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39話 堪忍袋

「名前を間違えた事に関しては確かにこちらが悪かったです」


「……」


 テーブルを一つ挟み、互いにソファーに座った状態で僕とアルコシアは対面していた。僕の言葉に対して、彼女は背もたれに体を預けそっぽを向いている。アルコシアの後ろでは、垂れ下がった銀の髪の手入れをマルチネがしていた。


 この場はマルチネの力を借りて作った。アルコシアに関してはまだ何も分からないに等しいが、とにかく彼女に確認しておきたい事があった。


「なので、その後の事についてもこちらは受け入れます」


 これは嘘だ。突然攻撃された事に僕達は納得していない。だけどここは円滑に話を進めたいという思いを優先し、下手に出る。


「……ぁ」


 アルコシアが小さくあくびをした。僕の後ろに立つ彼女達――特にアラストリアとヴィネの様子が険しくなるのを感じる。納得がいってないのは僕だけじゃない。そもそもさっきみたいな事を警戒しているというのもある。


 危険なモノと正面から向き合っているという緊張感を、感じずにはいられなかった。


「貴女は僕達と共に、魔王を倒してくれるのですか」


 勇者として魔王を倒そうとする意志。聞きたかったのはこれだった。


 彼女の返答次第では僕達の動きも変わる。不満をひとまず飲み込んででも聞いておきたい。


 僕の問いから少し間を空けて、アルコシアは口を開けた。


「楽しみにしていた」


「……?」


「壮烈で凛然な……掻き立てられるような勇者を」


 そう言ってアルコシアは僕の後ろへと視線を移した。


「お前は良い。お前も、お前も、お前も。軟弱ではあったが、ともすれば私は死んでいた。そういう気迫があった」


 最後に彼女は僕を見る。そこにはあの、失望の表情。


「お前は何だ?」


「……」


「何も感じなかった。出し抜き企み首を狙う、場合によっては刺し違えても良い、そういう情熱が。あの場で大人しく死ぬつもりだったか?」


「それは貴女が――」


「つまらん」


「あ、ちょっと!」


 髪を梳いていたマルチネの静止を聞かず、アルコシアが立ち上がった。その目は僕達全員を上から見下ろしている。


「お前が頭なのが特に気に食わん。マルチネ、少し寝る。夕餉を用意しておけ」


「……何が望みなんですか。僕がリーダーでなければ良いと?」


「私を負かしてみろ」


 そう言って、アルコシアは挑発するような笑みを浮かべる。それは僕と言うより、後ろで身構えている皆に言っているように感じた。


「正面切ってでも良し。奇襲でも良し。罠でも良し。一人でも二人でも全員でも良し。殺す気でも何でも良い、私に負けを認めさせてみろ。そうすれば、お前達の下についてやる」


