6話 大炎上
『待ってろよアラストリア。父さん、いっぱい稼いでくるからな』
そうやって幼い私を撫でまわす父の姿は、今でも覚えている。
父は当時急成長していた商会の中心人物だった。父は人格者で、父の商会とライバル関係にあった商会の女も父との商談後には笑顔になっていた。
食卓で事あるごと語り、何回目だと母に笑われていた言葉がある。
『どんな時にも誠実に。悪い子になったら、ルールと神様が許さないからな。善い子にしてたらその二つが守ってくれる』
そんな父が、家の庭の木で首を吊っているのを見た。その時明るかったのか暗かったのかは、よく覚えていない。ただ、妙に寒い日だった気がする。
流れるように父の葬儀は進み、あっという間に父は灰になった。
そうして、父が居なくなり破綻したのに、何故か羽振りの良い元商会員達。
父の商会が無くなり、大きく成長したライバル商会。
――お父さんは死んじゃったけどね、いっぱいお金を残してくれたんだよ。
そんな事を言う母の悲し気な顔が、笑っているように見えて、あの女の笑顔が過った。全てを理解した私は家を飛び出した。
そこから先、独りで生きる術を学んで。
人を騙す術を覚えて。
人を殺す術を身に付けた。
『…………ぁ……ぁ』
時が経ち、足元で赤に塗れながら転がるあの商会の女を見て、私の復讐が終わった事を悟った。
そこから先は?
『ルールと神様が許さないからな』
『その二つが守ってくれる』
この女に裁きを下したのは私で、法と神は私を守ってはくれなかった。
罰は平等ではなく、そして庇護もまた平等ではない。
であるならば、これこそが私の。
☆
「動くのかよお前!」
樹木に足が生えたチグハグな姿でトレントが僕達に迫る。
スピードはそこまで速くないが巨大だ。このままだと全員轢かれる。
「ヴィネ!全力で後ろに逃げて!アラストリアさんは……」
二人は僕に言われるまでもなく動いていた。
戦闘では役に立たないヴィネは後方へ。アラストリアは突撃して来るトレントに対し、敢えて弧を描くように右前へ走り出している。
そのまま横に回り込もうとするアラストリアにトレントの意識が向いた。チャンスだ。
「足が生えて動くったって、良く燃えるのは変わらんでしょ!」
遅れて逆の左から僕は飛び出し、右に釣られて隙を晒したトレントの横っ腹をぶった斬る。
神炎の炎が燃え移り、トレントの幹が燃え始めた。
「ふぅ。こうなれば強いんだ神炎は。マッチ棒とは言わせ――」
「セーレ君!まだです!」
アラストリアの警告と共に、トレントに何が起きているか僕にも理解できた。
炎が弱まっている。燃え移り一瞬勢いを増した炎だが、次の瞬間にはもう小さくなり始めていた。
その理由は一目瞭然。
「こいつ、体の中に水を貯めてるのか……」
枝が生えてる頭の部分から吹き出す水と、体表に直接水を染み出させて消火したっぽい。
てか、水で消されてんじゃねえよ神の炎!
内心悪態をついていた僕に、トレントの視線が向いた。
「やばっ」
とりあえず距離を取ろうとすると、足元の地面が揺れている事に気づいた。
何が起こるか予測出来た僕は咄嗟に全力で横に跳ぶ。
間も無く、僕の居た位置の地面が爆ぜた。
「やっぱ根っこか……!」
トゲのように尖った木の根が地面から突き出ている。横に飛ばなかったと思うとゾッとする。
僕がひやりとしている中、彼女は動いている。
「……くっ、硬い!」
今度はアラストリアが、トレントが僕に注目してる隙を突く。
だが刃が通らないのか、一度斬りつけた後即座に退いた。
手錠で満足にナイフが振るえないのもあるし、そもそも彼女は異能を使っていない。
いや、それも手錠が邪魔してるんだったか。
「うおっ、とっ、とっ!」
考える暇も無く、地中から根による攻撃が続く。
どうやらトレントは僕の方が厄介だと判断したらしい。攻撃の意識を全部こっちに回してる気がする。
根による攻撃が終わった時には、僕は完全に体勢を崩していた。
そしてその状態で僕は見た。トレントが枝葉が茂る頭の部分を水を切るように振ったのを。
「……神炎!」
根の攻撃を避けるのに邪魔で神炎は消していた。
相手の攻撃は恐らく飛び道具。少しでも身を守る為に剣を出そうとする。
……間に合わない!
「……!アラストリアさん……」
「手錠が役に立ちました。種子か何かを飛ばしているようです」
手を交差して守っていた僕の前に、アラストリアが居た。
僕をカバーしに駆け付けてくれたのだろう。
手錠で幾つか弾いたようだが、服が所々切れて血が滲んでるし、腕にはアザが見える。
「私がヤツの気を引きます。一旦退いて下さい。散発的に攻撃しましょう」
「セーレ!こっち!」
後ろでヴィネが手招いてる。
アラストリアの提案。それは彼女が囮になり僕が少しずつ炎で攻撃するという作戦。
……やっばり、この人は。
「セーレ君?」
「ありがとう、アラストリアさん。僕が剣を出したらヴィネの所まで退いて下さい」
「何を……」
「僕が何とかします」
「!?それはダメだってセーレ!」
アラストリアの疑念とヴィネの静止を振り切り、剣を出しながら走り出す。
最初はそこそこのスピードで、その後全速力に切り替える。
切り替えた直後、既に走り去った地面から揺れが伝わってきた。多分背後で根っこが出てるだろう。
「狙い通り!」
迎撃の手段として考えられるのはさっきの弾と根っこだった。
弾は剣を盾にすれば程度防げる。それに予備動作も分かりやすい。だけど根っこはタイミングが読めない。
だからスピードに緩急を付ける事で、根っこの出現位置を誘った。
結果は成功。スピードを切り替えたタイミングは勘だし、ぶっちゃけ賭けだった。
でも接近は成功だ。後は全力でぶった斬る!
「うおりゃあああッ!」
今までより燃え盛る神炎の炎。
今の僕の奥の手。炎の規模を最大以上にして斬りかかる事。
炎は枝葉にまで燃え移り、トレントを盛大に燃やす。
そして、この奥の手の問題点は。
「あああああああああああ!」
僕も燃える事だ。