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36話 神は細部に

 製出都市。名前の通り様々な物を作り、他の都市や村々へと出荷するのが盛んな都市だ。


 家具、武具、衣類といった僕達が日常で使うありふれた道具達はここで作られている物が多い。魔術都市でも道具は作られていたけど、あれらは特別だし出回ってる数が少ない。現に僕の村では見た事が無い物ばかりだった。


 魔術都市から出発して数日間、道中に何度かモンスターと遭遇しながらも問題無く僕達はそこへと辿り着いた。




 ☆




「あ、あれは何ですか?」


「あれは鉄を取り出してんのさ。ここの付近に鉄の混じった石を取れる場所があるからよ、そっから運び出してな」


「はー」


 僕達の案内役をしてくれているおじさん――ダイダロスが顎鬚を撫でながらそう言った。


 その会話もこの都市内であちこちから聞こえる何かを叩く甲高い音や加工する音が混ざりながら行われている。最初は騒々しかったけど、慣れると色々な音がある事に気づいてちょっと楽しい。


「勇者っつうんでどんなナリしたヤツが来るのかと思っちゃいたが、まさかこんな坊主共が来るとはなあ」


「おじさーん、ここ熱いー」


「はは、すまねえな嬢ちゃん。少し辛抱してくれ」


 ヴィネの言葉にダイダロスは余裕のある笑みで答えた。少し乱暴な言葉だけどそこに悪意は無い。僕の村にもこんな感じの気の良いおじさんが居た事を思い出す。


「勇者になっちまったからしょうがないとはいえ、大丈夫なのか?モンスターとも戦ってるんだろ?」


「はい。でも確かに僕達は大人とは言えませんけど、結構強いんですよ?」


「お、言うじゃねえか。まあそっちの黒髪の姉ちゃんとかは如何にもな感じだしな。なんつうか、雰囲気がちげえな!」


「……どうも」


「ただ、こっちの嬢ちゃんはどうなんだ?」


「あ」


 ダイダロスが近づいたのはフェニキスだった。確かに彼女は見た目では完全に子供だった。


「俺にもこれくらいの娘が居るから分かるが、流石にこの子にモンスターと戦わせるのは無理が――」


「心配はいらん。むしろこの中では私が一番安全だ」


 ダイダロスが頭に伸ばそうとした手を避けながらフェニキスはそう言った。まあ死なないらしいから確かに一番安全かもしれない。


「お、おう。……なんだか随分と大人びてるな、死んだお袋を思い出しちまった」


「僕達は皆神様から異能を授かってますから、ちょっと見た目と強さとかが釣り合わなかったりするんですよ」


「おお、そうだった。成程なあ……」


 そう言うとダイダロスは納得したようだった。フェニキスが一番安全だったり見た目と言動に差があるのは異能と全く関係無いけど、まあいいだろう。フェニキスも詳しく説明する気は無いみたいだし。


