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41話 一対一

趣味に走りすぎた

 気を抜けば飛ばされそうな勢いの風と、それに便乗した雨粒が僕の顔に絶え間なくぶつかる。


 それぞれの音と、木々が揺れて擦れ合う音は全く途切れる様子が無い。分かりやすい嵐の日だった。


「……」


 短い時間だったけどやれるだけの事はやった。そして期待していた以上の規模の嵐。準備は出来てる。


「お前か」


 屋敷の前、森にぽっかりと空いたあの空間。ここに来た時と同じようにアルコシアは居た。


 髪は乱れて服もずぶ濡れ。にも関わらず、彼女の立ち姿は何も変わらない。相変わらずこちらを見下すような所作。


 二日前に感じた僕の内の燃えるような感情がまた強くなる。


「去れ、お前はどうでもいい。それとも、囮というやつか?」


「一対一」


「ああ?」


 人差し指を一本立てて、突き出した。


「アンタは僕が一対一でぶん殴る」




 ☆




「何で行かせてしまったんですか!」


 悲鳴のような声が響く。声の主であるアラストリアは慌てた様子で自身の装備や装いを整えていた。


「一人であの女と戦うなんて……!」


「……おねーさんも知らされてなかったんだ。何か頑張ってたみたいだけど?」


「私はあの女を倒す為だとしか聞いてない!それよりも!何故!止めなかったんですか!?」


「ああなったら何言っても聞かないと思う」


「はあ……?」


 セーレは全員を集め自分一人でアルコシアと戦う旨を一方的に告げ、反論を待たず屋敷を出ていた。残された面々の内、セーレの行動を積極的に止めようとしなかったのはアラストリア以外の三人。


 ヴィネは諦観を、アイムは祈りを、フェニキスは憂慮を浮かべてセーレを見送った。


「昔、私がセーレに泥団子をぶつけた時があったんだよ。顔に。笑って許してくれるだろーなーって思ってたら、それからずーっと口聞いてくれなくなっちゃって」


「何を……」


「結局許してはもらえたんだけど。それでその後何でいきなりあんなに怒ったのって聞いても分かんないって」


 急な思い出話にアラストリアは困惑したが、ヴィネの顔に冗談の色は無い。


「セーレって全然怒らないじゃん?最近だと誘拐された時とか。何か理不尽があっても冷静に対応する、相手の事情を考えて結果を飲み込めちゃう。基本的にいい子ちゃんなのがセーレなんだよね。これは昔から。なのに何であんなに怒ったんだろうって」


「……」


「多分溜め込むんだろうね。嫌な事もイラついた事も。頭おかしいヤツに殺されかけたり誘拐されたりいきなりお腹殴られたりした事も。でも、我慢にも限界がある」


 ヴィネは最終的に大泣きしながら縋りつく事でようやく口を聞いてくれるようになった当時のセーレを思い出し、小さく震えた。


「今のセーレ、多分すんごいキレてる」




 ☆





「一対一?何も出来ずに腹を抱えて蹲っていただけのお前がか?」


「僕が勝ったら僕達と一緒に来てもらう。自分で言った事は守ってくださいよ」


「は」


 強気なセーレに対し、アルコシアの返答は言葉ではなかった。


 起こったのはあの時と全く同じ現象。突如アルコシアの手に銀色の盾が現れた後、何かを弾くような音と共にその目の前にセーレが移動する、瞬間移動と呼ぶべき現象。


 そして、あの時と同じようにアルコシアの拳が無防備なセーレの腹へ――。


「っ!」


「ほう」


 とはならなかった。迫る拳を咄嗟に出現させた剣の腹が受け止める。鈍い音が響き、殴られた勢いのままセーレは後ろへ跳んだ瞬間、同じ音と共に再び視界が急激に変化した事に気がついた。


「!また()()()()()のか」


「学んだか。下らん異能だろう?」


 自分の位置が殴られる前に移動し、再びアルコシアの手に盾が握られているのを見て、セーレは確信する。


『入れ替え?』


『ああ。あの時、お前はヤツの目の前に瞬間的に移動し、殴られた。それと同時にお前が元居た場所に現れた物がある』


『……盾だ』


『そうだ。手元の盾とお前を入れ替え目の前に引き寄せた上で殴り、その後でお前が元居た位置に入れ替わった盾と自分を入れ替え、私達を襲った。盾を出現させた上で対象物を入れ替える。ここまでが異能と見ていいだろうな』


『成程。……何でも入れ替えられるのかな』


『分からん。ただ、条件があるとしても人を対象に出来るのは確定してる』


『って事は、多人数で挑むのはむしろ不利になる』


『……おい、まさか』


『決めたよ。止めないでね、フェニキスさん』


 先日のフェニキスとの会話。アルコシアの異能についての考察が当たっていた事を、セーレは確信する。


(殴った後にもう一回僕と盾を入れ替えて盾を手元に戻した。入れ替えの起点は盾じゃないとダメなのか?ただ入れ替えの合図は指を鳴らす事っていうのは確実。というか、思いっきり剣の腹殴っといてなんでそんなに平気そうなんだよ)


「となれば、一人で挑むというのも策か」


「……個人的な理由もあるけど――」


 言葉を返しながら、セーレは剣を真っすぐに上へと突き上げる。その光景にアルコシアは頬を緩めた。


「オケアノスか」


 剣先に集まるのは球状の水。始めは小さな水球が、雨を飲み込み大きさを増していく。


 沃水(オケアノス)。セーレの異能が扱える剣の一つであり、水を発生させる剣。本来は練度が足らず一度に扱える水の量は現時点では少ないが、多量の雨がこれを補う。


 セーレがこの嵐の日を選んだ理由の一つだった。


「ね!」


 セーレが剣を振り下ろすと同時に水球が放たれる。地面に落ちた水球は水流となり、アルコシアを襲う。


「――沐浴にはまだ早いな」


「んじゃコレ、だっ!」


 不動。何も無かったかのように濡れた髪を払うアルコシアの目が、飛来する剣を捉える。


(阿呆が)


