34話 欲求、決意、迷い
僕が目を覚ました時には既に事態は解決へと向かっていた。
誘拐の首謀者はジズ研究所所長ジズと、そこの研究者の一人であるアルフス。
目的は勇者の異能の研究。フェニキスが勇者であると判明した後、フェニキスの研究所に助手として入り込みそこを尋ねた外部の勇者を誘拐するという計画だった。
しかし、結果は誘拐をいち早く察知したフェニキスとヴィネ達がジズ研究所に殴り込む事で失敗。殴り込み前に事前に報告を受けていた魔術管理署が慌てて調査員を派遣、フェニキスが改めて僕達の正当性を説明した。
そもそもからして無理がある計画だったと、フェニキスは呟いていた。
☆
「今回の件は本を正せば私が原因だ。――すまなかった」
調査員の人達からの聴取を終え、僕達はフェニキスの研究所へと戻っていた。
僕は寝てる間に連れ去られただけだから話す事もそれ程無かったが、他の三人はそうもいかなかった。アイムは無理矢理研究所に入る為大暴れして外の見張りの注意を惹いたらしいし、アラストリア達は内部で出くわした見張りを行動不能にしている。
ただその話を聞いた時に僕が心配していた死亡者の数はゼロであり、ヴィネの治癒によって今回発生した怪我人という問題は解決した。三人は意図的に相手を殺さないように動いたという。
「恐らく私の過去の発言のせいだ。ジズに私の体を元に戻してほしいと、期待するような事を言ってしまったんだろう」
フェニキスは頭を下げながら言葉を続ける。
「それが本当に期待をしてなのか、冗談交じりだったのか、無意識に漏れ出たのか、私は覚えていない。ただアイツの暴走の原因が私である事は変わらない」
フェニキスの記憶力に問題があるのは普通じゃ有り得ない長生きをしているから。忘れてしまうとはいえ、確かにフェニキスが原因と言えるだろう。
「いや、それはそうかもしれないですけど……。僕としては特に怒る気も無いというか……仕方なかったんじゃないですか?」
今回の件、事態の中心に居た時はふざけんなという気持ちでいっぱいだったが、終わってみれば凄く微妙な感じだ。
何年も前のフェニキスの発言が原因というのもピンと来ないし、ジズ達もフェニキスを助けようと思って動いていた。
とはいえ誘拐という強引な手口を取ったジズ達に対する怒りはある。でもフェニキスを責めようとは思わなかった。
僕が起きた直後の、あのフェニキスの様子を見てしまったというのもあるけど。
「セーレ君には怒りを訴える権利があります。無理をする必要はないですよ」
横に座っていたアラストリアが呟く。大げさだと思ったけど、彼女の前歴を考えると罪や罰に敏感なのは納得出来た。
「いや、大丈夫。ホントにそう思ってるんだ」
「まあ、あなたはそうでしょうね」
僕の答えは予想がついていたらしい。というか、アラストリアは少し調子が悪そうだ。朝っぱらから慌ただしく動いてくれたんだから当たり前だけど。
「私もおばーちゃんについては特に何も。あの子も同じだと思うよ」
ヴィネが欠伸をしながらそう言った。この場にアイムの姿は無い。異能を使って暴れたせいで体力を大きく消耗したようで、既に部屋に寝かせている。
長年の付き合いがあるヴィネはともかく、まだ知り合って日が浅いアラストリアとアイムまでもが僕を助ける為に尽力してくれたというのは何だか嬉しい。
そこにはフェニキスも含まれている。あの場でジズから話を聞くまで自分の言葉が原因だと知らなかったという事は、負い目による責任感無しで動いてくれていたという事だ。
それも含めて、やっぱりフェニキスを責めるつもりにはなれなかった。
「……そう、か」
「はい、じゃあ話は終わり!皆疲れてるだろうから今日はもう休もう。僕夕飯の準備してくるね」
席を立って台所に向かう。昨日も思ったけどここの台所の設備は凄い。王都にもこの手の設備はあったけど、それは止まった宿が特別だったからだろう。魔術都市の技術は外だとほんの一部しか普及していない。
「楽しそうだね」
昨日使い方を教わった道具達で作業をしていると、後ろから声をかけられた。
ヴィネだ。
「新鮮だからね。ここではコレが当たり前だって言うんだから凄いよ。他の二人は?」
