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4話 罪人の信念

「セーレ!来たよ!」


「分かってる!」


 ヴィネが示すのは大きなニワトリ型のモンスター、コカトリスだ。

 鳥らしい奇声と慌ただしい足音をあげながら、僕に向かって突撃して来る。


「ふーっ」


 集中する。この二ヵ月間の成果。

 僅かな集中の果て、気付けば僕の手には剣が握られている。

 ただの剣じゃない、赤く燃える炎の剣だ。


「――せいッ!」


 突撃に合わせて僕も動き、すれ違いざまに斬りつける。

 当たったのはこっちの攻撃だけだ。斬撃と共に炎が燃え移り、その場にコカトリスが倒れこむ。


 僅かに悲鳴をあげた後、燃え尽きるようにそいつは消滅した。


「これが僕が授かった異能、『切り換える神剣』。その一つである『神炎(プロメテウス)』です」


 戦闘が終わり、気を抜いた瞬間に剣は消滅する。

 説明先であるアラストリアへと顔を向ける。


「……それ、熱くないのですか?」


「あ、そこ?」


「私と同じこと言ってるー」


「なんで二人共初見の感想が同じなんだ。……この炎は僕には干渉しないようです。今のようにモンスターへの攻撃は勿論、薪に火をつけたり出来ます。あと、この炎はモンスターに良く効く」


 異能の詳細把握と習熟。この二ヵ月間の大半はそれに費やした。

 ちなみに異能の名前は夢の中で教えてもらった。イカしてるよね!


「便利ですね。切り換える、という事は他にもまだあるのですか?」


「……それは」


「まだこれしか使えないんだって」


 その名前の通り、この異能にはまだ先があるらしい。

 多分、炎の神であるプロメテウスの名前を冠している事から、他の神々の性質を持つ剣も有るのだろう。


 だけど、今はこれだけである。


「……マッチ棒」


「ああん!?それ止めてって言ったよね!普通に不敬だし!」


「……んんっ」


「なんでアラストリアさんも笑ってんの!?」


 普通に強いしカッコイイし便利だろこれ。

 しかし、アラストリアも笑うとは思わなかった。結構感情が出る人なのか?


