17話 渦巻く想い
「何で僕は正座させられてるんですかね」
薪が音を鳴らして夜を明るくする横で、今僕は正座をしている。
星空の下、つまり屋外。足元の環境も悪さもあって辛い。ついでに今日は少し肌寒い。
目の前ではヴィネが同じく正座をしている。何とも言えない表情だった。
「……私、外で大人しくしてて言ったんだけど」
「いや、言って――」
「言った、心の中で」
「んな無茶な」
聖堂で入れ替わった際の話だ。
フォルスに襲われた後、またもやアイムの暴走に巻き込まれた事にご立腹らしい。自分でも忙しないとは思ったけども。
「いや、しょうがなかったんだよ。アイムの方から襲って来たんだから対応するべきだろ?」
「やろうと思えば逃げられたよね?別に真正面から対抗しなくても、やりようはあった。少し時間を稼げばおねーさんとも合流出来た」
「……あー」
確かに真正面からわざわざぶつかったのは僕の意地もあった。
二人にフォルスの相手を押し付けた事と、暴走するアイムから情けなく逃げ回るのかという思いから来た意地。
アイムの異能により僕の異能の選択肢が増えた事も、それを後押しした。
「……いや、でもあのアイムを取り押さえるのは僕の異能が無いと無理だったよ。アラストリアさんの異能はそういうの向いてないし」
「異能の範囲外から出たら収まったんでしょ?二人で引きつけながら範囲外まで逃げれば良かった」
「それが分かったのも僕の頭突きの衝撃で一時的に喋れるようになったからだよ。逃げ回ってたら分からなかった」
「でも――」
「そのくらいにしておきましょう。出来ましたよ」
アラストリアが横から入り込み、鍋を薪の上に置いた。
今日の食事はアラストリアとヴィネが準備をするからと半ば無理矢理休みを取らされた。途中でヴィネが抜け出して来て、今に至る。
「セーレ君の対応は仕方の無い事だったと思いますよ。暴走に対抗する術があったのなら、それを取るのは分かります」
「……むぅ」
僕の横に座り込み、具材をかき混ぜながらアラストリアはそう言った。
ヴィネはむくれてるが、冷静に語られて押し黙った。
ほっとしている僕に、お前もだといった感じでアラストリアは目を向ける。
「ただ、その手段が不確実だったのも事実です。セーレ君が使ったという新しい異能は、使わなければ分からない未知の要素があった」
「う」
「炎の剣の最大出力時の現象からそれは推測出来たはず。それは少し短慮かと」
「そうだよ。あれで済んで良かったけど、私が治せない系だったらどうすんの」
神炎が僕にしか干渉しない炎で僕自身を焼くというデメリットがあるように、暴力にもそれはあった。
とんでもない筋肉痛である。アイムにカッコつけて手を伸ばした後、僕は膝から崩れ落ちた。全身に走る痛みに耐えきれずに。
ヴィネに治してもらったから今は大丈夫だけど。
「暴力という名前とその性質……重大な後遺症があってもおかしくありません。ヴィネさんの異能で治せるとは言えです」
異能の詳細は使う以前から頭に浮かぶが、使った結果どうなるかは使ってみないと分からない。
規模やデメリットがそれに当たる。神々はもっとサービスを手厚くすべきじゃないか?適当すぎない?
