その最大の要因がエディの言う因子にあるのだとすれば、それを持っていないガイには受け入れ難い事実なのだろう。そう想像することは容易だった。