表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/72

59話 オリジン

 恵まれた人生だったんだろうさ。


 どこまでも広がる森……豊溢森が眼前に広がる町に木伐の家系として俺は生まれた。


 両親の愛は十分にあった。仕事も要領良く覚えて何ら問題なく跡を継げたし、たまーにしてた喧嘩だって負けたことがない。結婚相手だって決まってる。


 飯を食い、汗を流し、友と語らい、女を抱く、何の心配も要らない最高で――退屈な日常。


 そう、退屈していたんだ。一直線に続く毎日に。だから最初に否神派を知った時は驚いた。理由や経緯は様々なんだろうが、俺と同じような不満を抱えた連中が密かに繋がりあい、何事かを起こそうとしていたからだ。


 俺の町にも微かに広がっていたその網に俺は潜り込んだ。そこで否神派の連中が活発に連絡を取り合っていた理由を知った。


 魔王の復活と勇者の誕生。最近俺の町でも話題になっていた歴史の重大事に、どうやらコイツらは何かを起こそうとしているらしい。俺はそれを利用することに決めた。


 初めて、心の底から期待という感情が湧き上がったのを感じた。この地を永らく治めている王と、その鍵となり神から特別な力を授かる勇者。その両方に喧嘩を売れる。


 ああ――なんて刺激的なんだ!





 ☆




(あ……?)


 カーマセイルが目を覚ました時、その身体は壁にもたれかかる形で倒れていた。


(気を失ってたのか……)


 頭痛、それに加えて腹に残る鈍痛。カーマセイルは気を失う直前を思い出す。


(蹴り飛ばされた、あの女に)


 身体のふらつきを感じながらもカーマセイルは立ち上がり前を見る。


「さっさと来い」


 その先には一本の天を衝く柱のように聳え立つ女の姿があった。アルコシアは退屈を隠さない表情で指を動かし、挑発する。


(は、参ったな。異能とやらを使ってるようにも見えないぞ)


 踏み出したカーマセイルの手に鉄杖は無い。その手で拳を形作り殴りかかる。


(俺よりも速く正確に木を斬れるヤツは居なかった!)


 顔面と腹部、その二つを狙った拳は空を切る。


(喧嘩じゃ兵士上がりのおっさんにだって圧勝した!!)


 深く踏み込んだ右足の蹴り。これも空を切る。


(俺は――)


 最後に繰り出した右手による真っ直ぐな突き。全霊の力を込めたそれは、アルコシアの手によって易々と受け止められる。


「食い縛れ」


「――ごっ!?」


 そして、その返礼の拳がカーマセイルの顎を射抜いた。そのまま脳を揺らされ、意識が薄れていく。


(ああ初めてだ、これが――)


