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54話 罪

 法と掟の神であるテミスはその両眼を以ってあらゆる罪を見通し、それに相応しい償いを与える。


          テミスの門跡近傍、導碑二十二





 ☆





「やっぱり大きいなあ」


 慣れつつあった馬車の揺れを感じながらしみじみと呟く。目の前には夕日を受けながら上に高く、横に長く伸びる外壁があった。


 王都。色々な都市を訪れたからこそ、その規模の大きさが改めて分かる。


「寄り合い取り繕えば大きくもなる」


「なに言ってるんですかアルコシアさん」


 隣のアルコシアが良く分からない呟きをしていた。この人はどうも王都が好きじゃないらしく、ここまで辿り着く前からあまり気分が良くなかった。


「騒々しいのは好かん」


 僕にとって一番騒々しいのは貴女ですけど。まあでも、この人はずっと都市から離れた屋敷でマルチネと二人で暮らしてたみたいだしそれは本当っぽい。


「確かに人は多いですけど、その分ここにしかないモノがいっぱいありますよ。特に……食べ物とか」


「……」


 アルコシアは変わらずしかめっ面だった。この人、めちゃくちゃに食べる上に味にもうるさいらしく、ここに来るまでに食事に不満を漏らしている事が何度かあった。


 そんな人でもここなら好みの味の料理を見つけられるんじゃないかな。


「まあ、僕らが王都を散策出来るとすれば魔王を倒し終わった後になるけど……」


 僕達の向かう先は外壁に大きく構えられた正門……ではなく、日陰に隠れるように作られた小門だ。その目の前に差し掛かったところで馬車は速度を落とし、揺れも同時に収まっていく。