 破れかぶれの投剣。そう断定しアルコシアは盾を構える。

 その瞬間、()()姿()()()()()


「なっ!?」


 元は通常の大きさだった剣はその何倍もの大きさの剣へと変わり、アルコシアの盾へ激突する。


 その剣の名は暴力(ビアー)。セーレは投擲した沃水(オケアノス)暴力(ビアー)を異能の名前通り空中で()()()()()()


 魔術都市での一件以降、自身の異能への理解を深めた故の芸当だった。


「くっ!」


 直前の油断、沃水(オケアノス)の投擲速度を維持した巨大質量。アルコシアにとってもこれは脅威だった。


 後ろへと弾かれる形で盾が飛ばされ、アルコシアの体勢が崩れる。セーレはそれを見逃さず即座に距離を詰める。


(よし、あとは恐氷(エレボス)で――)


「はは」


「!」


 音が鳴る。その瞬間、セーレが見る景色が一変する。


(空中!僕と弾き飛ばされた盾を入れ替えた!)


「はははっ!」


 セーレが空中を駆ける中、盾を回収したアルコシアが着地地点へと向かう。


(着地出来る?出来たとしても絶対隙が生まれる。もう一度入れ替えてくる?何が最善手だ、考え――)


 思考を巡らせる中で、セーレはアラストリアとの訓練でのやり取りを思い出す。


『アラストリアさんって戦闘中にどうやって最善手を判断してるんですか?やっぱりめちゃくちゃ考えてたり?』


『その都度によりますが、戦闘中はあまり考えていない事の方が多いですね』


『え、そうなの?』


『はい。戦闘中の熟慮は時に致命的なミスを生みますから』


『じゃあ勘で戦ってるって事?……真似出来そうにないや』


『自分を信じて下さい。これが正しいと思った自分の直感を。戦闘とは、思考と直感の共存です』


(――ない!)


 この時、セーレが信じたのは自らの本能だった。


「はは――む」


 セーレの着地点へと駆けていたアルコシアの正面から発生した不自然な突風。セーレが放った水流に対し微動だにしなかったアルコシアの足が止まる程の風。


 セーレの着地と同時に起こったそれは、着地という隙を消しアルコシアの停止という隙を生む。


(なんだ、この風は。嵐が味方をしたとでも?)


「はあっ!」


「ちっ」


 突風が収まった頃には既に着地していたセーレが駆け出し、隙を晒したアルコシアへと斬りかかる。アルコシアは盾でそれを防ぐ。甲高い衝突音が響いた。


「……お前っ!腰抜けを演じて――っ!」


 喜色を浮かべるアルコシアの言葉は途切れる。またしても突風が()()()()()()()()()から発生した為だった。


 穿風(ボレアス)。セーレが会得し、嵐の日を選んだ二つ目の理由。


 先程アルコシアを阻んだ突風は、咄嗟に穿風(ボレアス)を使い嵐で増幅させた風を着地の勢いのまま地面に叩きつけた際に発生した物。セーレが直感で取った選択による結果だった。


 至近距離で発生した突風に、アルコシアの体が宙を舞う。


(味方()したのではなく、味方()したという事か)


 木々の間をすり抜けアルコシアは森を抜ける。枝葉が体を傷つけていく中で、無邪気とも呼べる笑みを浮かべて。


「やってくれる!」


 空中で体勢を整える暇も無く、アルコシアが着地した場所は小さな川。嵐によって増水しているが、底は浅く勢いも緩い。


 現状把握に努めていたアルコシアの目が、追撃を狙い森を抜けて来たセーレを捉えた。水柱が上がり、衝突音が響く。


(好い)


 剣と盾が衝突を繰り返す。無言の攻防の中で、アルコシアは身に覚えのない感情を咀嚼していた。


(だが何故?何故こんなにも好ましい。お前からは未だに――)


 セーレが大きく剣を振り上げた。


(――殺意の欠片も感じぬというのに)


 一際大きな音が鳴り、度重なる盾との衝突に耐え切れず()()()()()()()()()。その光景をアルコシアは呆然と見ていた。


「何故折れる」


 アルコシアはセーレの異能の詳細を知らない。しかしこれまでの戦闘から、神々の力を宿した剣を扱う物であるという推測は出来ていた。そんなシロモノが、こうも脆い筈が無かった。


「っ!」


 アルコシアの体勢が崩れる。彼女の下半身がいつの間にか氷に覆われ始めていた。その氷はアルコシアの背後にある剣から伸びている。


 恐氷(エレボス)。冷気を発生させるこの剣を、セーレは秘密裡にアルコシアの背後に出現させ遠隔で力を使った。


 森を抜けた後の攻防に使っていたのは、事前にダイダロスに用意してもらい持ち込んでいたただの剣。


(ここ)に来た時点でこれを狙って――)


「おい」


 セーレは瞬時に暴力(ビアー)を手元に出現させ体内へ取り込み――。


「歯ぁ食いしばれ!」


 振りかぶった拳をアルコシアへと叩き付けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] セーレがちゃんと主人公してる!かっこいい! [一言] アルコシアはドM(確信)
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