婚約者にフラれたのでベロベロに酔うまで飲みまくった結果、開き直って散財すると決意してしまいました
「フルールー、お酒もっと持ってこーい!」
「ナユタお嬢様、いくらルシフェル様が平民の女と駆け落ちしたからって酒に溺れては…」
「フルールはルシフェル様の味方なの!?うわぁーん!!!」
「お嬢様…仕方のない方ですね。これで最後ですよ?もうこれ以上は飲んじゃだめですよ?」
フルールと呼ばれた侍女は主人であるナユタに酒を持ってきた。ナユタはアルコール度数の高い最高級の酒を浴びるように飲む。
「お嬢様、おつまみとお水もちゃんと摂ってくださいね」
「フルール…寂しいよぅ…ルシフェル様は私の何がダメだったのかなぁ…」
「お嬢様…お嬢様は、よく頑張られましたよ。人の心など、移ろいやすいものです。仕方がなかったのですよ。お嬢様は悪くないです」
ナユタはフルールに抱きしめられる。その温かな温度に、ナユタは号泣した。
「フルール」
「はい、お嬢様」
「私、小さな頃からルシフェル様との新婚旅行のためにと思って貯めてたお小遣いあるでしょ」
「ええ」
「あれ全部自分のために使う」
フルールは目を見開いた。ナユタは公爵令嬢でありながら、幼い頃から頑なに莫大な額のお小遣いを使わずに貯め続けていた。愛するルシフェル様との蜜月の日々のためである。健気なナユタをずっと応援してきたフルールは、ナユタがそんなことを言い出すとはと驚いたのだ。
しかし、その夢は愚かなルシフェルの駆け落ちにより潰えたのだ。それでナユタが救われるのなら、フルールとしては散財ばっちこいである。そもそもナユタは公爵家のお姫様であり、多少金銭感覚が狂っても生きていけるのだし。
「では、何を致しましょうか」
「いろんなもの買うー」
「なら、明日はお抱え商人はもちろんそれ以外の商人もたくさん呼びましょうね。明日に備えて、今日はもう酒は控えましょうね」
「うん…」
ということで、散々金をため込んだお姫様の散財生活がスタートした。
「さあ、お嬢様。まずはお抱え商人がたくさんの品を持ってきましたよ」
「ふーん」
「どれをご購入なさいますか」
「うーん」
ナユタは公爵家のお抱え商人の持ち込んできた商品を見る。ふと、とある陶芸作品が目に留まった。
「ねえ、これなに?」
「それは新進気鋭の作家の陶芸作品ですな。貧乏な男爵家の生まれである彼は、結局借金で没落し爵位も領地も失った家族をその細腕一つで支えております。幸い陶芸の才能はあり、なんとか借金を返しつつ細々と生活出来ているようですが、将来的には有望だと当家は応援しておりまして」
「ふーん…この人の作品ってこれだけ?」
「まだまだありますよ。ご覧になりますか?」
「全部持ってきて」
そしてずらりと並べられた若き天才陶芸家の作品たち。華やかでありながら、どこか温かみのあるデザインをナユタは気に入った。
「うん、これ全部買う」
「おお!ありがとうございます、お嬢様!陶芸家の彼も、これで借金苦から解放されるでしょう!」
「ふーん」
あくまでも作品にしか興味がないナユタ。彼女は全く気にしていないが、彼女の大量購入はたしかに一人の未来ある若者とその家族を救った。
「さて、お嬢様。次は別の商人がきましたよ」
「うん。楽しみ」
「お嬢様。本日はこちらの品をお持ち致しました」
公爵家のお抱え商人が帰ったあと招かれた別の商人が持ってきたのは、『和の国』と呼ばれる東国の人々の伝統衣装だという、『着物』。美しく艶やかなデザインに、ナユタは瞳を輝かせる。
「すごく好き。貴方はセンスがいい」
「ありがとうございます、お嬢様。着てみますか?」
「うん」
その着物は、美しく長い黒髪に赤い瞳のナユタに良く似合う。
「うん。和の国由来の商品、他にはないの?」
「着物は他にもいくつか持ってきております。また、櫛や扇子、かんざしなどもございますよ」
「全部見たい」
「光栄です」
商人が用意した和の国由来の商品がずらりと並び、ナユタは喜ぶ。
「うん、全部買う」
「ありがとうございます、お嬢様。実は、こちらの品は全て和の国から単身出稼ぎに来たデザイナー一人の作品でして。彼の故郷は貧しいそうですが、これにより仕送りも出来るでしょうから、少しは栄えることでしょう」
