27話 殴り込み
「説明してください。なぜセーレ君が誘拐されなければいけないのですか」
「うぐ」
膝立ちになったアラストリアはフェニキスに詰め寄る。その手にはナイフが握られており、壁に押し付けられたフェニキスは苦し気な声をあげた。
「貴女はアルフス……あの女の先生だと言っていましたよね」
「ぐ、ああ、アイツは助手だ。私の研究に付き合わせてる」
「あの女が犯人だと仮定してもしなくても、どちらにせよ貴女は疑わしい」
「それは分かるが、私が犯人ならそもそもここから居なくなってる」
「……」
「まだ話す事があるんだ、仕舞ってくれ。昨日自己紹介はしたろ?私に脅しは意味が無い」
「おねーさん、落ち着いてよ。--時間が惜しい」
「……すみません」
冷静な様子のヴィネを前にして、アラストリアは自分が取り乱していた事を自覚し身を引いた。
「ふー。死なないっつっても痛みはあるんだ。乱暴は止めてくれ」
「おばーちゃんが犯人じゃないってのは分かるよ。正直、犯人が誰なのかはどうでも良い。何のために、どこにセーレは連れていかれたの?」
「それも話す。色々と思い出しながらだから辛抱してくれよ」
部屋の隅にある資料の山を漁りながら、フェニキスは語り始めた。
「アルフスを助手にしたのは……何年か前だ。私の研究をどうしても手伝いたいって縋りつかれて面倒だったから了承した。有能だったから助かってたけど」
「素性は調べたんですか?」
「少しはな。アイツは確か私のとこに来る前にどっかの研究所に所属してた。少しキナ臭かったが、私としてはどうでも良かった」
「それが関係してるの?」
「急かすな。まず前提として、魔術研究における到達地点はこの世界の真理の解明だ。水を温めるとか荷運び人形とかの道具はその副産物にすぎない。最近はそっちに力入れてるヤツも多いが」
フェニキスが語ったのは魔術研究の本懐。何枚もの資料に目を通しながらフェニキスは話を続ける。
「でもって、未だに魔術研究において神々と魔王、あるいは勇者に与えられた異能の存在は不透明だ。研究したがってるヤツも多いが、大っぴらに勇者を研究しますなんて言えるヤツはそうそう居ないし、そもそもやろうと思ってもできない。アルフス個人が画策したにしては、アイツの性格的にも無理がある」
「それ、アルフスも言ってた……」
『神々と魔王、勇者の存在、及びその異能は魔術都市でも焦点を当てるべき議題だとされていますが――』
ここに来るまでの車内でのアルフスの言葉。
ヴィネは隣に居たアイムを見る。研究がどのような内容かは分からないが、勇者の扱いに対して祀神都市が働きかけているという話はセーレと共に王に聞いている。
「という事はセーレ様は……」
「その研究の為に、アルフス経由でその研究所に誘拐された可能性は高い。……普通に犯罪だ。んな高リスクな事するなら私に頼めばいいとは思うが」
「そういえば、おばーちゃんも勇者じゃん」
「ここじゃ私は長生きしてるせいで無駄に仰々しい扱い受けてるからなあ。私には頼めないけど研究はしたい、そういう思考で動いたんじゃないか?首謀者は。……これだこれだ」
フェニキスは山の中から一枚の資料を取り出した。
「勇者がここに来訪するとすれば、同じく勇者で私が居るこの研究所に来て寝泊まりするよう誘導して、仕掛けを施した部屋からこっそり誘拐出来るって事だな。この仮定だとアルフスが助手としてここに来たタイミングとのタイムラグとあの手紙が説明出来ないが……」
「あの女が居た研究所とやらは分かったんですか」
「ジズ研究所、まあまあの大手だ。……色々と違和感はあるが、探るとしたらまずここか」
「行きましょう」
アラストリアの内心は後悔に溢れていた。
祀神都市での失態に続き、またセーレから目を離してしまった事を。
緩んでいた。魔術都市は異様ではあるが祀神都市のような危うさを感じる異様ではない。不可思議な道具に気を取られていたというのもある。
「行こう。場所教えておばーちゃん」
ヴィネの内心にも同じものがあったが、それ以上にあったのは怒りだった。
自分とセーレを分かつ存在への怒り。自らの不甲斐なさ以上にそれがある。
「……」
アイムの内心は誰にも窺い知れない。
しかしこの三人が何を望んでいるのかは、明白だった。
「おいおい、直接乗り込む気か?まずは監査組織に探らせて……いや、いくら私が摘発したとしても相手が相手だ、腰は重いだろうな。ここまで危ない橋渡ってんだ、研究の際本人の命すら軽く見る可能性はある……」
「おばーちゃん?」
フェニキスは額に手を当て少し考えた後に結論を出した。
「良し、殴り込むぞ」




