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51話 出来る事

「俺の異能は単純明快、力が強くなる!」


 マリウスはそう言って赤い光を発する手で持った石を握り込んだ。そこまで力の入った握り方ではなかったけど、開かれた手の中の石は粉々に砕かれていた。


「分かりやすいね」


「ああ、俺向きだ。これで相手をぶん殴る。それに力だけじゃなく殴られたり刺されるのにも強くなる」


 僕の暴力(ビアー)を体に取り込んだ場合と同じ感じだ。ただ僕の場合は暴力的な思考が混じって判断力が落ちたり使い終わると確定で筋肉痛になったりするから、こっちの方がうらやましいかも。


「剣とかは使わないんだ」


「武器の方が耐えられないんだよな。だからこれ使ってんだ」


 そう言ってマリウスが見せたのは改造された籠手みたな道具だ。拳を覆う為の物らしく、さっきモンスターを殴り飛ばした時も付けていた気がする。


「あー……」


 僕もアルコシアとの戦いですぐに時間稼ぎ用の剣を壊しちゃったな。あの時は攻防の激しさもあったけど、どうやら僕達勇者は異能を授かった影響か素の身体能力が強まっているようでそれも原因の一つだろう。


「あとこんな事も出来る」


 マリウスが腰の辺りで拳を構えると同時に手の赤い光が強くなる。そして拳を打ち出した瞬間、その光がボールのような形になって前へ飛び出していった。


 そのまま前にあった木の幹にぶつかり、木を大きく揺らすと同時に光が弾け飛ぶ、


「これで攻撃できんだ。威力はショボいけどな」


「へー……あれ、さっきのモンスターに当たってたのってもっと細長くなかった?」


「ああ、あれはゼパの異能だ」


 その言葉に釣られてゼパの方を見る。ゼパは頷いた後、異能を見せてくれるようでその構えをし始めた。


 右手を前に伸ばし、人差し指と中指を前向きに立てる。すると指の間に光の線のようなモノが現れた。その線を引っ張るかのように左手を引き……これはあれだ、弓だ。


 僕のその予想は正しかったようで、二本の指を起点に光で構成された弦と矢が現れる。


「ん」


 ゼパが左手の指を離すと光の矢は物凄い速さで前に飛んでいった。さっきのマリウスの光弾とは比べ物にならない。


「アレ危なくないの?飛んでいった先で誰かに刺さったり……」


「アレは普通に射ってもモンスターにしか刺さらないから大丈夫」


「あ、そうなんだ。結構威力ありそうだね」


「曲げたりも出来る」


「いいなあ。僕は遠距離から攻撃出来る方法無いんだよね」


「そういやお前の異能ってなんなんだ?結局聞いてなかったな」


「僕は剣だね」


 そうやって剣を出して見せ、異能の説明を終えると二人は渋い顔をしていた。


「ズルくね?色んな異能が使えるようなもんじゃねーか」


「まあそれは訓練の成果というか、最初はマッチ棒呼ばわりだったからね。それに色々と気をつけない事も多いし、僕と同じような事はアイムが――」


 その名前をつい出してしまい言葉が途切れる。マリウスとゼパは気まずそうにしていた。


「その……本当にあの子は本当にカティアさんと親子なのか?」


「間違いないと思う」


 あの女の人……カティアはヴィネの治癒で意識を取り戻した後、またすぐに眠ってしまった。眠る直前に呟いたのはアイムの名前。


 そしてアイムもカティアを一目見てお母さんと呼んだ。そして村長に話を聞いてみたところカティアが祀神都市からこの村に移住してきた事、そしてその時期がアイムの記憶と合致している。


 ほぼ間違いなく、カティアはアイムの母親だった。


「そうか。なんで離ればなれになってたかは知らねーが、久しぶりに再会出来たってのに。それに父親の方は……」


 祀神都市から移住してきたのはアイムの母親と父親の二人。なのにあの家にはカティアしか居ない。


 その話を聞くと村長はーー村の奥にある墓地に案内してくれた。


「……大丈夫なの?」


 ゼパが不安の混じった声でそう聞いてきた。そこには色々な意味が込められている。


「しばらくはこの村に居ようと思う。今後に関してはアイムと相談するつもり」


「王都に戻る途中だったんだろ?大丈夫なのか?」


「答えは出すよ。……時間をかけすぎる訳にはいかない」


 魔王の討伐を迅速に行わなければならない理由。それはモンスターの増加だ。時間をかければかけるほどあいつらは出現数を増やす。現にここに来るまでの戦闘回数はこれまでよりも多くなっている。放っておけば被害も増える。


