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25話 からっぽな生者

「そうそうフェニキス。先生って呼ばれすぎて忘れてたよ」


「はあ」


 アルフスに事前に名前は聞いてたから、彼女の名前がフェニキスであるという事は知っていた。

 自分の名前を忘れるって、冗談だろうか。


「んで、お前らは何しに来たって?押し売りか?」


「だから、勇者に会いに来たって。君がここに居るっていう勇者なんでしょ?」


「勇者?私がぁ?……ちょっと待てよ」


 そう言って怪訝そうな顔をした後、フェニキスは頭に手を当てて考え始めた。無言の時間が続く。


「……ああそうだった。そういうクソみたいな話だったな、思い出したよ」


「あの、さっきからもしかして冗談言ってる?」


「忘れっぽくなるんだよ、長く生きてるとな」


「……それも冗談?」


「アルフスから聞かなかったのか?こんなナリだがお前らの何倍も生きてるぞ、私は」


 フェニキスは色々と物が積み重なった場所から座布団を引っ張り出して床に置いた。


「まあ座れよ。勇者を探しに来たって事はお前らも勇者なんだろ?……こんなガキばっか選びやがって」


「それよりまず、自分の話をしてくれませんか?」


 アラストリアが僕の聞きたかった事を聞いてくれた。勇者云々よりこの子の事が気になる。

 見た目は子供なのに言動も態度もまるで子供っぽくない。


「それもそうだな。……んじゃ、見とけよ」


 フェニキスは道具の中にあった小さなナイフのような物を取り出した。いきなりの行動にアラストリアが少し身構えたのが分かる。

 そして、そのナイフを自分の腕に当てた。


「ちょっ!」


「大丈夫だよ。ほら」


 出来た小さな切り傷から血が流れ続ける、と思いきやそうはならず不自然な動きで血が傷に戻り始めた。しばらくすると、血が戻るどころか傷まで塞がり始めた。


「これは……」


「この通り、私は傷が出来ても即座に治っちまう上に成長も止まってる。お前らより長生きだってのはそういう事だ」


「ヴィネ」


「うん。私の異能と似てた」


 ヴィネの異能は傷を治す事が出来る。今みたいに血が直接戻るような事は無いが、傷が塞がっていく様子はそれに似ていた。


「異能?ああ、これはそういうんじゃない。私がガキの頃参加した魔力関係の実験で事故ったのが原因だ。それ以来成長しないからチビのままだわ、髪もなんか青くなるわで散々よ」


「……あの、何歳くらいなんですか?」


「百は越えてるな。そっから先は数えてない」


「百!?」


 僕達の十倍くらい生きてる事になる。長生きってレベルじゃない。僕さっき思いっきり子供扱いしちゃったよ。


「あの、色々とすみませんでした」


「外から来たんならしょうがない。それより今度はお前らについて聞かせてくれ」


 名前だけの軽い自己紹介をそれぞれする。全員分が終わった後、フェニキスは名前と顔を何度も照らし合わせていた。


「銀髪の男がセーレで、女がヴィネ、黒がアラストリアで白がアイムだな。頑張って覚えるわ」


「……ねえ、この人本当に百年も生きてるの?からかわれてるんじゃない?」


「聞こえてるぞ、あーアイム」


「ヴィネだよ」


「すまん、間違えた。……信じられないのも分かるが、魔術都市(ここ)じゃ私は結構有名だ。他の誰かに聞けば分かるさ」


「……嘘を言ってるようには聞こえません。とりあえず信じてもいいかと」


「おお、話が分かるやつだな。……今度こそアイム」


「アラストリアです。わざとやってませんか?」


「すまんすまん。人の名前は覚えにくいんだよ」


「大丈夫なのかこの人……」



 ☆



「お前ら、もう戦わなくていいぞ」


「え?」


 あの馬車モドキでの移動が結構長かったのもあってもう夜だ。話をしたいのもあってフェニキス含め皆で夕食をとる事にした。


 便利道具に一々驚きながら作った料理を口に入れながら、フェニキスはそんな事を言い出した。


「こんなガキに戦わせるんなら私一人……それかまだ合流してない勇者がガキじゃなければソイツと行く」


「いや、そんな事言われても。王様に言われてここまで来た訳だし、今更投げ出せない。それに貴女と比べれば子供かもしれませんが、僕達はここに来るまで戦ってこれた」


「戦える戦えないの問題じゃない。戦うべきじゃないんだよ」


「何故?」


 吐き捨てるようにそう言ったフェニキスに対して、アラストリアが問う。


「……先代勇者候補の話だ。ソイツはお前らとちょうど同い年くらいで候補になった」


「先代って……あっ」


「百年は生きてるって言ったろ。私にとっては勇者だの魔王だのってのは二回目だ」


 魔王は百年という周期で復活する。百年以上生きればこれが二回目だというのは道理だ。

 フェニキスは幼い容貌に似合わない表情で話を続ける。


「候補の中に私の息子が居た」


「はあ!?息子!?」


「……可能なのでしょうか、それは」


「私の親戚が死んで引き取ったんだよ。実の息子じゃない」


「そ、そうですか」


 見た目が見た目だから話の内容とギャップが凄い。ヴィネは声を荒げて驚いてたし、アラストリアは困惑した顔、アイムは僕の作ったスープを美味しそうに食べている。


「勇者なんてクソだ。アイツが死んでそれを理解した」


「……え、死んだって」


「選別中の事故だとよ。……くだらないだろう?」


 勇者全員で魔王討伐というのは異例だ。それまでは勇者を一人に絞る選別が行われていた。


 歴代の勇者候補達は皆人間的な相性が絶望的に悪かったらしい。選別の内容は分からないが、候補同士で争うような内容なら、故意か偶然かともかく事故もあり得る。


「何かしら理由があっての選別だ。なら今回の全員で行けってのは良く分からんが、それにわざわざ従う必要もない」


「王様を無視して、一人で行くと?」


「ああ。どうせ私は死なないしな」


 フェニクスは本気だった。確かに死なないのであればそれも可能な気がする。そもそもこれまで勇者は一人だった。


 死んだという彼女の息子。それの二の舞を避けたいという思いを感じる。このままこの人に全てを任せるのは有りかもしれない。

 でも、僕の都合を無視されても困る。


「僕だって、勇者をやるのには理由がある。一人で行かせはしませんよ」


 主に王様との契約が原因である。それにフェニキス一人に任せると褒賞はどうなるのかという問題も。もちろん人類の為というのもあるが。

 そう宣言した僕を見て、フェニクスは笑った。


「似てるな」


「?」


「好きにしろ。そこまで言うなら止める気はない。セーレ以外のヤツは?」


 他の皆も勇者を辞めようとする気はないらしい。ぶっちゃけアイムは辞めても良いとは思うけど。


「そうか……。頼むから、私の前で死ぬなよ」


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