「おばーちゃんは部屋、ご飯楽しみにしてるって。おねーさんはお風呂」
「あ、良いなあ。お風呂に入れる機会が増えたのはラッキーだよね」
本来ここで長居する予定は無かったけど、今回の件の事後処理に時間が欲しいらしくフェニキスから滞在時間を伸ばすよう頼まれた。
主にあの二人の処遇について。忘れてたとはいえ自分が原因、放ってはおけなかったんだろう。所長の方はともかく、話した時間は短いけどアルフスさんは悪い人には見えなかった。何とか上手い形で事が済んで欲しい。
少しの沈黙の後、ヴィネは口を開いた。
「セーレさ、死にかけたんだよ?分かってる?」
「大げさだよ。僕を通して異能について調べたかったんでしょ?あのまま行っても死にはしなかったと思う」
「どうだか。アイツ、頭おかしかったよ。だからセーレも抵抗した」
「……」
「死ぬまでいかないにしても、セーレが苦しい思いをするのはイヤ。だから次、もしこういう事があれば」
――殺してよ。
ヴィネの声は冷たかった。
「出来たでしょ?剣を直接アイツに落下させれば。……おねーさんは何かイヤがってるけどさあ、どうしようもない場面っていうのはあるよ、今回のはそれ。私らが間に合ったってのは今だから言える事」
「……」
僕が何も答えられずにいると、ヴィネは背を向けた。
「私は出来る。なら、セーレにも出来るよ。隣同士なんだから。……眠いから、早く作ってね」
「いや、手伝ってよ」
「やーだ」
再び一人になった台所で、食材の用意を進めながら考える。
今回使った剣の落下という異能の使い方は咄嗟に思いついた物だった。剣という武器の形に囚われていた今まででは出来なかった事、可能性だ。
ヴィネの言う事は正しい。ただその覚悟を決めるのはまだ早いと、その可能性が示している気がする。
このままじゃまた、フォルスの時みたいに他の皆に尻拭いをさせてしまう事になる。それは嫌だ。
僕は自分にとって都合の良い選択肢を選び取りたい。
『もう死なないで……』
フェニキスのあの言葉が思い浮かぶ。
……考えがまとまらない。でも、これだけは確実に言える。
「強くなろう」
覚悟も選択肢も、そこから生まれて来る気がする。
☆
「ふぅ」
細かな水音の中、湯気に紛れてアラストリアの吐息が響いた。額に張り付く黒髪の隙間から赤い瞳が覗いている。
「良かった……」
アラストリアがアルフスを行動不能にし、フェニキス達に追いついた頃にはセーレの身の安全は確保されていた。フェニキスが場を収めようと取った手段にセーレが巻き込まれた事について一悶着はあったが。
アラストリアの内にあるのは純粋な安堵の気持ち。だがそれだけでは無かった。
「……限界」
アラストリアは自身の手を見ながら呟く。
法では裁けない者を裁いてきた。それは法には限界があるからだ。自分ならばそこから漏れ出た者を裁ける。
それにも限界はあった。結局の所、アラストリア自身の手で裁くにしても漏れは発生する。
しかし、たった一人。セーレただ一人を守り抜くのなら容易いと、アラストリアは思っていた。
その思いの先に、今回の結果がある。
「……」
人を圧する術を学んできた。効率の良い睡眠法を身に付けた。冷静な判断力を培ってきた。
だが所詮は一人の人間。緩みが発生しないという事は有り得ない。想定外が発生しないと限らない。嫌でも感じてしまう自身の限界。
『奇麗でいてください。それが私の望み』
しかしそれでは、己の理想とするセーレを保てない。
「うぅぅぅ……」
セーレは覚悟を決めるだろうか?それとも私を頼るだろうか?
バラつく思考の中、アラストリアはふと思う。
――私はあの子に何を抱いている?
庇護欲?敬愛?崇拝?――それとも恋情か、愛情か。
アラストリアは恋や愛といった言葉を信じていない。父に対する母の裏切りをその目で見ていたから。
であれば、コレは何?
理想とするセーレ、理想から離れたセーレ。どちらを思い浮かべても、アラストリアの内に渦巻く何かは変わらない。
「……まあ、良いか」
言葉にする必要は無いと、アラストリアは判断した。
湯気が溢れ、絶えない熱を浴びるこの時間はどうしても思考が緩んでしまう。
「……んっ」
靄がかった頭の中で、結局の所アラストリアが思い浮かべたのは――。