「ふーん」
なんだか今日は恵まれないデザイナーに縁があるなとなんとなく思うナユタ。しかしナユタには関係ないことなので、すぐに興味は着物に移る。今度お茶会を開いて、お友達と共に着てみるのもいいなぁとワクワクしていた。
「次の商人は奴隷商です。気に入る奴隷がいると良いのですが」
「使用人だけで充分だけど、愛玩用の子はいいかも」
「お嬢様。今回はこちらの商品をお持ち致しました」
奴隷商が連れてきたのは、いずれも美しい獣人の子供達。ナユタは猫が好きである。そして獣人達はいずれもネコ科だった。それも、獣人の姿ではなくネコの姿で縮こまっているので可愛いと思うナユタ。惜しいのは、全員どこかしらに欠損があることである。足のない子、目のない子、耳のない子など様々だ。
「全員買う」
「よかったです!では、こちらの奴隷契約書に主人となるサインを頂いて…ええ、それで結構です。これでこの子達はお嬢様のものですよ」
「うん」
子供達はみんな不安そうな顔をするが、ナユタは微笑んで撫でてやる。そして、彼らを風呂に入れるようフルールに頼む。フルールが他の使用人たちに指示をして、子供達は風呂に向かった。ネコの姿のままで。
次の商人は、珍しいハイポーションと呼ばれる欠損すら治せる聖女特製の薬を持ってきた。ちょうどいいと全て購入したナユタ。可愛い獣人の子供達に与える分を取っておき、残りは公爵家直属の騎士団に渡す。魔物の討伐などで怪我をする者も多いので、騎士団は喜んだ。
「子供達、これを飲んで」
子供達もハイポーションを飲み、欠損を全て治す。子供達は喜んで獣人の姿に戻り、人間の言葉で感謝をナユタに伝えた。ナユタに懐く幼い子供達に、ナユタはとても喜んだ。
散々金を使い込んで一年。ようやくため込んだお金も尽きた。この頃にはナユタの新たな装い…着物は大人気となり、流行の最先端を行くナユタは男に逃げられた憐れな令嬢という不名誉を払拭して着物を気に入った皇女殿下とお友達にまでなった。
そんなナユタが屋敷に飾らせてもらった陶芸作品も人気に火がついた。またも人気を先取りする形となったナユタは、陶芸に興味がある女帝陛下からも気に入られ一躍時の人となる。
そんなナユタはその人気から警備が新しく必要になり、ハイポーションを与えた騎士団員達から厚い忠誠を誓われて守られる。まさにお姫様扱いであり、ナユタも気分が良く楽しい毎日になった。
あちこちに引っ張りだこになったナユタだが、くたくたの状態で帰ると癒しが待っている。獣人の子供達が獣の姿で出迎えてくれるのだ。寝る前には獣人の姿でマッサージまでしてくれる。ナユタは充実した日々に、ルシフェルのことを忘れられないまでも心の傷は癒えた。
ナユタに見出された陶芸家やデザイナーは定期的にナユタのための作品を生み出して、ナユタに献上している。そのため、ナユタはいつも流行の先を行く。そして女帝陛下や皇女殿下にますます気に入られる。ナユタはもはや、駆け落ちしていなくなったルシフェルに感謝すらしていた。
そんなある時、ルシフェルが突然帰ってきた。駆け落ちした美人な平民の女と、生まれたばかりの可愛い男の子を連れて。もちろんルシフェルの実家はすでに彼の弟が後継者に指名されていたため門前払いにしたが、ルシフェルはなぜかナユタの元へ来た。もちろん公爵家の使用人たちは追い返そうとしたが、ナユタ本人が会うというので仕方なく迎え入れる。
「ナユタ。あの時はすまなかった」
「申し訳ございませんでした」
「あー」
ルシフェルとその妻になったという平民の女、赤ちゃんは貧しそうな身なりではあった。しかし、家族愛を一目で見て取れる幸せそうな雰囲気。ナユタはどこかほっとした。ルシフェルのことを、なんだかんだで心配していたらしい。
「もう、いいんです。今日はどうしました?」
「いや、その…お金を融資してほしい。必ず倍にして返す」
「えっと…?」
「今はちょうど妻と隣国に移って生活しているんだが、今度隣国とこの国を繋ぐ高速の乗り物が出来るだろう?その事業に投資できれば、隣国で爵位と領地を買って貴族に戻れそうなんだ。頼むよ」
