44話 ワガママ
「年齢は幾つだ?」
「……十五だったと思う。貴女は?」
「この身体の、というのなら知らん。それよりセーレ、私の事は名で呼べ」
「……アルコシアさんって――」
「敬称も付けるな」
「ええ?……アルコシアって本当に神様なんですか?」
「何度もそう言った筈だが。まだ信じられんのか?」
「いや、だって見た目は普通に人間じゃない?」
「気づけばこの身体の中に居た。それ以外の事は知らん」
「……それなら確かにいきなりおかしくなったっていうのも分かるな。というか神様ってどこに――ちょっ!」
「憂鬱な日々だった。お前が来るまでは、本当に……」
「近い近い……!げほっ、伝染りますよ?ていうかなんで僕だけ体調崩してるんだ」
「鍛え方が足りんな。……腕も足も、まだまだ肉が詰まっていない」
「揉まないでください!……他にも聞きたい事があります。結局、あの異能はどういう効果だったんですか?」
「どうでもいいだろう。不純物だ」
「いや、教えてくださいよ」
「……盾と槍を顕現させ、盾を起点として対象との入れ替えが可能になる。それだけだ」
「大体合ってたんですね。対象に何か制限とかあるんですか?」
「神との縁が無ければ出来ん」
「成程……」
「……おい」
「え?うわ、何か怒ってます?」
「私を前にして余所事を考えるな」
「いや、アルコシアの異能なんだから関係はあるでしょ」
「それはテュケーのモノだ。つまり私ではない。だから後にしろ」
「……めんどくさ。あー、テュケーって神様ですよね?確かに知り合いみたいな感じだし本当にこの人神様なのか……?」
「そんな事よりもだ、セーレ。その話し方は何とかならないのか?あの時のように荒々しい方が私は好きだ」
「いや、あの時は怒ってたから……これが普通なんですよ」
「ふむ、怒りに身を任せていた、という訳でもなかったように感じるが。現にお前は私に信頼を以って攻撃していた」
「だから信頼とか言われても知りませんて。……ただ、どうしても人を殺そうなんて思えないだけですよ」
☆
「つ、疲れた……」
アルコシアが居なくなった部屋で息を吐く。ある程度は満足させられたようだ。
「……あ、アンドラスの事聞くの忘れてた」
アルコシアからの質問も多かったが、僕は僕で彼女に聞きたいことがあった。なんでそんなに強いのか、とか。彼女が言うには鍛えたかららしい。
「ただ鍛えただけであそこまで強くなれるのか……?異能も直接的に戦闘能力を上げる効果は無かった訳だし……」
あの会話の中で彼女の無茶苦茶さを嫌と言うほど思い知った。今までにあまり関わった事のない感じの人だ。
ほとんど異能に関係しない彼女自身が持つ素の強さというのもそうだけど、自分が偉いという大前提を彼女は持っている。言動は全く違うけど、雰囲気的には王様に近い。
端的に言うとすれば、物凄くワガママ。
「……寝よう」
疲れた。アルコシアとの会話が長引いたというのもそうだけど、そもそも今の僕は病人だ。脇に置いてあった苦い水を飲み干して横になる。
「ワガママ、か」
ここに来る前に僕は皆と協力する、という事に対して小さな引っかかりを感じた時があった。あれが今ならなんで引っかかったのかが分かる。
あの時やったアイムと僕が協力して大量の水を出して凍らせるという手段。あれ自体は別に僕一人でも出来るんだ。沃水と恐氷を切り替えて使えば簡単に。
もちろん、あの場面ではああするのが無理のない選択だった。でも、最初から協力を前提に動いていたのは間違いない。
「協力する事は大事だ。でも、協力にこだわる必要はない」
今回でそれが分かった。僕は今でも、アルコシアに負けを認めさせるのには一人で戦うのが正解だったと思っている。皆には悪いけど。
そして多分この選択も、合理的な理由の他にリーダーとしてケジメをつけたいという僕自身のワガママが混じっていた。
「我を押し通す……圧倒的な力……」
アルコシアは強い。もし槍を使われていたら。異能をもっと積極的に使われていたら。僕を最初から殺す気だったら。
強さという裏付けがあるから、彼女はワガママでいられる。
「ワガママ。少しは……見習った方が良いかもね……」
☆
「……」
セーレの部屋を出たフェニキスは最低限の掃除しかされておらず、書類やインク、用途不明の道具等が溢れる部屋――アンドラスの書斎の扉を開け、中へと入った。
そのまま書類の詰まった棚の一つにふらふらと近づき、寄りかかるように腰を下ろし――。
「……はあああああ」
深い安堵の溜息吐いた。
「良かった……」
全てを飲み込んで止めた訳じゃない、あれはフェニキスの飾り気のない本心だった。
本当は止めたかった。どれだけ合理性があろうと、セーレに譲れない理由があろうと、戦うなと縋りついてでも止めたかった。
しかしセーレにとってフェニキスはまだ親しい仲間、とは言えないだろう。勝手に死んだ息子を重ね合わせ勝手に入れ込んでいる自分の身勝手さを、フェニキスは良く理解していた。
「止めてくれよ……お前がまた死んだら私は――痛っ!」
フェニキスが寄りかかった影響か、棚に置かれていた本の内一冊がフェニキスの頭に落下し、激突した。棚の高さから調査を後回しにしていた物の一つだった。
「――これは……」
頭をさすりながら、フェニキスは落下してきた本の表を見た。
そこには乱雑な文字でただ一言、日記とだけが書かれていた。




