7話 信頼
「はぁ……はぁ……」
「アレ止めてって言ったよね!?見てるこっちが怖いんだって!アホ!」
キレながら僕に触れ、異能を使うヴィネ。
触れた箇所の痛みやら何やらが引いていくのが実感できる。
トレントの横で転がり回っていた僕はヴィネに回収され、現在そのまま三人で身を隠している。
「……火傷が無い。あの炎は……」
「ぼ、僕だけ、それも精神的に干渉する炎です。全力を出すと、ああなります」
少し慌てた様子で僕の肌を確認したアラストリアの疑問に答える。
燃えながら転がり回っていた僕をヴィネが回収出来たように、この炎は僕の精神にしか干渉しない変な炎だ。
火傷はしないし髪が燃えたりもしないが、痛みは普通にある。
特殊な痛みだが、ヴィネの治癒は効果がある。というかそれが無いとやろうと思わない奥の手だ。
「どうして、そんな事を?私の案でも良かった筈」
「ちょ、ちょっと待って。落ち着くから」
戸惑った様子でアラストリアが僕に問う。
アラストリアのあの案は実際堅実なものだった。
あいつの貯水量にも限界はあるだろう。チマチマ燃やして消火させるの繰り返しでも倒せたと思う。
「ふー、いや、アラストリアさんダメージ一番あるし、そもそも手錠で動きにくいだろうし、その上囮役やらせるのはちょっと不平等というか。……もう大丈夫、次はアラストリアさんに」
そう言うと僕の頭を叩いた後にヴィネは治癒先を変えた。結構怒ってるな。
治癒を受けながら、アラストリアは呆れたような困惑するような顔で僕を見ていた。
「不平等って、そんな理由で」
「いや、それはおまけというか。実際は三人で下がる時間が欲しかったんです」
あの攻撃の炎の規模は平常時よりずっと大きい。このままトレントが死んでくれるのが一番だけど、遠目に見る限りそうはいかないらしい。
だけど時間は稼げる。僕らの治癒と今からする事の為の。
「手錠を外します」
「セーレ、本気?」
「……良いのですか?それに、何故今なんです」
「さっき僕を庇ってくれましたよね。他にも理由はありますが、僕はあなたを信じたい」
鍵を取り出し、アラストリアの手へと近づく。
彼女は黙って話を聞いている。
「悪人を殺したいのか、善人を守りたいのかって言ってましたよね。あなたの気持ちも苦悩も、僕には分からない。でも僕は後者だと信じたい。自分が思う善い人を守りたい、貴女の芯にあるのはそういう優しい気持ちだと」
まだ僕らは知り合ったばっかりだが、僕は普通に笑う彼女を見たし、悩む彼女も見た。
殺人犯なんてとんでもない背景もあるし、初対面で感じた異質な雰囲気も確かにある。
それでも僕は。
「けど、あなたの殺人を上手く否定する言葉を僕は持ってません。その上で言います。僕はやっぱり、あなたに人を殺して欲しくない」
この短い旅路の僕の本音。
「誰かを守りたいという気持ちは大切だと思います。だけど、具体的な誰かでもない善人なんて曖昧な言葉の為に人を殺すのが、あなたの為になると思えない」
鍵を差し込み、捻る。
今まで、彼女に重しのように付けられていた手錠が外れ落ちた。
長く付けていた影響で、跡の残る腕を見ながら、彼女は小さく笑った。
「……感情論ですか」
「ごめんなさい。出来る事ならアラストリアさんには人殺し以外で自分の思いを表わしてほしい。僕にはそれしか言えません。ほら、モンスター退治なんてまさにそうでしょう。なので」
一緒に戦ってください。
立ち上がりながらそう言おうとしたが、足に力が入らず尻餅をついてしまった。
「くそっ。ヴィネ、やっぱりもう一回治癒を……」
「セーレ君はここで治癒を」
アラストリアが立ち上がり、自由になった両手を確かめるようにナイフを握った。
一人で行く気なのか。
「少し待ってください。もう少し治癒を受ければ……」
「私の異能を使います」
「!」
アラストリアの異能。
ここまでの道中では使ってないし説明もされてない。
僕の剣で事足りたし、彼女も積極的に自身異能の事を語ろうとしなかった。
「いや、それでも一人は」
「大丈夫です。――今の私は随分と、調子が良い」
そう言って彼女は背を向けた。
……一緒にとか言った手前格好がつかないが、彼女に任せてみるべきか。
「私の異能、『死神の針』は"私が相手に傷を付けた"という私自身の認識が必要……だそうです。ヤツの硬さと手錠が邪魔で、今まではそれを満たせなかった」
自らの異能を説明するアラストリアの手に、僕が剣を出す時のように突然何かが現れた。
あれは……懐中時計?
「秒数は……十五秒にしましょう」
時計を少し触った直後、その時計は彼女の手から姿を消し、同時に彼女が走り出した。
「ちょ、速っ。ヴィネ、肩貸して!」
「んもー!私遣いが荒い!」
ヴィネに支えられ、アラストリアを追いかける。
僕らが隠れていた場所を抜けた時、既に彼女は交戦していた。
「五」
トレントの見た目はもうボロボロだった。
消火は出来たのだろうが体表はあちこち焼けてるし、頭も寒々しくなってる。
だけど、最後の足掻きか動きは激しいし、あの厄介な根っこも全力で彼女を狙っている。
それでも、彼女は傷一つ負わない。
「六、七」
とんでもないスピードと身のこなしで根っことトレント自身の攻撃を避け、接触する一瞬で傷を付けている。
さっき僕はスピードの切り替えで根っこに対応したが、あれだけ速ければ小細工なんていらない。
「十。……終了です」
彼女が十個目の傷を付けた時、両者は動きを止めた。
そして僕らに近づきながら、彼女は異能の続きを説明する。
「そして、設定した時間と傷の数によって、終了時にダメージが発生する。そしてこれは」
――不可避です。
その言葉と共に、トレントの体から黒いトゲのような物が生えてくる。
内側から串刺しにされるように、幾つものトゲが体表から突き出し、か細い声をあげながらトレントは倒れた。
「私はアラストリア。どうか勇者として、あなたと共に歩かせてください」
倒れ伏したトレントを背に、彼女が少し緊張したような顔で僕に手を差し出した。
僕は頷きながら、その手を取る。
こうして、僕らのトレント退治が終わった。
……この人つっよ。