0-1 稀人の始まり
目の前に広がる景色は普通の物ではない。だってそうだろう、空を埋め尽くす星々はまだ解る。しかし、地面まで星空なんて事は何が何でもあり得ないだろうに。
地面なんて形容してみたが、ようは空中に浮いている状態なのだ。つまり、理解が出来ず訳が分からない。
ただ、俺に浮いている感覚はない。と言う事はやはり地面に立っているのか、そう思い足下へと視線を移す。
そこにあったのは俺の足、地面に立っているのと同様にそこにある。
次に確認するのは自分の胴体と手や腕。実際に手で触れて無事なのかを確かめる。
どうやら無事に存在したようだ。ここにいる前に何をしていたか記憶がぼやけているが、何がどうなったんだっけか。
一体全体、何がどうなってこうなって閉まったのか、是非とも誰かに説明を要求したいところだ。
(ふむ、こうなった理由か。ここに来る人間はいつもそればかりじゃな)
不意に頭の中に声が響く。チープな言い方かもしれないが、威厳のある低い声。ギリシャ神話に出て来るゼウスの声にピッタリだと個人的に思える声だ。
(ふむ、お主の生きる世界で言い伝えられておる主神の声に合いそうか。声を褒められる事に関しては喜びを感じるが、他の神、それも人が夢想せし神を引き合いに出されて褒められることに関しては、些か面白くないのう)
・・・・・・、さっきからなんで俺の心の声に対して答えが返ってくるのだろうか。まるで俺の心の声が聞こえているみたいだ。
(聞こえているに決まっておるじゃろう。でなければ、このように対話もままならんだろうに。しかも、お主ときたらこの場に来てから一度も言葉を発さぬときたものじゃ。そのような状態で対話を図るには心の声を聞く以外に方法もあるまいて。まぁ、何か良案でも有るのであれば、聞いてやらんこともないがの)
「えっ、本当に声が聞こえてたのか」
(ようやっと喋ったか。いくらこの空間がお前達の生きる世界からかけ離れているとは言え、黙りすぎだろうて)
「いや、流石に話し相手もいないのに喋るわけがないし・・・・・・、と言うか、姿もないのに声だけで伝えられるってどう言う事なんだ?」
(まぁ、その疑問ももっともじゃて。しょうがない、円滑なコミュニケーションとやらの為に仮初めの姿でも作るとするかのう)
その発言と共に、1人の老人が姿を現す。あまりにも唐突に現れたものだから、俺は思わず後ずさってしまう。
心を落ち着けて老人をよく見てみると、長い白髪は後ろで1つに結わえられており、口周りには多く蓄えられた髭、顔に皺はあるものの、それがこの老人の雰囲気を和らげている様に感じる。服は白の着流しで、その風体は仙人の様だ。
『なんじゃ、失礼な奴だのう、しかも全体的に陰気臭い。お前さんが、姿がないと喋らんと言うから、こうして姿を作ってやったと言うのに』
「いや、申し訳ない。突然姿を現したものだからつい。・・・・・・って作った?」
『何じゃ、姿形を作る事が不思議か?いや、無理もないかの。定命の者には必ず器がある物じゃからな』
「えっと、つまりその姿は仮の物で、本当は肉体のない、所謂精神体って奴なのだろうか」
『まぁ、そんなところじゃの。さて、そろそろ自己紹介を初めても良いかな、「早川善」よ』
「早川善」、それは正真正銘俺の名前。ただし、目の前の老人に対して名前を話してはいない。
『沈黙は肯定と受け取らせて貰うぞ。儂の名前は「ティソン」、お前達で言うところの神に該当するかの』
「・・・・・・、神って本当に存在したのか」
『まぁ、お前達の世界で広く知られる神とは儂は異なる神なんじゃが・・・・・・、その当たりは別にどうでも良いじゃろう』
俺達の世界で言われる神と違うと言う事は、国を作っただとか世界を作っただとか、そこら辺からして違うと言う事だろうか。だとしたら何をした神様なのやら。
『おい、何やらどうでも良い事に気を取られておらんか』
「あっ、いや、すまない、色々と混乱していてな」
『うん、それもそうか。お主は死んだばかりなのじゃから、心の整理もまだついとらんか』
俺が死んだ……、そう言われても不思議と驚きはない。むしろ妙に納得してしまった。こんな摩訶不思議な空間にいるからだろうか。いや、それだけじゃない。きっと最初から自分が死んでいると心のどこかでは感じていたのだろう。ただそれを自分が認めたくなかっただけで。
『動揺はないか。その年齢で達観をしているわけではあるまいに、』
「こんな所に来る理由がそれくらいしか思いつかなかっただけだよ。記憶もぼんやりしてて、はっきりと思い出せないしな」