「到着です。馬車は他の兵士が正門から回収しますので、皆様は小門へ」


 兵士の言葉に従い僕達は馬車を降りる。横目でヴィネが身体を伸ばしているのが見えた。


 なんで正門から入らないのか?その答えは簡単で、王都内では僕達が勇者である事を極力隠すのが望ましいからだ。


 僕達が勇者である事を公表するのは魔王を討伐した後、向こう百年の平和が保証されたのと同時に大々的にやるらしく、ここ数百年はそうしてきたと王様が言っていた。


 なんで後なのかっていうのはまあ、歴代の勇者候補達の素性がどれも特殊なモノだったからだろう。特に王都は広いし人も多い。公表すれば何かしら騒ぎになる可能性がある。


 だったら選ばれた勇者がどんな素性であろうと、魔王討伐を終わらせて役目をキッチリと果たした後に公表してしまえば良い。そうすればもう誰も文句は言えない。


 そして僕達の場合、事前に公表出来ない明確な理由がある。


「その、セーレ様」


 馬車の御者をしてくれていた兵士が、何故か恐る恐るといった感じで僕に近づいてくる。


「なんですか?」


「王命です。アラストリア様にコレを」


 兵士が差し出してきたのは誰が見ても分かるモノで、少し懐かしくもあるモノだった。


「……必要ですか」


 鼻の付け根の辺りが熱くなる感覚。自分の声が少し震えているのが分かった。


「ここに来るまでにアラストリアさんが何かをしましたか。危険性がありましたか」


「それは……重々承知しています。しかしこれは王命なのです。私にはこう伝える事しか……」


「だったら」


 衝動的に言い返そうとした僕の肩を誰かが掴んだ。振り向くとそこには小さく笑みを浮かべて、首を横に振るアラストリアの顔があった。


「セーレ君、私は――」


「罪人か」


 いつの間にか僕の横に来ていたアルコシアが僕達二人を見ていた。


「何をしていたか大方の予想はつく。身のこなしと戦闘技術は生業由来のモノだな」


「おい、それは本当か」


 そしてそこにフェニキスも混ざってくる。そういえばこの二人にはアラストリアの素性を話してなかった……というより、ここに来るまですっかり忘れていた。


「本当です」


 どう答えるか考えている内に、アラストリアが返答していた。


「私は本来であれば死罪の身。これまで自由に動けていたのもセーレ君の裁量があってのもの。しかしそれも、王都では通用しないようですが」


「ちょ、ちょっと」


 全く包み隠さずに打ち明けたのを見て流石に慌てる。僕はもう慣れちゃったけどさらっと言うには結構な事だよそれ。


 ただ、それに対して二人の反応は対照的だった。


「それにしても技か。体系化された対人技術があるのであれば舐るのも……」


 アルコシアは今の話と全く関係の無い良く分からない独り言を呟いていた。


 うん、そっちは多分気にしないなとは思ってた。問題はもう片方。


「……」


 真っ当に常識的な方――フェニキスは傍から見ても分かるくらいに、疑念の籠った目でアラストリアを見上げていた。


「あの、隠してたつもりはないんです。魔術都市に着いた頃にはすっかり忘れてたというか」


「……気にするな。なにかしら裏のある人間だというのは察していた」


 少し考え込むような素振りを見せた後、いつも通りの大人びた薄い笑みの表情に戻る。


「腕が立つ割に兵士といった感じでもなかったからな。まあ、ここまで何も無かった。今更罪人だなんだと言うつもりはないよ」


「そう、ですか」


 慰めるようなその声音を聞いて、改めて感じた。死罪を言い渡された罪人。その意味の重さ。


 門の前に並ぶ僕達を迎えに来た兵士達の隠しきれない目線と警戒が、僕達とそれ以外の人達の認識の差をそのまま表わしているように思える。


「セーレ君」


 振り返る。既にアラストリアはそれに――手枷に手を通していた。それほど大きくもなく汚れも見当たらない。でもそこには確かな()がある。


 アラストリアがここに来るまでにどことなく暗い表情をしていたのはこれを予期していたからなのか。


「行きましょう」


 顔を背けて王都内へと進んでいくアラストリアに、僕は何も言わずに付いて行く。





 ☆




「辺りの人払いは済ませていますがここは民地、何が起こるか分かりません。早急に王城へと向かいましょう」


 複数の兵士達に先導され僕達は人気のない道を進む。ここは家屋の隙間にある裏路地のような道らしく、まだ昼間なのに少し薄暗い。


「鼠扱いか」


「まあまあ。人目を避けるべきだっていうのは正しいですよ。というか騒々しいのは嫌いだって言ってませんでした?」


「ふん」


 相変わらず機嫌が悪いアルコシアを適当に宥める。この人ずっとこんな感じだけど、王様の目の前でもこの調子だと流石に不味い気がする。何かしらで期限を治してもらうか、なんとか我慢してほしいんだけど。


「それにしても……」


 僕達の前後に分かれて張り付くように進む複数の兵士に加え、王城までの道にも兵士が等間隔で配置されている。


「兵士の数が多いです」


「うん、ちょっと過剰なんじゃないかな……って珍しいね、アイム」


 ちょうど同じ事を考えていたのかアイムがそう呟いた。あの村を出発して以来、アイムはなんというかシャキッとした気がする。今までみたいなぼおっとした雰囲気がなくなったし、今もこうして自分から話しかけてきた。


「いえ……少し気になったので……」


「そういうのはどんどん話してよ。意見は多い方が良いからさ」


「でもさー勇者様だし慎重にはなるんじゃないの」


「ここは王都内だよ?魔物なんて居ないし、もし何かあっても僕らだって戦える。ここまで気を配る必要あるかな」


「確かにな。加えて兵士達はやけにピリついているように感じる」


「私らってここに戻って来るまで結構酷い目にあってるし、それが報告されてるのかもねー」


 皆との会話の中で、その違和感はクッキリと浮かんでいく。兵士達を手配してるのは王様だと思うけど、何か明確な心配事でもあるのかな。


「……」


「アラストリアさん?」


 アラストリアが立ち止まった。その視線の先は僕達が向かう先から外れた道……行き止まりだ。


「何かあったんですか」


「……少し、覚えのある場所だったので」


 そしてまたすぐに歩き出し、僕達へと追いついて来る。嫌でも目に入る腕の枷を見る度にモヤモヤとした気持ちが募るのを感じる。


「そういえばアラストリアさんは王都出身なのか。ここら辺に住んでたんですか?」


 言ってから気づいた。そういえば僕はアラストリアの事をほとんど知らない。知ってるのは沢山の人を殺した事と、出会ってからの人となりくらい。


 どこでどう育ったのか、何があって悪人を殺して回ろうと決めたのかとかは聞いてなかった。


「いえ、ここは……私が拾われた場所です」


「拾われた?」


「色々あって家を飛び出したんです。それからあてもなく王都の中を彷徨って、すぐに行き倒れました。それがこの場所……幼少の頃の話です」


 小さく鎖を鳴らしながらアラストリアは懐かしみの籠った顔と声でそう語る。


「そして、あの人に拾われた」


 ただ、そこには申し訳なさのような感情も混じっているような気がした。


「あの人には色々と教わりました。家を出た私にとっては親の様な存在だったのかもしれません」


「親、か。どんな人だったんですか?」


「セーレ君には縁が無いとは思いますが……正直に言って、()()な人です。名前は――」




 ☆




「フリアエ」


 暗がりの中に抑揚の無い男の声が響いた。男の目の前の置かれた数本の蝋燭が照らすのは、一人の女。


「勇者候補達が姿を見せた。何人かは足りないが……恐らく全員だろう」


「あの子は」


「確認した。手枷付きだ。間違いない」


「そう……」


 女の褪せた灰色の前髪が揺れ、その顔が(あら)わになる。静謐な顔立ちだった。


 ただ一つ、その場の暗闇を吸い込むかのような穴。本来左目が存在する筈の窪みだけを除いて。


()()は動く。今日だ。……行くのか?」


「ええ」


 女は眼帯でその窪みを隠しながら立ち上がり、振り向いた。


「あの子は罪を犯した。……勇者?違う。あの子には相応しい償い方がある。そうでしょうテミスよ。私と同じ、償いの形」


 女の背後、壁に埋め込むように設置された小さな祭壇には像があった。右手に天秤を、左手に剣を。そして、全てを見通す筈の両眼はそこに巻かれた布によって隠されている。


「アラストリア……」


 どこか焦がれるような声と共に、蝋の火が消えた。

アラストリアの過去については6話で確認出来ます。もうかなり前の話ですね。

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