001 不審者
いつものように長風呂を堪能し、後は風呂上がりのビールを飲んで寝るだけ。
5秒前まではそう考えていた。
「えらく長風呂だな、お前は」
「…………」
「あまり長過ぎるのも健康に良く無いと言うぞ?」
「………………ふ」
「ふ?」
「ふ、不審者だーーーっ! 俺の部屋に不審者が居るーーーーっ!
通報しなきゃ! いや逃げなきゃ!!」
パンイチの格好だが、関係無い!
部屋からまずは脱出しなくては!
玄関に走り鍵を開けてドアノブを回すが……回らない?!
「この部屋以外の時間は止まっておる。よってドアも開かぬぞ?」
不審者が意味不明な事を言っている。
いや、不審者だからこそ意味不明な事を言うのか?
ってそれどころじゃない! 開かないのなら対抗するしかない!
玄関横の小さい流し台から、包丁を取り出す。
勿論切りつけたり戦ったりする気は無い。脅して出ていってもらうだけだ。
「で、で、で、出ていけよ! 抵抗すると切るからな!!」
「はぁ……無駄な事を。何もせぬから、窓から外でも見てみるが良い」
深い溜息をつかれた。失礼な不審者だ。
確かに迫力は無いだろうが、こっちは刃物を持っているんだぞ!
「よいから窓の外を見ろ。言っておくが窓は開かぬぞ?」
ベッドに座ったまま立とうともしない不審者。
とりあえず言われた通りに窓に移動しよう。
どんな仕掛けでドアを固定したのか分からないけど、同じように窓も固定しているのだろう。
だが、ドアは鉄製だが、窓はガラス! しかも安アパートなので薄いガラスなのだ!
包丁の柄の部分で叩けば、簡単に壊す事が出来るだろう。
2階だし飛び散ったガラスが落ちていると思うので飛び降りるのは無理だけど、大きい声で助けを呼ぶくらいは出来るはずだ。
不審者を警戒しながら、ジリジリと窓の方へ移動する。
そして思いっきり窓ガラスを叩く!
…………手が痺れただけだった。
何故割れない! 叩いた音もしなかったし!
「無駄だ。包丁で怪我するだけだぞ。それよりも窓の外を見てみろ」
不審者が偉そうに言ってくる。
くやしいが主導権はあちらにあるようだ。
包丁を左手に持ち替えて、横目で窓の外を見てみる。
いつもの景色だ。
下にある道路は大通りの通り抜けによく使われるので日中はうるさいが、今は自転車が一台走ってるだけだ。
「ん? んんん?!」
あの自転車、止めてスマホでもイジってるのかと思ったが、よく見てみれば走ってる格好のまま止まってる?!
いやいや、そんなバカな。時間を止めるなんて出来る訳がない。
「信じるまで待ってやっても良いが、長くなりそうだ。一瞬だけ動かしてやろう。見ているが良い」
そう言われたので半信半疑ながら、自転車に注目する。
すると1mくらい進んだ次の瞬間、また止まった。
その間に周囲の音も聞こえたが、また静かになった。
「分かったか? このように今は時間を止めているのだ」
「ほ、本当に?! 不審者の妄想じゃなくて?!」
「本当だ」
「そんな能力、本当にあったのか! じゃあAVみたいに女風呂に入っても!」
「扉も開けられぬのにどうやって入るのだ……。それに見るだけで何が面白い? 固まって動かぬ者なぞ、マネキンと同じだぞ」
そう言われて再度自転車を見る。
確かに髪がたなびいているのに、その状態で固まっている。
何もかも動かないのであれば、不便な能力にも思えるな。
「アホな事を言えるくらいは冷静になったか。ふむ……意外に掘り出し物かもしれんな」
「ま、まぁ、少しは落ち着いたけど。だって時間を止められるなら、俺なんか殺そうと思えば簡単だろ?」
「その通りだ。考える頭もあるか。これは当たりかもしれんな」
「で、ここで何をしてるんだ? 俺に何か用か? 能力者を探しているなら間違いだぞ。俺にはそんな特殊能力は無いからな」
「マンガやラノベの読みすぎだ。この世界にそんな能力を持った者なぞおらぬよ」
悪かったな。確かに色々読んでるけど。
それらを買う為に安アパートに住んで節約してるけど。
「じゃあ何の用だよ」
「順を追って説明しよう。私は神だ」
「…………神?」
「そう、この世界の神だ」
「それこそラノベじゃないか!」
「失礼な。キリストなどという居ない神を信じている人達からすればラノベではなく神話の話だぞ」
簡単に居ないって言っちゃったよ。
「言っておくが、アメリカンコミックに出てくるようなヒーローでも無いし、海外ドラマに出てくる能力者でも無いぞ」
「言おうと思ってた事を先に言うなよ!」
「話が進まないからな。さて、お前には使命を与える」
「何で俺なの?! もっと向いた人が居るんじゃないの?! 俺なんか凡百だぞ?!」
「それはくじ引きで当たったからだ」
絶句!
人選がくじ引きって!
「我が担当している世界全ての中で『知性があり人間型の種族』を抜き出し、それらからくじ引きで選んだのだ」
「……それって物凄い確率なのでは?」
「そうだな。数え切れぬほど居るからな」
なんというアンラッキー。
こんな事で運を使うとは。アイドルのチケットさえ当たった事が無いのに。
「その使命ってなんなの? どうせ断れないのだろうけど、簡単な事にはならないかな?」
「ある意味では簡単とも言えるし、難しいとも言える」
「本当に神様っぽいな! 濁したような言い方する辺りが特に!」
「そういうつもりは無いのだがな。でははっきり言おう。とある世界で生まれた子供を保護しその世界で育ててもらいたい」
「まさかの子育て!! 俺に子供も居ないのに!! 保育士とかに頼めよ!!」
「くじ引きは絶対なのだ」
「いやいや、変更出来るって! ほら『知性があり人間型の種族』ってのを抜き出したんだろ?
そこを『知性があり人間型の種族で子育て経験がある』に変更するだけだって!」
「……その時点でも譲歩して貰っているのだ」
「…………どういう事? もっとキチンと最初から話してもらおうか」
どうやら何か複雑な事情がありそうだ。
って、思ったのが間違いだった。