『ふむ、記憶の混濁か。まぁ、それもしょうがないじゃろう。なにせ、トラックに跳ね飛ばされた訳だしの』
トラックに跳ね飛ばされたって何でそんな事に。うーん、自分が死ぬ瞬間の事など思い出したくもないけれど、何がどうしてそうなったのかまでは正直思い出したい。物語の王道だと、誰かを庇って死んだとかなのだろうが、何の変哲もないただの事故だとすれば、正直やるせない。
『また心の中で喋りよってからに・・・・・・。とりあえず、記憶の混濁は一時的なものじゃろうから、少しすれば思い出すじゃろう。生前の記憶が全てあやふやなわけではないのじゃろう?』
「それは・・・・・・、うん、ちゃんと思い出せるな」
これまでどう言う生活をしてきたかとか、どう言う人達と関わってきたかとか、どう言う意思で行動してきたかとか、流石に生まれた頃までは遡れなくても、俺自身の人生を語る上ではほとんど問題のない記憶がある。死んだ時の記憶を除いてだけれど。
「聞いておきたいんだけど、俺はどうして死んだんだ」
『ふむ、自身の死に様が気になるのも道理か。知りたいと言うのであれば、教えるのはやぶさかではないが、少し待ってくれるか。何分、お前がここに来た理由を儂らもそこまで詳しく知らんのでな』
そう言って、ティソンは手元にぼんやりとした光の球をだす。その光の球に対してティソンが何かブツブツと呟くと、光の球は1人でに浮き上がり、ゆらゆらと揺れながらどこかへ行ってしまった。それに対してティソンは「これでよし」とでも言うかのごとく、微笑を浮かべながら頷いている。
「何かしたのか」
『うむ、お前さんが死んだ状況について調べに行かせた。少しすればお前の死因なども分かることじゃろう。さて、その間にやれる事をやってしまうとしようかの』
「やれる事?」
『そう、やれる事じゃ。なに、お前さんに何かさせるわけではない。ワシがお前さんに話すだけじゃよ。お前さんのこれからの処遇についてな』
「処遇ってあれか、これから天国か地獄に行くとか、六道輪廻を巡って来いとかか」
『どちらかと言えば後者が近いが、正解ではないの。正しくはお前には今まで生活してきた世界とは異なる世界に行ってもらう』
(・・・・・・、六道輪廻の何が正解に近かったんだ?)
『こらこら、まぁた心の中で話しよってからに・・・・・・、とにかく、お前には異世界に転生してもらう事になる。姿形はそのままじゃから、その辺は理解しておく様に。ちなみに、正解が六道輪廻に近いと言ったのは、あれが転生の過程であるからだな、うん』
巷で流行りの「異世界転生」か。実際に回ってくるとは思わなかったけど、人間生きて見るものだな。・・・・・・、いや、もう死んでたな。にしても、赤ん坊から始めなくても良いのは正直ありがたいなぁ。うん、
「そのままの姿だったら、転生じゃなくて転移な気もするが」
『細かい所を気にしておるようじゃが、転生で間違ってはおらんよ。なにせお前は生きた状態で転移するのではなく、死んでから新たに身体情報をそのままに、異世界に近生まれ落ちるわけじゃからの』
「と言う事は、大人だけど0歳スタートって事か」
冗談で言ってみただけなのだが、ティソンはあからさまに「何言ってんだこいつ」と言う様な顔をしている。
『お前達は時々、意味がわからん事を言うのぅ。まぁ、よい話を続けるぞ。異世界に転移した後は、基本的に好きに生きてもらっても良い。ただし、1つだけ条件があるがの』
「条件って魔王を倒せとか、世界を破滅の危機から救えとか、転生する世界の文化水準が低いから、俺たちの世界の文化を広めて欲しいとか、そう言う事か?」
『そんな大それた事は言わん。ただ、一国に留まらずに世界を見て欲しいだけじゃ』
「世界を見て欲しいって、世界一周でもしろってのか。何と言うか、もの凄く金が掛かりそうな話だな」
『じゃが、魔王だの、世界の危機だの漠然とした話よりもずっと分かり易いじゃろう。あと、転生する世界の文化発展など、ろくに文化や技術を理解できておらんお主の様な一般人に出来るわけなかろう』
「それはそうだが……、と言うか一国に留まらずにって、最初は国に送ってもらえるって事か」
『一応な。この「転生システム」の仕様上、「召喚術」を使用した者の所へとお前たちは送られるわけじゃし』
『転生システム』に『召喚術』、それを使用した者、これはさっきの発言からして『国』、そんでもって『お前たち』って、聞きたい事満載の話だな……。
『ふむ、流石のお前さんもこちらの話に興味を持ったみたいじゃの。それならば話も長くなる事じゃ、場を移し腰を据えて話をする事にするかの』
その言葉と共に、俺の視界は暗転した。