 その瞬間、今にも動き出しそうだったアラストリアを見て少し笑い、アルコシアは慌てるマルチネの声を背に部屋を出て行った。


「……無茶苦茶だ」


 ふと思い出す。勇者が今まで一人しか選ばれなかった理由である、勇者達の不和。


 恐らく彼女が僕にとって、一番相性の悪い勇者である事は間違いなかった。




 ☆




「彼女は置いていきましょう」


 アラストリアがそう切り出した。

 マルチネの計らいで僕達はこの屋敷に滞在する事を許された。部屋はいくらでも余ってるので自由に使ってくれと。今彼女は夕食の準備をしている。


「無理に連れて行こうとする必要が無い。既に二人の勇者がここに居ないように、彼女一人居なくても何とかなる筈です」


 歴代の勇者達は皆一人で魔王を倒してきた。それに比べれば彼女を抜いたとしても僕達は十分な戦力だろうと、アラストリアは言っている。


「でも、アルコシアは強い」


「……っ」


「彼女が居れば、きっとより盤石になる」


 アルコシアの強さが魅力的な事はアラストリアも理解出来ているだろう。それでも僕がアルコシアを連れて行きたがるのが不満なのか、彼女の手は強く握り締められていた。


「……他の皆はどう思う?」


「迷うね。私はちょっと決められないかな。アイツ自体が謎だし」


「私は調べたい事がある。――アンドラスについて、少し思い出した」


「それ、本当?」


「ああ。魔術都市から姿を消した人間の中に、確かその名前があった」


「魔術都市……」


「神々や勇者は魔術都市において研究対象だが、その情報の少なさと不毛さから実際に研究してるヤツはほぼ居ない。アンドラスはその数少ない研究者の一人だった筈だ」


 魔術都市において神々や勇者がどんな存在なのかはアルフスが少し語っていた気がする。フェニキスが言っているのはまさにその事だった。


「ただ、ヤツのそれは研究と言うにはあまりにも雑な……言うなれば妄想に近いナニカだった。当然その研究は認められず、それが原因で魔術都市を去った」


「そしてここに来た」


「何かある。……少し時間が欲しい。結論を出すのはそれからで良いか?」


「分かった。……アイムは?」


「任せます」


 いつも通り、僕に任せるという意味だろう。アイムはずっとこんな感じだ。


 ただ、結局のところリーダーである僕が方針を決めなければならないのだと、彼女は言っているように感じた。


「分かった。じゃあしばらくはここに居よう。なるべくアルコシアとは接触しないように。……僕はちょっと、都市の方を歩いてくるよ」


「私も――」


「一人で良いよ。厄介事には気をつけるから」


 付いてこようとするアラストリアに返事をしながら僕は屋敷の外へ向かった。




 ☆




「――!」


 セーレが去り、フェニキスとアイムが居なくなったその部屋で、鈍い音が響いた。


 拳を壁に叩き付けたアラストリアの表情は不満で歪んでいる。


 あの戦闘で成す術が無かった自分への不満。何より、得体の知れないアルコシアを連れて行こうと言わせた原因。


 自身の力不足。セーレを密かに追いかけるという選択肢さえ、今のアラストリアの頭からは消えていた。


「セーレぇ……」


 一方で現状について思考を巡らせた末、先程自身の異能を明かした際のセーレの言葉を思い出し、ヴィネは浸っていた。





 ☆





「はあ……」


 この都市は人の声や物音が絶えない。ここを歩けば少しは気分が晴れると思ったけど、そうでもなかった。


「どうすれば……」


 アルコシアの言葉に納得してしまった自分が居る。相手を殺そうとする気が無い事を見抜かれた。


 あの場で僕達が死ななかったのは確かにアルコシアの気まぐれだった。僕は確かに腑抜けているのかもしれない。


 これからどうするか。馬鹿正直にアルコシアの言葉通りに彼女に負けを認めさせようとするか、何とか話合いで解決するのか、彼女を置いていくか。


 頭が重い。


「というか、何だよ。同じ勇者なんだから殺さないようにするよ、そりゃ」


 思わず愚痴が出た。今は僕一人だ。皆が愚痴を聞いて気を悪くする、という配慮も必要が無かった。


 じわりじわりと、体全体が熱くなっていくような感覚がある。


「人を殺したくないなんて、普通の感覚だよ。……大体、何なんだよ。揃いも揃って面倒ばっかり。頭のおかしい狂信者とか誘拐とかでもう十分だって。何で話をこじれさせるんだ。僕達は勇者だっての」


 ああ、何か凄く――。


「うおっ。風が少し強いな」


「こりゃ近い内来るぞ。備えねえと」


 通行人の会話で前から吹く風の勢いが強い事に気がついた。そのまま立ち止まって少し考えていると、見覚えのある人が僕に手を振りながら近づいてきていた。


「――セーレ!無事だったか!」


「ダイダロスさん。用事はもう?」


「ああ、都市長への報告やら何やらが終わったんであの屋敷に追いかけようと思ってたんだが……」


「大丈夫です。彼女が勇者を殺した件も含めて、僕達が何とかします」


「本当か?……済まねえな」


「いえ、それよりちょっと用意してほしい物が――」

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