66話 顕在化する狂気
剣、というモノに憧れていたんだと思う。僕が好きな勇者にまつわる物語では定番の武器だったから。
だけど僕が異能を授かって初めてしっかりとした剣を握った時、その憧れがゆっくりと散っていくような感覚があった。
当たり前だけど剣は武器で、何かを殺傷するのが目的で、物語のように邪悪なモンスターばかりに向けられるモノじゃない。人の命にも容易に届いてしまう道具だ。
だから多分、あんまり好きにはなれないんだろうな。
☆
「僕の異能は色々な武器を出せるんです。さっきの剣は貴女を拘束する目的で出した剣でした」
突如現れた大剣が間髪入れずに持ち主の身体へと呑まれていく。異能が起こす現象を冷静に受け止めていたフリアエもその光景には目を見張っていた。
「そしてこれは普通に使えばただ破壊を起こすだけの大きな剣。でもこうして身体に取り込ませると僕自身の身体能力が大幅に上がります。その分、他の武器とか能力はもう使えなくなりますけど」
「……何故、それを明かすのです」
「剣と小細工じゃ貴女に勝てないと確信した。けど、これで身体能力は互角です」
フリアエにとってもう、セーレはただの子供ではない。大剣を取り込む事によって生まれた底知れない雰囲気がそれを確信させる。
「こっからは単純、そういう話」
足で床を踏み砕き、破砕音と共にセーレは動き出す。フリアエがそれを捉え、目の前で両手を交差させた次の瞬間には目の前にその膝が迫っていた。
人体同士がぶつかり合ったとは思えない鈍い音が辺りに響く。
(これ、は……っ!)
互角。両腕が軋み力に押される感覚が、それがハッタリではないと伝える。だからこそ、セーレが続けざまに空中で繰り出した蹴りに後退し逃げの一手を打つ。
「まだまだ!!」
セーレの攻勢は止まらない。連続で放たれる拳と足が、時に壁と床を破壊しながらフリアエを狙う。
(私と同等の身体能力。それは分かった。だが)
疾く、強い。だが攻撃自体は単純で目で追えぬ程ではなく、受け切れない程じゃない。そしてこの猛攻は確実にセーレから体力を奪っていく。
(貴方は言った、互角と。ならば工夫の無い攻め手に意味は無いと分かる筈。何を狙っている)
なおも勢いを増していく攻撃を紙一重で避け、フリアエはその行動の意図を見極めようとしていた。
――その頃、セーレは。
(あれ?ちょっとちょっとちょっと!身体が止まらないんだけど!?)
半ば勝手に動き続けている自らの身体に困惑していた。
(頭の中に声が……これ、暴力のかっ!大分慣れてきた筈なのに声が強くなってる)
破壊衝動。暴力を取り込んだ際、強大な身体能力に付随する効果。それが脳内に響く声となって宿主の身体を突き動かす。
セーレは当初これを身体能力上昇の副作用、欠点として捉えていた。しかし、実際には異なる。
(……止まら、ないっ)
この異能は暴走する事自体が正しい使い方である。
使い慣れる程にその剣が成長する『切り換える神剣』の性質。そして過去に数度、セーレは死闘の中で暴力を扱っている。
だからこそ、今の暴力は取り込んだ際の身体能力上昇の効果だけでなく。
破壊衝動においても、その効果を増していた。
(…………声、が)
止まらずとも連撃の間隔は徐々に開き、暴走はいたずらに体力を削っていく。
反撃は来ない。フリアエが頬に受けた一撃は既に快復し、冷静に回避に徹している。この局面において暴走は悪手だった。
しかしセーレの脳内に響く声は更に増大し、思考の自由を奪っていく。
それは神の声といってもいいだろう。体内に同化した剣が持ち主に益を与えようと囁く隷属。常人では決して抗えない、暴力の快楽。
「――うるっさいんだよ!!!!」
その真っ只中でセーレは咆哮し、中空から自らの頭を地面に叩き付けた。床には亀裂が走り、一際大きな衝突音が鳴る。
次に顔を上げた時、セーレの顔は額と鼻から流れる血に濡れていた。
「ふーー……スッキリした」
「……貴方は」
「すみません、ちょっと剣の声がうるさくて。そんな事よりフリアエさん」
本気出しましょうよ。
流れる血で前髪に塗り、掻き上げながらセーレはそう言い放つ。
「ナイフ以外にも武器、持ってたりするんじゃないですか。人に対して有効な戦い方は?技は?全然使う様子がない」
「……」
「怪我させるから、殺してしまうから?それだけ配慮して本当に僕を負かせると考えてる。今のだって僕が疲れ切ってから取り押さえるつもりだったんでしょ。一つ、教えますよ。ここに集まった勇者の中にはどんな傷でもあっという間に治せる異能の持ち主が居る。つまり、死なない程度の怪我ならすぐにでも治せるって事です」
大仰な口調と手振り。そこにあるのは挑発の意図。
「もう一回言う――本気で来いよ」
柄にもない荒い口調の誘い。しかし、その心中は冷ややかに物事を見ていた。
(乗って来い。キレて色々使え。それでも僕を殺してしまえば取返しがつかないって考えは残るだろ。この人はとにかく戦うという行為に慣れすぎている。身体能力が追いついたくらいじゃまだ足りない。少しでも思考を乱せ)
身体能力は互角。それだけでは勝機が無いのは既に証明されていた。
フリアエには十分に言葉が通じる。突破口はそこであると、セーレは判断した。
しかし。
「――そうですか」
フリアエはあくまで自然な動作で懐からそれを――針にしては太い杭のような武器を取り出した。
「では、死なない程度に」
武器を持ち、構える事によって表面化するフリアエという人間が持つ殺傷力。セーレは血に混じり汗が流れるのを感じていた。
(……やっぱ、傷を治せるってのは言わないほうが良かったかなあ)
目の前の女が積み上げた過去と心に秘めた警句。それらに裏打ちされた思考は揺らがない。
今は、まだ。