 やがてそれは完全に途切れ、カーマセイルは地に倒れ伏した。アルコシアは冷涼な目でそれを見流した。


「満足か?」


 投げやりな問い。カーマセイルがそれに答えられるはずも無い。しかし、退屈を謳っていた男の寝顔には確かな笑顔が浮かんでいた。


「生憎だが、既に私は私を満たすモノがなんなのかを知っている。替えのきかないただ一つだ」


 己が今の戦闘で僅かな高揚すら感じていないことをアルコシアは自覚していた。そしてそれと比べるかのようにあの少年と、嵐の日の逢瀬を思い出す。


「それを改めて感じられた。それで良しとしてやる」


 アルコシアはカーマセイルを部屋の外に放り出し、部屋へと戻った。未だ館内の至る所で戦闘が続いているのを察知しているが、アルコシアがそれに心惹かれる筈もない。


「まあ、上手くやるだろう」


 そして何より、己が認めるセーレが積極的に鎮圧を行なっている。その時点でアルコシアにとってこの騒動は終わっているに等しかった。


「ふあ」


 大きく欠伸をしたアルコシアの視線の先には、部屋に備え付けられた豪奢な高級ベッドがあった。





 ☆




「――者!!」


「……来たか」


「ああ」


 時は少し遡り、否神派の侵入に対して一人の兵士が声を張り上げた頃。ある場所に配置されていた数人の兵士がその声を聞き取った。


「これより我らは屋外へと散り、本腰を入れた警備を開始する。賊共がこの周辺に来る可能性は極めて低いが……決して気を緩めるな」


「はい!」


「良し、行け」


 叱咤を受けて兵士達はその建物の外へと散る。残る一人の兵士だけはその場に残り、建物の内部へと視線を向けた。


「本当に宜しいのですか、アラストリア殿」


「ええ」


 その先には何の表情も浮かべていないアラストリアが椅子に座っている。その手には未だ罪の象徴が掛かっていた。


「いざ事が起きた際に貴女の手枷を外すことは王より許可されています。そして外すことを貴女が望んだとて事態に非協力的だとみなすこともない、とも仰せつかっています」


「ここに賊が来る可能性は低いというのは私も同じ意見です。加えて少数とはいえ貴方達兵士も居る。仮に、何人かの賊がここへ侵入したとしても大丈夫でしょう。聞く限り相手はそのほとんどが一般人、私ならこの状態でも対処は出来ます。それに……」


「……」


「両手が自由になった私を背にするのは嫌でしょう?」


「……分かりました。私共への気遣いに感謝します。終始協力的な立場だったと王に伝えましょう」


 兵士はアラストリアの選択を肯定し、自らも外へ出るべく扉へと手をかけ――そのまま静止する。


「……私は兵士です」


「?」


「王の治世を保ち、法の裁きを平等なモノとする為に動くのが我ら兵士の役目です。だからこそ貴女がしたことは絶対に肯定出来ない」


「……そうですね」


「ただ、()は……己が身を犠牲にしてでも、世の歪みを正そうとした貴女を完全には否定出来ません」


 零すようにそう言い切ると同時に、今度こそ兵士はランプを片手に闇夜に満ちる屋外へと姿を消した。


「ふう」


 アラストリアはそれを見届けた後、肩の力を緩め身体を室内へと向けた。


「世の歪みを正す、か」


 自嘲するような笑みが漏れる。





 ☆




 自問自答は何度もしてきた。その度に私の根源は悪人への憎悪、もしくは善人の庇護だと結論付けた。


 でも、本当にそんな想いがあったのだろうか?私は目を逸らし続けてきたのではないか?


 セーレ君……私はセーレ君を護りたかった。セーレ君が持つ尊さ、それが眩しくて、損なわれるのが許せないと。


 だがどうだ?セーレ君があの女を一人で下し、仲間に引き入れた。私では何一つ手傷を与えられなかったあの化け物を。だから。


 もう、私が護る必要なんてないのではないか?そんな自分の声が頭を過って、足元がぐらついたような感覚が止まらない。


 役割。そう、役割だ。私はセーレ君を護るという役割を全うすることに意義を感じていた。この世の悪意を退ける汚れ役になりたかった。


 悪人への憎悪、善人の庇護……それも同じなのではないか?そういう思想を持つ自分という役割に身を置きたかっただけではないか?


『ルールと神様が許さないからな』


『その二つが守ってくれる』


 ……ああ、そうだ。


 あの日、お父さんを死に追いやった女を殺した時。身を焦がしていた復讐の怨嗟を吐き出した時。


 私は生きる目的を失っていた。





 ☆




「だから役割を欲した」


 椅子の上で脱力し、天井を見上げるアラストリアの目には光が無い。


「父が遺した言葉に疑問を抱いた。だから悪人を罰する。善人を救う。そういう役割で存在意義を作ろうとした」


 それは気づき。自らの存在に疑問を持ち、打ちひしがれていた今だからこそ見えた己。


「そしてその次に……セーレ君を意義にした」


 不思議とその声は良く響き、反響によってより自らへと馴染んでいく。


「私は、役割に酔っていただけの」


 薄汚れた結論。気づけばその口からは乾いた笑いが漏れていた。


「ただの罪人」


 手には自ら望んだ罪人の証。加えて直前の精神的な衝撃が、アラストリアが見て見ぬ振りを続けていた己の秘部を曝け出させている。


 襲撃の夜、アラストリアはどうしようもなく――独りだった。


「お前達は――っ!?」


 ふと、建物の外から微かな兵士の声が届いた。

ご報告と言ってはアレなんですが、本作が応募していた第10回ネット小説大賞の一次選考を通過していました。読者の方々のお陰です。

二次以降は厳しいだろうなあ、とは思いつつもやはり嬉しいものですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