「私が何が言いたいのか。……あまり心配をかけないでください。旅はまだ始まったばかりです」
アラストリアの表情が緩む。
二人の指摘が僕を心配しての事だというのは良く伝わってくる。僕も死にたいわけじゃない。
素直にその思いは受け取るべきだと思った。
「分かった。もうちょっと考えて動くよ」
「そうしてください。……あの狂人に関しては、私達の落ち度の方が大きいですが」
「……それは私のせい」
「いえ、私はあの男を警戒出来る立場にあった。どちらかと言えばそれが大きい。……人ほど警戒すべきものは無いというのに、鈍っていました」
そう言ったアラストリアの顔は、初めて会った時の事を思い出すものだった。
「今回は完全に異常事態じゃない?襲ってきた理由も意味不明だったし」
「これから先、モンスターの活発化につれ人の世は荒れるでしょう。そうでなくてもこの先の都市の性質によっては、今回のように人による火の粉を払う必要があるかもしれません」
「……そっか」
敵対者としての人。考えた事はある。恐らく多くの人々は勇者という存在に好意的だろうし、王様もその認識を広めているだろう。
しかし、これから先には個性的な都市と人々が居る。同じく個性的な残りの勇者もその中に含まれるだろう。
つまり、人と敵対する事は今後有り得るという事。薪の弾ける音が鳴る。
「アラストリアさん、とヴィネも。改めてだけどあの時は助かったよ。……多分僕じゃ勝てなかったから」
「私はちょっと手伝っただけだし、フォルスを殺したのはおねーさんだよ。グサッとね」
ヴィネは自分の首にナイフを刺すような仕草をした。
今の僕は調子の良いことを言っておいて、いざその場面になったら自分には出来ないと押し付けた卑怯者だ。失望されていてもおかしくない。
アラストリアへ向かって頭を下げる。素直な謝罪の気持ちだった。
「ごめんなさい。あんな事を言っておいて、フォルスの相手を押し付けてしまった。僕への信用を無くしても仕方の無い事だと思います。今後同じような事があった時は迷わないように心がけを――」
「ダメです」
「っ!」
下げていた頭を顎に手を当てられ持ち上げられる。
間近にアラストリアの顔があった。赤い目が僕を見る。
「今後もあのような事があれば、始末は私に」
「……僕のあの言葉は本気だよ。信用してもらえるよう、次からは上手くやる」
「必要ありません。あなたはそのままで、綺麗でいてください。それが私の望みです」
その言葉は、視線も相まって有無を言わせない静かな迫力があった。
……この人が何を考えてるのかは分からないが、ここは頷いておこう。
「分かった。でも、いざという時の想定はするよ」
「はい。――それでいい」
アラストリアの手が離れる。内面を見透かされたようだった。
気づけば鍋が良い具合になっている。僕達のやり取りを黙って聞いていたヴィネが、鍋を掬いながら不機嫌そうに口を開いた。
「で、真っ白ちゃんはホントに連れてくの?何か無茶苦茶やらかしてくれたけど」
「連れてくよ。多分もう彼女は問題を起こさないだろうし、本人にもその意思がある。両親と会うっていう目的もあるしね」
「ふーん」
アイムは今はグッスリ寝ている。
ヴィネの渋々な治癒で傷は無くなったが、心と身体両方にに疲労が溜まっていたのだろう。あの後すぐに倒れてしまった。
彼女の心が不安定だったのは聖女という役割の存在が大きかったが、それはもう投げ飛ばしてきた。過剰な心配はいらないだろう。
「無茶苦茶やったのは私らもだけど」
「……聖堂とか民家とか聖女とか、大丈夫かな?王様から怒られない?」
「全部自業自得でしょ。勇者様万歳の気持ちで、なんなら今頃喜んでるよー」
「……ま、大丈夫かな」
追求されたら魔王討伐後の報酬からちょびっと埋め合わせに使おう。ちょびっと。
そんな会話をしていると、瞼が重くなってきた。薪の音が眠気を誘う。
「……セーレ君は疲れたでしょう。見張りは私とヴィネさんがやりますから、食べたら寝てください」
「ごめん……甘えるよ」
「……これ、全然切れてないんだけど」
「う」
ひとつなぎになった野菜を晒し上げたヴィネを見て、アラストリアの顔が歪む。
「あとさあ、嫌いな食べ物一気食い、やってなくない?」
「あ」
忘れてた。
何なら忘れていたかった。僕の顔も歪んだ。
☆
夜が更ける。
少年が眠り、不寝番は薪を見つめている。その赤い目には炎が揺れている。
「あなたはそれでいい。その為に私が居る」
少年の幼馴染である少女は寝床に就きながらも目を開けていた。指の爪を噛むのを止めた後、己の掌をじっと見つめる。
「側に……私が見てないと……。……強く、ならないと」
かつての聖女であり、今はその重い信仰の皮を脱いだ白き少女には、真の信仰が芽吹き始めている。
ここに運ばれる際に掛けられ、そのまま寝具となった少年の外套を抱き、少女は体を丸めた。
「かみさま……」
夜は更けていく。
今年も投稿が続けられるように頑張ります。
評価ブクマ含め、目を通していただけた方々に感謝を。