「……そう、か。いやすげえよ」


「急になんなの」


 マリウスはその場に座り込み、しみじみとそう呟いた。


「セーレはモンスターと戦うのが、怖かったりするか」


「そりゃあね。死ぬかもしれないし」


「だからすげえんだ。それでも魔王を倒そうとしてる。俺は……無理だ」


 短い付き合いではあるけど、マリウスらしくない弱音に感じた。僕なんかよりも戦いが得意そうなのに。


「最初の原因はあの姉ちゃんかな。今でも冗談じゃなくてマジでビビってんだぜ。なんかこう……殺意っつーの?姉ちゃんが顔色一つ変えずに誰かを殺そうとする光景が浮かんで、気づいた時には逃げてた。初めて自分を情けねえって思った」


 今でこそ薄れてはいるけど、会って間もない頃のアラストリアは確かにそんな雰囲気があった。僕も普通に怖かった。


「だからそれを認めたくなくてモンスター退治を始めたんだ。情けないと思った自分を否定したい、モンスターならいくらでも相手に出来るってな。これはゼパも賛成してくれた」


「……何もせずに故郷には帰れない」


「てな感じでな。それからあちこち駆け回りながら戦って、気づいたんだ。戦う事の怖さに」


「……」


「俺は昔っから喧嘩っ早かった。同年代の連中とはガキの頃にしょっちゅう殴り合って、それでも結果的には仲良くなれた。でもモンスターとするのは喧嘩じゃねえ、命の奪り合いだ。あの姉ちゃんと会ってからはそれが頭にチラついて、自分が何かに殺されない保証がどこにも無いって事を痛感した」


 身に覚えのある話だった。今までのモンスターとの戦いはもちろん、僕の場合は人に対してもその恐怖を感じた事がある。


 自分を殺そうとしてくる相手に()()()は効かない。マリウスと初めて会った時の自身に溢れた表情は今はもう無い。


「俺は俺が思ってよりもずっと臆病だったんだよ。……もし俺が魔王と戦うって事になっても大して役には立てねえだろうなって、今は思う」


「それはゼパも同じ?」


「俺はマリウスに付いて行く」


 普段はイマイチに何を考えているか分からないゼパだけど、その返答だけはハッキリとした意思を感じた。


「コイツの異能なら相手に接近する必要が無いから俺よりは確実に役に立つんじゃねえか、とは言ってるんだけどな……こう言って聞かねえんだ」


「なるほど。……うん、良いと思う」


「……何がだ?」


 二人の話を聞いて自分の中で勝手に結論を出していると、マリウスが怪訝そうな顔をする。


「マリウス達がやってる事だよ。僕達じゃ手の届かない人達を助けてる」


 魔王を倒すまで増加し続けるモンスターは王都の兵士達が各地に広がって出来る限りの対処をすると王様は言っていたけど、それも限界があるだろう。でも異能を持つこの二人なら。


「二人は勇者を辞めるって言ってたし、今更一緒に来てくれなんて僕は言うつもりは無いよ。でも魔王討伐に参加はしなくても二人は多くの人を助けてる。じゃあもう勇者って事で良いんじゃないかって」


「……そうか」


 マリウスはそう呟いて少しだけ地面を見つめた後、勢い良く立ち上がった。


「お前がそう言ってくれるんなら心置き無くやらせてもらうぜ。モンスター共は俺達でとにかくぶっ倒す。お前らは魔王を倒すのに集中してくれ」


 そう言って拳を突き出して来たマリウスの表情は、初めて出会った時よりも大人っぽくて頼もしく見えた。ゼパもそれに続いて同じように拳を前に。


「任せてよ」


 三つの拳が集まった光景。それを見ながら僕は一つの決心をする。

 魔王を倒す事以外にも、勇者に出来る事があるのなら。




 ☆




「アイム」


「――セーレ、様?」


 アイムはカティアが眠るベッドの前に座っていた。昼頃にこの村に来てからずっとここに居たらしく、村の人達が気を利かせて持って来てくれたのだろう食事が手つかずで置かれていた。


「ご飯は要らないの?」


「……すみません」


「食べられないならしょうがないよ。でももったいないし夕飯の時に僕が食べようかな、冷めちゃってるけど」


「……」


 アイムは物静かな子だ。普段はあまり会話の機会が無い。でも今のアイムの様子はいつもとは明らかに違う。現実をしっかりと認識出来ていない、どこかぼんやりとした感じだった。


 母親と再会した事、父親が既に無くなってしまっている事。


 そして、カティアの余命は長くない。異能で治癒を行ったヴィネがそう告げた事。


「いきなりだけど、提案があるんだ」


「……?」


「ヴィネの異能があればカティアさんの寿命を延ばす事は出来る。でも僕達はいつまでもここに居る訳にはいかない。だから――」


 迷っていた。この提案をアイムにする事を。今のアイムに選択を迫ってしまう事を。


 でも、言わなければならない。決めなければならない。


「アイムだけでも、ここに残る気は無い?」

マリウスの異能の名前は『骨肉決闘』(タイマン)、ゼパの方は『二指穿鵠』だったりします。

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― 新着の感想 ―
[一言] タイマンは草。 二人はついてこないのですね。いや正しい。 絶対胃が痛くなるからね。
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