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55話 否神派

 結局、王城には何事も無く到着出来た。初めて来たときのように玉座のある広間ではなく早々に個室へと案内される。


「よく来てくれたな」


 小さな机を挟んだ二つのソファーの内、片方に王様は座っていた。見た目も恰好も普通のおじさんって感じで相変わらず王様って感じがあんまりしない。


 ただ、初めて会った時と比べると顔に少し疲れが見える気がする。


「俺が今代の王だ。初対面の者がほとんどだとは思うが……余計な話を望む者は居なさそうだな。まずは連絡事項を伝える。好きなように聞いてくれ」


 僕以外面々の顔を見回しそう言った後、王様は目の前のソファーを手で示した。とりあえずその仕草に従ってそこに腰を下ろす。


「さて」


 多少の間の後、王様は話を切り出した。ソファーに座ってるのは何故か僕だけ。慌てて振り向くと僕以外の全員は後ろに直立していた。


 え、皆そういう感じで聞くの?


「一つ。現時点でこの場に居る六人、それに加えて手筈通りであればある場所で待機中の一人、計七人で魔王討伐へと向かってもらう。無事討伐が成功した暁には各々が望む褒賞を与える予定だ」


「あの、色々と聞きたい事があるんですけど……」


「分かっている。これに関しては後に詳細を説明する。今はあまり気にしなくて良い」


「はあ」


「二つ。アルコシアを襲ったという勇者についてだ」


「あ」


 そうだ。そういえばそれについて王都に連絡が行ってたんだった。


 僕達が製造都市に着いた頃には問題の勇者は既に死んでしまっていたらしいし、僕達が何か出来るような問題じゃなかった。


「お前達からその連絡を受けた後にもう一度その勇者についての調査を行った。結果――ほんの僅かだが、否神派との繋がりが確認出来た」


「否神派って」


「聞き覚えがあるね」


 後ろでヴィネが相槌を打つ。それもそうで、前にここで聞いた言葉だ。


「軽く説明しておこう。否神派はその名の通り神々の存在、もしくはその干渉を否定する思想を持つ者のことだ」


「なんだそれは。不遜にも程がある」


 今度はアルコシアが相槌を入れた。話の内容的に反応するのは分かるけどやっぱりいつも通り話しちゃってるよこの人。場合によってはこっちが不遜だよ。


「とはいっても、今となってはその実体は限りなく薄い。百年前に否神派のリーダーが勇者候補になった際、その時の王が本腰を入れた()()を行ったからだ」


「いやでもアルコシアさんを襲ったのは」


「ああ。薄く見えたのは表面上。奴らは今もこの地で燻っている。そして今、再び動き出し始めた」





 ☆




「やあ」


「こんにちは」


 日中、男と女はそこで出会った。


「カーマセイルだ」


「バリです」


 ごく自然と互いの名前を交わし、横に並び街を歩き始める。


「結局、我らがネルガちゃんからは連絡無し?」


「はい。製出都市へ向かい勇者の一人と接触するとの連絡が最後です。先程確認出来た勇者候補の面々にもネルガの姿は見えませんでした」


「うーん、あの子の目論見が失敗したのか成功したのか、死んだのか生きているのか。流す情報は最低限ってのが俺らのモットーだけどそれが裏目に出たか」


 王都市街南端。通行人と喧噪で溢れる昼間の街中を歩くその男女を気に留める者はいない。男は多少大柄な体形と細長い目つき、女は斜めに流れる前髪、言ってしまえばその程度の特徴しかなかった。


「まあ大丈夫でしょ。そう簡単になんとかなる子じゃない。作戦が失敗しても死ぬ前に俺達に連絡を寄越すぐらいは出来た筈だ。それが無いってことは今も暗躍中なんだろう。俺達に合わせて大きな花を咲かせてくれるさ」


