あの子は空から降ってくる
初めての小説です。よろしくお願いいたします!
あれから何度、春の芽がもばえ、冬を越したのか分からない。
もう長いこと空からあの窓を見下ろし、そこに私がたどり着いていいのか迷っている。
***
僕はこの窓から空を見上げる。
望む人は来ないのだと知っている。
もう6年か7年も待ったのに。
当時は大きな人に見えたけれど、いつの間にかあの人の身長に追いついてしまったらしい。
それなりに成長はしたようだけれど、まだ僕はあの頃のまま、どこにも行けないでいる。
***
本が読めそうなほど明るい月夜。
実際は街の明かりで明るいと言えば十分明るいのだけれど、今日はやたら月がきれいだ。
ところどころモコモコと広がる雲も、月明りで照され存在感を増している。
と言っても、いちいち空なんて見ない。だから今日がそんな明るい夜なんて知らなかった。なぜって、家に帰ればスマホかゲームをしてるし。特別何もないのに空どころか外なんて見ることもない。
俺は父の残した一軒家の二階の自室でボス戦を繰り広げていた。あと少し。弱った仲間たちが自分に頼っている。
その時だった。
ヒュー――――――――
どっっっっっかーん!
網戸をぶち倒して隕石かと思う何かが落ちてきた。漫画の効果音のような音と、効果線を描いて。
は??
俺は胡坐をかいてコントローラー操作中の姿のまま、顔だけその落下物に見入った。
「いったーーーーーーーい!!」
は????
何だ?
隕石…じゃない??
隕石だったら一階まで穴が開いていたことであろう。その辺焼け焦げていたかもしれない。
「いてててて…」
俺はさらに目をむいた。
なぜならそこには…
ぶつけただろう頭を抱えた女子がいたからだ…。
「いっっっつうううーー!」
はあ???!
女?!
…
女?…というか女の子??女子??
窓から?
降ってきた?落ちてきた??
「ちょっとっ。心配ぐらいしてよ!!」
その子は俺に向かって少々怒り気味に叫んだ。どうやら腰や頭を軽く打っただけのようだ。瀕死ではない。
は?
これはどういう状況なんだ???俺がお前に聞きたい。フリーズした状態のまま、その子を確認する。
「いった~い。打った~。」と言いながらお尻を払って立ち上がる。網戸の埃でも付いたのか。家の中はキレイだ。埃なんて大して被らないだろうから汚れでも持ち込んだのか。やめてくれ。
小学生の知り合いもいないし、昔の事なんて忘れてしまって子供の事はよく分からないが、小学校中学年?高学年?中一ぐらいだろうか。最近の子供は背が高いからな。自分の高校同級生の中でも低い方の女子と同じくらいに見える。一番小さい同級生は148センチと言っていたがそれよりは高い感じがするし。でもその同級生より全部が細くて平らで子供だ。
その前に日本人には見えない。かといって欧米人なのかも分からない。ただ、日本語だ。日本語を話している。赤毛というのか燃えるようなオレンジの髪をツインテールにしてさらに編み込んでいる。髪の量もすごく多い。
そして何より変なのは着ている服。全体的に緑の短いワンピースにスパッツ。レギンスというのかは分からない。幾重も葉っぱを張り付けたようなデザインに、腰にナイフも刺して、妖精のような海賊のような恰好をしていた。舞台衣装か?!腰に巻かれた皮のウエストホルダーは年季が入っていて安物には見えない。つまり、子供が持つ物には見えない。
…しかも…。そのホルダーに刺さっているのはなんだ?…短剣?!ナイフか?
は?
コスプレ?