ムシのいい話である。しかし、ナユタは言った。
「いいですよ」
「本当か!?」
「ただし、倍ではなく五倍にして返してください」
「!」
ナユタは、幸せそうに家族を守るルシフェルにはもう未練がなくなった。ならば、融資は当然ビジネスになる。五倍にして返してくれるなら、例の陶芸家やデザイナーに融資をしてより良い作品を生み出してもらうことも出来る。それを女帝陛下や皇女殿下に献上すれば、より一層公爵家も繁栄するだろう。
「…わかった!それで頼む!」
「書面で契約を結んでください。フルール、紙とペンを」
「はい、お嬢様!」
フルールは今までため込んだお小遣いは使い切ってしまったが、今月分のお小遣いは丸々残っている。それを融資にあてた。
数ヶ月後、高速の乗り物…『鉄道』は完成した。画期的なその乗り物は好評で、事業に投資した投資家も大分儲けているらしい。ルシフェルもその一人だ。後日、身なりの良くなった彼は愛する家族を連れてお礼に来て、五倍に増やしたお金を返してくれた。
「ありがとう、ナユタ。君のおかげで、伯爵位と領地を買えた。君は恩人だ。なにかあれば力になると約束する」
「では、隣国の伝手が必要になったらよろしくお願いしますね」
「もちろんだ」
こうしてナユタは、自らの価値を高め公爵家もより繁栄させてしまった。フルールは彼女を心底誇りに思う。そんなナユタには当然、良家からの縁談も多数舞い込む。
「でも、一度裏切られたからなぁ…」
しかしナユタは、心の傷は癒えたとはいえまだ恋に臆病になっていた。そんなナユタの元へ一通の手紙が届いた。
「…セラフィムお兄様が帰ってくる!?」
公爵家を継ぐ義兄、セラフィムの帰国の報せである。
ナユタは公爵家の一人娘である。女帝陛下が治めるこの国でも、まだまだ男尊女卑思想は根付いておりナユタでは公爵家は継げない。そこで遠縁の親戚である伯爵家から、優秀な次男を養子に迎えた。それがセラフィムである。
セラフィムはナユタを非常に可愛がっており、ナユタもセラフィムに懐いていた。セラフィムは隣国に留学に行っていたのでナユタは大変寂しがっていた。セラフィムが帰ってくることになりナユタはとても喜んだ。
そんなセラフィムは本人の希望でまだ婚約者が決まっていない。優秀な遠縁の親戚の次男と一人娘が結婚する。理想的である。ナユタの両親はセラフィムに縁談を持ちかけて、セラフィムはナユタが了承するのならと話を受けた。ナユタへのプロポーズは直接したいから、婚約はまだ進めないで欲しいとお願いして。そのための帰国だった。
セラフィムは、ナユタに心底惚れている。ルシフェルの駆け落ちの話を聞いて、卒倒するくらいには。だから、この縁談は願ったり叶ったりであった。あとはナユタが受け入れてくれるだけである。
「ナユタ、ただいま」
「セラフィムお兄様、お帰りなさいませ!」
ナユタがセラフィムに抱きつく。セラフィムは軽々とナユタを受け止めた。
「ねえ、ナユタ」
「はい、セラフィムお兄様」
セラフィムがナユタの前に跪く。
「好きだよ。…愛してる。僕と、結婚していただけませんか?」
「…え?」
指輪を差し出され、ナユタは固まってしまう。かと思えば、ぼろぼろと泣き出した。
「セラフィムお兄様、ごめんなさい…!私、まだ恋をするのが怖いの…!」
「ナユタ…」
「でも、私、今嬉しいって思ってしまった…あんなにルシフェル様が好きだったはずなのに、あんなに傷ついたはずなのに、セラフィムお兄様に思われて嬉しいって…!私きっと、悪い子なの!だから…」
「ナユタ」
セラフィムはナユタを優しく抱きしめる。
「その気持ちがとても嬉しい。大丈夫、ナユタは悪い子なんかじゃないよ。ナユタと僕は、きっと良い夫婦になれる。…ゆっくりでいいんだ。焦らなくていい。僕たちのペースで、夫婦になろう。どうかな」
「…セラフィムお兄様は、私が覚悟を決めるまで待っていてくれるの?」
「もちろん。いつまでだって待つよ」
「…セラフィムお兄様、大好き!」
こうしてナユタは、また新たな幸せに向かって一歩を踏み出した。