 二人はやがてとある建物の扉を叩く。そこは酒場であり、昼中は店を閉じている筈だった。


「明るい内からする悪巧みは愉しいな」


 男は笑みを漏らす。誰も居ない客席を通りカウンターの中へ。赤い点の打たれた床板をずらし、開かれた地下への階段を下る。


 その先には光が広がっていた。


「良く集まってくれた」


 その空間に集った数十人は老若男女様々だった。共通しているのは表情に溢れ出た負の感情。


 男は壁際に設けられた壇上へと上がった。


「俺は君達の名前を知らない。それどころか、君達がこの悪巧みに付き合おうとした理由すらも。信頼、意義、意味、何もかもが希薄で不透明だ」


 男は染み渡らせるように言葉を吐く。それを邪魔する者は誰一人として居ない。


「だが」


 蝋燭に照らされた男の影が大きく動いた。


「不満。この一点でのみ俺達は繋がっている。俺達は満たされていない。だからここまで辿り着いた」


 男が指を鳴らすと同時に、女は地下室に備え付けられた扉を開く。


 そこには無数の武具が立て掛けられていた。


「壊そう。神に与えられ、神を戴く者達が王城に集っている。その全てを否定しよう。俺達のやりたいように」


 締めの言葉と共に男は壇上を降りた。

 歓声は無い。しかし、その場は静かな興奮に溢れている。


「ふう、後は夜まで待機か」


「侵入経路の人数割り振りは」


「任せる。ま、適当で良いよ。考えたところで大した意味無いでしょ。勇者達が使う客間の場所は流石に分からないし」


 男は武器の中から一本の剣を取り、軽く払う。


「何個か潰されてるとはいえ、侵入経路のほとんどが生きてるなんてね。王城の連中は無能揃いなのかな」


「一つ一つは小さい、無意味にも思えるような綻びを膨大に作りましたから。百年前の我々に対する徹底的な対応もあって油断しているのでしょう」


「まあ事実こんな絶好の好機に自爆紛いの嫌がらせしか出来ない訳だから、その油断は正しいか」


「ただ、勇者候補達の移動経路にわざわざ見通しの悪い裏路地を使ったのが引っかかります。それに複数の兵士を使い、裏路地付近に潜む私達のような後ろ暗い人間に見せつけているように思いました」


「幾つかの進入路は潰されてるんだ。向こうは俺達の存在をある程度は察知していると見て良い。そして俺達の狙いを勇者候補と仮定し、その姿を晒す事で誘ったんだろう」


「罠ですか。それにしては杜撰かと」


「それはそう。実際あの場所には俺達の同志が潜んでいたし、好機だって連絡もあったけど胡散臭すぎて予定を変える気は微塵も無かったな。……このまま本当に寝首を掻けるとしたら、少し拍子抜けだ」




 ☆




「奴らは王城への侵入経路を作っている。それを利用して俺を含めた王族関係者、そしてお前達勇者を害するのが目的だろう」


「え」


「襲撃の実行日時は恐らく今日の深夜。もしくは明日以降だが、お前達が確実に王城に逗留している事を考えると今日の可能性が最も高い」


「襲撃……いや、侵入経路があると分かってるならそれを先に潰してしまえば――」


 そこまで言ってその考えが思い浮かんだ。口の止まった僕を見て王様が小さく笑う。


「大多数の侵入経路はわざと見逃している。全てを見逃すとかえって不自然なことから適度に潰してはいるがな。そしてもう一つ、奴らはアルコシアが返り討ちにした否神派の勇者ネルガはまだ生存しており、自分達の襲撃に合わせまた動き出すと考えている。無数の進入路、一カ所に集う標的、異能を持つ同志。奴らがこれを好機と捉えない筈がない」


 始めて会ったときからこの人は掴みどころの無い人だと思っていた。ただ、その声音に冗談の意図は一切無い。


勇者(お前達)を餌に奴らを王城(ここ)へ誘い込み一網打尽にし、俺の代でこの地から否神派という毒を可能な限り取り除く」

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に神々は何を思って力を与えるのか……。 試しなのかな?救世を成すも滅ぶも後はなる様になれ感。 向こうの勇者が返り討ちにあって討ち取られている筈な上に、 完全に出待ちである。今代も、弾圧…
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