「となると全員が神々に認められた立派な勇者様って事だ。坊主、なんて言って悪かったな」


「いえ、気にしてませんよ。……あの、ここの人達って神様をどれぐらい敬ってるんですか?」


「人によるんじゃねえか?鍛冶の前にプロメテウスに祈らなきゃ気が済まねえってヤツもいりゃ、時間が惜しいってんでしねえやつもいる」


「へえ……」


 割と気になっていた事だった。直前に神々に対する信仰が両極端な都市を二つ通り、そのどちらもでトラブルが起きてるからだ。思わず警戒してしまう。


「ただまあ、心の底ではどいつも敬ってるさ」


「ダイダロスさんもですか?」


「おうよ。神は細部に宿る、なんて言葉があるくらいだしな」


「細部に?」


「妥協せず作り込めっつうこった。……何があったが知らねえが、ここに勇者様方に不埒を働くヤツはそう居ねえ。身構えないで良いぜ」


「……すいません」


 背中を優しく叩かれる。顔に出ていたみたいだ。

 ダイダロスがどう思ってそう言ってくれたのかは分からないが、これまでの事を考えると心に来るものがある。


 ちょっと泣きそうになったところで、本題に入る事にした。


「あの、僕達この都市に居る勇者に会いに来たんですけ、ど?」


「……」


 言葉が詰まった。その話を切り出した瞬間に、ダイダロスの表情が渋くなったからだ。


 どうしようもなく、嫌な予感がした。





 ☆





「本当にこのまま会いに行くの?何なら一旦王都まで戻った方が良いんじゃない?」


 小規模な森に作られた通り道。そこを歩いてダイダロスに示された目的地に向かっていると、後ろのヴィネが声を上げた。


「私も同意見だ。――勇者が勇者の手によって殺されたとはな。安易に関わり合うべきじゃない」


 フェニキスがそれに続く。真剣な声音だった。


「本当に会うのか?そのシトリーとやらに」


 僕達が来た事を都市長に報告すると言ってさっき別れたダイダロスとの会話を思い出す。


『ほんの数日前の話だ。お前らと同じ勇者を名乗る姉ちゃんが来たんだ。ここに居る筈の勇者に会いたいってんで、居場所を教えたんだよ』


『僕達以外の?…… 確かにあと二人、ここ以外の都市に勇者が居るはずですけど、なんでここに?……あ、僕達はそれぞれの都市に足を運んで、一人ずつ合流してるんです。その勇者にもそれは伝わってる筈なんですが』


『そりゃあここに勇者が来るのはおかしな話だな。……とりあえず話を戻すぜ。そんでその姉ちゃんを先にその場所に行かせて、俺は都市長に報告を済ませてから後を追ったんだ。そしたらその姉ちゃん、死んじまってたんだよ』


『はっ?え?』


『そこに居た勇者――名前はシトリーっていうんだが、そいつが言うにはその姉ちゃんが突然襲ってきたのに反撃した結果だと』


『ちょっと、意味が……』


『すまねえが、俺もこの件に関してはよく分かってねえ。そのシトリーってやつがこれまた少し前から妙になっちまってよ、なんつうか、色々と無茶苦茶で詳しい話も聞けてねえ』


『……』


『王都に馬車でこの件を報告させに行ってるが、まだ帰ってきてねえ。……正直、この件は俺らの手に余る。お前らをどうすべきか、俺も都市長も分かんねえんだ』


『……その人の居場所を教えて下さい』


 ダイダロスは渋っていたけど、結局教えてくれた。僕達の考えを尊重するくらいには信用してくれているのだろうか。


 そして、その場所がこの森の奥にあるという屋敷、シトリーの住居だ。


「会って話をするべきだと思う。少なくともシトリーと会話した筈のダイダロスさんは襲われてない。以前から変な人だったけど危険人物って訳じゃ無いって言ってたし、襲われて反撃しただけって言い分を信じてみよう」


「私は反対です。そもそも、こんな都市外れの森に居るというのが怪しい。襲われたというのは虚言で、人目の無い場所に誘い込んだと見る事も出来ます」


「……よく分からない事が多いから、考えだすとキリがないよ。それにもしシトリーが危険人物だったとしても、何とかなる」


 人数は圧倒的にこっちの方が多い。僕達だって強くなってるんだし、シトリーが危険かもしれないという前提で動いてるんだ。油断も無い。


「話してみない事には、分からないでしょ?」


「……」


 アラストリアにそう答えると、それ以上皆は何も言ってこなかった。一応は納得してくれたようだ。


 忘れがちだけど、僕はリーダーだ。行動方針の最終決定は皆から任せられている。


 この選択が正しいかは分からないけど、言い出しっぺの僕は尚更頑張らないといけないだろう。


 緊張感を高めつつ歩いていると、木々の薄い空間に出た。


「これは……」


 いくつかある切り株と倒れたままの木が、この場所が人の手で広げられた事を示している。いくつか人形のような物はカカシだろうか。


 そして、そこには一つの人影がある。


「多いな」


 カカシの一つと槍のような物を持って向き合っていたその人は、僕達を横目に見ながら呟いた。


 背が高い。僕達の中で一番高いアラストリアよりも。


 僕とヴィネのような銀の髪が背中まで伸びている。鋭い目つきも含めて、何とも言い難い雰囲気を放っていた。なぜか、祀神都市で見た彫刻を思い出す。


「貴女がシトリーさんですか?僕達も貴女と同じ勇者です。まずは色々と聞きたい事が――」


「違う」


「え?何が――っ!」


 僕が疑問の声を上げた瞬間、彼女の目の前にあったカカシが吹き飛んだ。僕が身構えた頃には、彼女の手から槍のような物は消えている。


 槍を振るったのか?全然見えなかった。槍はどこにいった?僕の異能と同じような異能か?


 思考が溢れる中、僕達に向き合った彼女は不機嫌そうな顔をしていた。


「名が違うと言っている。――我が名はアルコシア。偉大なる神の一柱だ、不遜な人間共」

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