32話 青
「あっ!がっ!」
暴力の衝撃によって吹き飛ばされ、僕は背中から壁に激突した。
「くそ、こんなのばっか、だ」
手足を縛られてるからろくに受け身も取れなかった。体中が痛む上に、頭を打ったから気分も悪い。
正直、これは急場しのぎでしかない。今ので誘拐犯が行動不能な程怪我を負うか気絶したとしても、誘拐犯以外の誰かが今の音を聞いてここの様子を見に来るだろう。ここに運ばれる最中にあの誘拐犯以外の声が聞こえた。
「どうすれば……」
暴力を使った自爆は何度でも出来る。僕が吹き飛ばされてる間で既に異能は解かれ、剣は消えている。誰かが近づけばもう一度暴力を地面に落として同じことをする。物凄く間抜けな絵面ではあるけど。
問題は僕自身のダメージが大きい。あと僕自身が気を失えばそれで終わり。
「――油断してたよ、ごほっ。そういう使い方も出来るんだね」
「……」
その場にあった用途不明の道具や本が衝撃によって崩れ、部屋の中はぐちゃぐちゃだ。その奥から、誘拐犯は少しふらつきながら僕に近寄って来る。
「異能を見れたのは嬉しいんだけどね、私はじっくりと見たいんだよ。でも、抵抗されちゃうんじゃ意味無いなぁ。眠らせとくべきだったなぁ。――来て」
「!」
誘拐犯がそう言うと、部屋の奥からこの都市に来た時に見た石の人形が何体ものそのそと歩いて来た。
「左右に展開。接近して取り押さえて」
「命令出来るのか……!」
マズイ。挟まれたら片方に対応出来ない。というかあの巨体じゃ吹き飛ばせるかも怪しいし数が多すぎる。石人形達はじりじりと距離を詰めてくる。
こうなったらもう、暴力を取り込んで身体強化、イチかバチか手枷を壊せるのに賭けるか、嫌すぎるけどその状態で全身を使って魚みたいに跳ねて逃げるぐらいしか……。
「はあ、はあ……おい!もう止めろ!」
「――セーレっ!」
僕が激突した壁の向かい側、そこにあった扉が大きな音と共に開いた。
「ヴィネ、フェニキスさん……」
ヴィネとフェニキス。時間を稼げば助けが来るかもしれないとは思っていたけど、本当に来てくれた。これ以上無いベストタイミング。
これでもう大丈夫……なのか?
「アイツっ……!」
「待て」
ヴィネが僕の方に駆け出そうとするのをフェニキスが止めた。
「なんで――」
「先生!先生じゃないですかあ!」
ヴィネの前に立ったフェニキスを見て、誘拐犯は嬉しそうな声を上げた。
先生。確かアルフスもフェニキスの事をそう呼んでいた。
「私の事を覚えていますかっ?昔、先生の教えを受けていたジズですよ!」
「……ああ、覚えてるよ」
「本当ですか!?ああ、嬉しいなあ。私なんかの事を覚えてくれてるなんて。――ところで、先生はなぜここに?」
「お前のバカを止めに来たんだよ。勇者拉致って人体実験とか、都市追放じゃ済まないぐらい分かってるだろ?何が目的だ?」
「何って、先生を助けるんですよ」
「……?」
「私は確かに誓いました!あの日、あの教室で、先生の体質……不老不死とも呼べるそれを完全に消し去ると!そして勇者の異能には、それを実現出来るだけの可能性がある!」
「……分かった、分かったよお前の意図は。まだ気になる事はあるが。その上でもう一度言う、止めろ。何であれガキを巻き込むな」
誘拐犯――ジズにそう言い放ったフェニキスはその幼い顔に似合わない、苦い表情をしていた。
「ここに来る前に、魔術管理所にこの一件を知らせておいた。私らが表で暴れたのもあって慌てて調査員を寄越すだろう。誘拐、人体実験未遂、人形の反規定改造、原因が私にあるとはいえ庇いきれるか分からん。今自首すれば――」
「……先生、もしや精神状態に問題が?――丁重に、一切傷は付けず先生を建物の外へ運びなさい。もう一人の方は取り押さえて」
ジズが僅かに手を動かすと同時にそう言うと、僕を取り囲もうとしていた石人形二体がフェニキスとヴィネの方を向いた。
「待っていてください。私とアルフスで必ず研究は成功させます」
「話通じてないじゃん……!頭おかしいよ、アイツ!」
フェニキスの訴えは届かなかった。確かに、ヴィネ達が僕の誘拐に気が付いてここまで助けに来ているという事はこの都市を取り締まる組織への通報は済んでいるだろう。
ジズはもう詰んでいる。それを理解していないのか、理解しながらも抵抗を続けるのか、どちらにせよ僕達はこの場を切り抜けなければならない。でも。
「ヴィネとフェニキスは戦えない……」
ヴィネは言わずもがな、フェニキスも自身の戦闘能力は皆無だと言っていた。
ただ異能に関して戦闘が可能なものだと聞いた。でもフェニキス本人はあまり積極的に異能を使いたくないという。
フェニキスの過去、そしてその異能の内容を聞いた僕は彼女が自身の異能を疎んじるのを理解出来る。でもアイムとアラストリアが何らかの理由で居ない以上、ここは必要な場面だ。
石人形が二人に迫る。
「っフェニキスさん……!ここは異能を!」
「おばーちゃん使える?使えないなら……私が何とか射程内に行ってアイツを止めるか殺すしかないけど。アレに命令してるのアイツなんでしょ?」
「……任せろ」
二人が少し言葉を交わした後、フェニキスだけが迫り来る石人形に近づき始めた。
異能を使う気配は無い。やがてフェニキスはその場に言い聞かせるような声で語り始める。
「魔術。真理の探究から始まり、今では私達が魔力と呼ぶチカラを使い事象の発生、転換、歪曲等の効果を道具に付与する技術」
「?先生の講義は興味深いですが、今は――」
「そして、その技術の前には道具を経由せず人の手のみでそれらを引き起こそうと試行錯誤した歴史がある。都市外の人間が想像する魔術ってのはそっちだろうな」
「!」
フェニキスは立ち止まり、右手を顔の前に出した。親指と人差し指で輪を形作るという奇妙な仕草をしながら。
「しかしそれは実を結ばなかった。前提として常人が一度に出力出来る魔力量は少なすぎた。――けどまあ、私は常人じゃない」
その輪の中の光景を見て、僕はただ青と表現するしか事しか出来なかった。
「まさか――」
「ごめんな」
フェニキスが輪に綿毛を息で飛ばすような仕草をした瞬間、僕の視界は輝く青に染まった。