超絶怪訝な顔をした俺の反応は間違ってはいない。どう考えてもこれはおかしい。
何の反応もない俺に、その女の子は少々ぽかーんとした。
「あ!私が侵入者ですね!ごめんなさい。怪しい者ではありません!」
その子はハイテンションでにっこり笑ったが、怪しい事この上ない。
「ご紹介遅れました!私、ピーター・ランと申します!」
…。
そういえばピーターパンのような恰好をしている。もう言葉さえ出ない。
俺のフリーズしたままの頭の中はフル回転していた。警察案件か?というか、空から降ってきたよな?勢いと角度的にのそのそベランダから侵入して窓をぶち破った感じではなかった。隕石のように降ってきたのだ。高いところから転げ落ちたというか。少なくとも何か訓練をしている人間なければ、そんな侵入はできないだろう。窓を見ていたわけでないので決定的瞬間は見ていないから、あくまで隕石のような感覚…と思うだけだが。
だがそれはおかしいので、泥棒か。いや、変質者か。違う。このまま警察に連れて行って、みたままの事情を話せば今時こっちが変態扱いされるかもしれない。
返答を期待する女子を無視して、ついに心までフリーズしてしまい、画面に向き直ってゲームを再開することにした。
変な間が流れる。
「ちょっとちょっと、おに―さん!現実逃避しないで!挨拶してるじゃない!」
この少女を完無視する。
「こっちが自己紹介したんだから、おに―さんも自己紹介してよ!」
なんと少女は俺の頭をぺちぺち叩いてきた。人間の感触がする。幻覚ではない。その前に、失礼極まりない。
「ねえ?空から人が降ってきたんだよ?関心もないの?ゲーム中毒?」「ちょっと!それすごいよね!映画とかじゃなくてゲームなの?今のゲームってすごいね!久々にこっちに来たから。テレビが薄いのは知ってたけど。」「ねえ窓壊しちゃったんだけれど直し方分かんないよ?」
案外おしゃべりな少女は好き放題だ。
ムニ~と指で頬まで突っついてきた。無視。無視だ。
無視されてつまらないのか、そこらに転がっているゆるキャラの相手をしだした。
「このぬいぐるみ何?間抜けな顔してる!さっきのおに―さんみたい!」
「あー!こっちは知ってる!!海賊海賊!やー!倒れろ!チョップ!」
別に貰い物だからいいけれど、人気漫画の海賊フィギアを叩き落としてさらに叩いている。
…。
「あ!何これ?ナイフ?!…偽物じゃん。つまんない」
それも友達が持ってきたものだ。うちのガラクタの半分は悪友たちが持ってくる。貰ったいうか勝手に置いていくのだ。
「あーなんでこんな少女趣味なの持ってるの?!好きなの?」
前に買ったゲームのケースに見入っている。少女趣味じゃない。シリーズ物RPG第4作の主人公2が女なだけだ!パッケージの裏は女だけど、表は男だつーの!
…。
遂に俺の中で何かがキレた。
勝手に部屋を探るな!
…。いや別に、小心者だから女子子供に隠したいものは何も置いていない。隠したいのはそこらに置いてある漫画のちょっと赤くなってしまうシーンくらいだ。子供相手でなければ隠さないし、とりわけ変な漫画というわけではない。フィギアも少年物とロボ系くらい。友達たちが変なものを持ち込んでいなければ、見られて困るものは何もない。だが、頭に来て当然だろう。
「ふざけんな。なんなんだ…お前。」
これが男や子供でない女だったら、マジでブチ切れてしょっぱなからそのまま警察に突き出すか110当番なんだが。なんだか現実離れした出来事に、ただただそのままブチ切れる。ただし向こうが怒鳴っているわけではないので、抑え気味に。どうどう、自分。自分より年下に恐怖心を与えるのは嫌だ。
「先どういう状況か分かってるのか?初課金したんだ。ボス戦であと少しだったのに!12回も負けた挙句く、今クリアしたらレアがもらえたのに…」
「…ねえ。ピーターが降り立ったのに、ゲームの方が大事なの?おかしくない?」
自称ピーター・パンか何だかが呆れかえっている。変質者にあきれ返られるとは。「こっちのセリフだ」と、思わず漫画みたいな思いが湧く。無課金ユーザーがプライドを捨てて初課金をしたのに、自分の中で悶々と怒りがくすぐる。