「それはともかく、そちらは?」


「あー私のはねー……セーレ、どっか怪我してない?」


「はい」


 人差し指を出す。

 昨日紙を扱ってる時に切ってしまった傷だ。もう治りかけてるが、ヴィネの異能の証明には使えるだろう。


 指にヴィネの手が触れ、ヴィネが集中を始めると同時に、淡い光が僕の手を包んだ。


「傷が消えていく……これは」


「『癒す(てのひら)』だったかな。私が手で触れた傷を治せるんだ」


「……凄まじい異能ですね」


「今は手で触れないと使えないし、あんまり大きな傷は治すのが時間がかかるっぽいんだけどね」


 そう言ってヴィネは僕の指を離した。

 もう跡すら無い。どこに傷が有ったのかも分からないレベルだ。


 僕と同じく、ヴィネの異能もまだ発展途上だという。アラストリアが凄まじいと言ったのも良く分かる。


「アラストリアさんの異能はどういうものなんですか?」


「見せたいのは山々ですが、実践するとなればこれが邪魔ですね」


 アラストリアは両手を掲げた。

 場の空気……というか僕がばつが悪い。

 アラストリアの手には物々しい手錠が付いたままだ。


「外に出して自由にした時点で、こんなものに意味は無いというのに。勇者と罪人の間を取っているつもりなんでしょうか」


「……さっきも言いましたが、僕は手錠を外す権限と鍵を持っています。ずっとそのままな訳ではありません」


 殺人犯を何の枷も無くいきなり外に出していいのかという僕の懸念通り、彼女には手錠付きでの旅が科せられた。


 もちろんずっとそのままという訳ではなく、手錠をこの先どうするかは僕の裁量次第である。

 そう、僕の裁量次第。


 ふざけてやがる。勇者とはいえ死罪相当の罪人の手綱を押し付けられたのだ。元はただの田舎者に。

 お腹が痛い。


「私もさっき言った通り、あなた方に危害を加えるつもりはありません。警戒されても困ります」


「それは、これから判断させてもらいます。それに、あなたの武器であるナイフの携帯は認めています」


「……ナイフ(これ)は最大限の譲歩と信頼という事ですか。まあ、そうですよね」


 そう言って、彼女は自嘲するように微笑んだ。

 まだ彼女の事は信用出来ない。手錠を付けさせたままというのは若干心苦しいが、ここは妥協できない点だ。


「お喋りはいいけどさー、早く行かないと野宿になっちゃうよ?」


 ヴィネが呆れたようにそう言った。

 そうだ、足を止めている暇は無い。魔王討伐と、一刻も早くこの旅を終わらせる為に。

 何より、野宿は嫌だ。



 ☆



 旅の出発は粛々と行われた。

 大勢の民衆を集めて送り出す訳でも無く、数人の兵士に必要な荷物を貰い見送られただけ。王様も来ていない。


 民衆人気のある罪人というアラストリアの厄介な背景上、民衆を集めるのは無理だったのだろう。

 そうして地味な出発から始まった僕達は、今はとある都市を目指している。


 祀神(ししん)都市。


 王都の周りにある五つの都市の一つであり、そこに勇者が一人居るという。というか一つの都市に一人居るらしい。作為的な物を感じる。


 そこまでの旅路の間、人々を脅かす魔王の眷属――モンスターを倒して人助けと異能の習熟を進め、来たる魔王討伐に備えるというのが目的だ。


 今は祀神都市の道中にあるオセの村に向かっている途中である。



 ☆



「結局野宿だし……」


 僕達は小川の傍で宿を取る準備をしていた。

 とっくに日は暮れているので辺りは暗い。神炎(プロメテウス)で辺りを照らしながら薪の準備をする。


「仕方ないだろ。地図は読み慣れてないし旅も初めてなんだから。ヴィネが地図読む?」


「セーレが無理なら私も無理。おねーさんは?」


「私も王都の外には出たことがありません」


 漂う微妙な雰囲気。


「もしかして、僕達ダメダメ?」


「まーなんとかなるでしょ。それよりセーレ、お腹減った」


「ヴィネも手伝うんだよ。あ、アラストリアさんは……」


「私は風除けを張っておきます。手錠付きで食材を触る訳にもいきませんし」


「……すいません」


「いいですよ」


 そうして各々作業に取り掛かる。

 申し訳無く思ったのは、アラストリアさんに今の所非が無いからだ。


 罪の話ではなく、僕達への接し方という点で。彼女は今の所何も問題を起こしていない。


 異質な物はある。でもそれと同時に僕らと変わらない部分もある。ここまでの旅路で見た彼女の笑顔が、それを示しているんじゃないか。僕達は分かり合えるのでは――。


 そんな事を考えながら食材を切っていたら、ナイフで指を切った。

 ヴィネに叱られた。



 ☆



「うまっ、うまっ」


「……美味しいですね」


「そう手間のかかる物は作れないからごった煮だけど、まあ不味くはないでしょ」


 ちなみにカッコつけて手間のかかる物は作れないとか言ってるが、僕に料理スキルは無い。これから先延々とごった煮だろう。


 僕も食べ始める。うん、大味だけど美味しい。

 こうやって夜空の下で鍋を囲んでるのも、スパイスになってるのかもしれない。


「美味しい……本当に」


 そう言ってスプーンを口に運び、頬を緩めるアラストリアは、あまりにも普通にしか見えない。でも、六人も殺した殺人鬼。

 ……やっぱり、聞いておかないと。


「アラストリアさんはその、なんで悪人を殺す事にこだわってるんですか」


 アラストリアの手が止まる。雰囲気は崩したくないが、今だからこそ聞くべきだと思った。

 ゆっくりと、彼女は口を開く。


「最初は復讐だった。でも、そこからは私にもわかりません」


「分からない?」


「悪人が憎くて殺したいのか、善人を理不尽に晒したくないのか。……こんなだから、あなた達に怖がられるのでしょうね」


 それは彼女自身の信念の話。

 そこには血生臭くも人間らしい悩みがあった。


「そうですか。……そもそもとして、僕は人を殺す事はダメだと思います」


「どうして?」


「どうしてって……。人道倫理、道徳的に?」


「今日あなたは魔物を殺しましたよね。それに、今こうして口にしている肉も、私たちが手を汚していないだけで、殺しという行為の果ての物です」


「それは、どちらも怠れば僕達の生活を脅かすからです」


「私が殺す悪人だって、多くの人々の生活を脅かしていますよ。それと、戦争というものを知っていますか?遥か昔に人間が今よりも多かった時に行われた、支配者公認の殺し合いです。人が人を殺してはいけないという決まり事は、時に体よく歪められる」


「……法は」


「私は、私が裁かれる事は正しいとは思っています。しかしそれは、さっきも言った通り私の役目が終わってから」


「……」


「……食事時にする話ではありませんね。早く食べましょう、冷めてしまいます」


 駄目だ。僕はこの人を納得させる言葉を持っていない。

 人を手っ取り早く縛り付けるのが法と罰だと思う。でもそれを受け入れた上で、彼女は人を殺してる。

 難しいな……これは。


「こういう話は嫌いではありません。自分を見つめ直せる」


 思えば彼女は、僕が思いつけるような問答は既にしてきたのだろう。

 自分の信念を補強する為に。より強固な物にする為に。

 僕の言葉程度じゃ、それは崩せない。


「……どうぞ」


「ありがとうございます」


「あ、私もー」


 ごった煮を椀に入れ、アラストリアに差し出す。

 手首に付いた物々しい手錠と、食べにくい筈なのにそこまで苦にしていない様子が、彼女と僕達との隔たりを表しているようだった。

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