「というかお前!なんでうちに侵入したんだ。」
「お前じゃないし、ピーターって呼んでね!」
「なんでそんなに馴れ馴れしいんだ?しかも勝手に侵入しておいて…」
「だって、いつでも歓迎じゃないの?」
「は?なんだそんなわけないだろ?変質者お断りだ。」
「welcomeってあるじゃん!」
「ウェルカム?」
ピーターと名乗る少女は、突き破った網戸の横のガラス窓を両手で「じゃーん!」と指さした。
『welcome!』
そこには、誰よりも自分が知っている「welcome!」と張り付けられたステンドグラスタイプのステッカーが貼ってある。
それはもうずっとそこにあったものだけれど、懐かしさに胸がぎゅっとした。
きょとんとそれを眺めてゆっくり口を開く。
「…お前のために貼った物じゃない。」
「そんなの知らないよ。いつも見てて、いつまで――も貼ってあるから、いつか遊びに行ってもいいのかなと。」
そう、それはもう何年も貼ったままだ。
ベランダの床や壁で道路からはそこまで見えないはずだか。変質者ホイホイになってしまったのか。いつ風化するか分からないステッカーをじっと眺める。最近はその存在もすっかり忘れていた。
「…。もういい。網戸は何とかするから、さっさと帰れよ。虫が入ってくるから窓閉めといて。一階の玄関から帰れよ。」
俺はゲームに向き直ってそう言った。
少女はきょとんとしたまま俺を見ている。
しばらくして、少女は俺の目の前に顔や手をちらつかせる。
「ピーターが来たのにそれだけですか?」
「あのー?一緒に空を飛びたいとかそういうのないんですかー?」
「あのー。喉乾いたんですけれどー。」
「最近の人は淡泊ですねー。」
「あー!チラチラうっとおしい!早く帰れよ!」
俺は感情だけでなく、思考回路もフリーズさせてこのおかしな現象が速く去ることを願う。なんだこの子は。かまってちゃんか。
しばらく放置したら、少女は横にあった大きなクッションにごろ寝して画面を一緒に見ている。しかも勝手にポテチも食べ始めた。ペットボトルの炭酸水まで飲んでいる。俺のなんだけど。
「ねえねえ。そのピカピカしたの獲ったら何がいいの?」画面を指さして言う。
「私、喫茶店のテーブルの中で宇宙人がカクカク動いてるゲームくらいまでしか知らないよ。すごいね。」
「はは!みんなぶっ飛ばしまくって爽快だね!」
「そこ!ザクッといこうよ!!その剣切れ味よさそうだし!」
ひとり延々と喋っている少女の爽やかな毒舌に、げんなりしながら画面から目をは外して彼女を見た。子供の言う事か?
「…あのさ、帰りなよ。」
「誰か迎えに来てくれるなら電話貸すよ?うちでくつろがないでくれる?」
「え?帰らないよ。」
「は?何度も言っているけれど、知らない女子児童が家にいたら俺がヤバい人になるから帰ってほしいんだけれど。一緒に警察行ってもいいよ。」もう俺も変な人扱いされてもいいから、とにかくこの子を警察に引き渡したい。
すると少し寂しそうに少女は言った。
「だって、帰れないもん」
「は?家出したの?親と仲が悪いとか?余計警察行かないと。」
すると少女の体が胡坐をかいたままス―――と浮いた。
へ?
ゆっくり浮いて天井の火災報知機にぶつかる。
「いて!」
そう言って天井の少女はペロリと舌を出した。
「なんか3、4メートルしか飛べなくて…」
お互いまた顔を見合わせる。テヘヘと笑う少女に固まる俺。
しかもガサガサ動いた開けっ放しの学校用カバンの中から、何かが出てくる。小さい人形みたいな何か…。
「ちょっとー!!気絶してたじゃない!私を忘れないでよ!!」
「あーごめんごめん」
天井に頭をつけたままの女子は、その人形に謝った。
フィギアかと思う人形は、昆虫のような羽をパタパタさせて俺の目の前に飛んできてふくれっ面だ。
「何?人間?カバンの中に硬い物ばかり入れないでよ!」
勝手に人の部屋に入ってきたのはそちら様なのですが…
…。妖精?
「はあ?!!!!」
俺が驚愕したのは言うまでもない。