15話 狂気
『----』
幼い頃、私はとある声を聞いた。
その事を周囲の大人に話すと、それは神の声であり聖女の再来だと涙を流しながら私を祀り上げ始めた。
過去に聖女と呼ばれた人も私と同じ真っ白な髪を持ち、その声を聞いたと言う。
『聖女の再来だ!』
『神々の導きをこうも間近で受けられるとは!』
皆泣いていた。喜んで私を、私を通して神々を礼賛していた。
『アイムは、私達の娘です……』
聖女となった者に家族は居ない。声を聞き、繋がりが視えるのは私だけで、神々と繋がりを持つ者とそうでない者では明確な差が存在するからだ。
聖女として祭り上げられる私を娘だと主張したお父さんとお母さんは、不敬罪としてこの都市を追放された。
『私は、聖女』
皆の歓喜と、自分がずっと教えられてきた尊い存在であるという喜びに浮かれた幼い私は、それを良しとした。
止める事が出来たのに。
追放される両親の背を見て、ふと流れていた涙は皆と同じ感涙だった。
そう、思う事にした。
☆
「流石に、疲れたな」
ずり落ちそうなアイムを抱えなおし、再び歩き出す。
ヴィネの異能は疲労を回復させる事は出来ない。フォルスとの戦いは、確実に僕の体力を奪っている。戦闘の高揚が抜け落ち、代わりに気怠い感覚がある。
「とりあえずはアイムを安全な場所に……。その後加勢……いや、その頃には終わってるか」
アラストリアの戦闘技術は僕よりも遥かに上だ。
身のこなし、武器の扱い、判断力。トレント戦からここに至るまでのモンスター達の相手をする中で、それは十分に分かってる。
きっと、彼女は冷静沈着にフォルスを殺すのだろう。
「卑怯だな、僕……」
「……ぅ……セーレ、様?」
「!アイム、大丈夫?ちょ、ちょっとキツイから下ろすね」
軽いと言っても負担は負担。僕の腕力に余裕はもう無かった。
ゆっくりとアイムを地面に下ろす。アイムの目は少し虚ろだった。
「ここは……」
「覚えてる?フォルスに襲われた後逃げたんだ」
「フォ、ルス……あっ」
「あ」
アイムが震えだす。
しまった。フォルスの話題は避けるべきだった。この子には避けるべき何かがある。
釈明するように、アイムは声を絞り出す。
「違うんです……私の信仰は、偽りなんかじゃなくて……」
「だ、大丈夫。もう変な事言う人は居ないよ」
「だって、そうじゃなきゃ、どうして私はお父さんとお母さんを……。声が、声が聞こえない……」
「アイム!しっかり!僕を、僕の目を見て!」
ぶつぶつと呟き続けるアイムの体を揺らし、目を合わせる。
少しでも、そのボンヤリとした意識を戻せるかと思って。
だけど、逆効果だった。
「あっ、神さまがいっぱい……」
「アイムっ!」
「――あ、あああああっっ!」
「わっ!」
僕の目を見た後の呟き――おそらく視えるという神々との繋がりを見たのだろう。
彼女が目を見開き、叫ぶと共に風のようなものが発生し、僕は吹き飛ばされた。
ゴロゴロと転がる中なんとか体勢を直し、アイムに向き直る。
「なんだ、これ」
「ウウウウゥゥゥ……」
アイムの頭には、角。モンスター的とも言える漆黒の角が生えている。理解を超えた非常識な光景。
そしてこの、聖堂で味わったばかりの独特な感覚。それも濃厚な。
「異能か……!」
「――アアアアアッッ!」
「いっ!?」
さっきまでとはまた違う狂った様子で、アイムは僕へと飛びかかってきた。物凄い速さで。
避けられたのは運が良かった。その勢いのままアイムから距離を取る。
爪が掠っていたのだろう。頬に傷が出来たのを感じる。
彼女が踏み締めた地面が砕けているのが見えた。とんでもない身体能力だ。
「異能だとして、どうしてこうなった……!」
アイムの異能の名前は『神降』。
神々の力を自分に降ろし、それを扱うという。僕のそれと似たような記述だった。
であればこの豹変は降ろした神の影響である可能性がある。そして、元々不安定だった彼女の精神。
頭に浮かぶ要因。じゃあ具体的に何をすればいいのか。
「落ち着い、てっ!」
「ウアアッ!」
またしても飛びかかって来たアイムを避けながら呼びかける。彼女の心を落ち着かせる事、まずはそこから。
でもこれじゃ語りかけるなんて無理だ。無理矢理にでも押さえないと。
それが意味するのは戦闘行為。反射的に神炎を出そうとし、それに気づく。
「切り換えられる……?」
今まで無かった神炎以外の選択肢。その存在を感じる。
結局聖堂で祈る事は出来なかった訳だから、この成長は唐突なものだ。
原因として思い当たるのは、アイムの異能発動時の感覚。
「降ろした神の影響か、そういう効果が異能にあるのか。……いや、今はっ!」
どちらにせよ好都合だ。よくよく考えれば神炎は取り押さえる事に向いてない。切ってしまう上に焼きもしてしまう。
取り押さえるのに向いた剣を……これだ!
「『暴力』!」
「!ウウウゥ……」
切り換えた先の剣は暴力。神炎と違い、両手でも持つのがキツイほどの禍々しい大剣。
暴力というだけあって、凄まじい圧を感じる。力任せに振ればとんでもない威力が出るだろう。それを察知したのか、狂気の中のアイムから警戒を感じる。
しかし、このままでは意味が無い。僕が求めているのは破壊ではなく取り押さえる事。
その為の、この剣のもう一つの使い方。
「ぐうううううっ!!制御をっ……」
剣が姿を消していくのと同時に、僕の体に大量の活力と抗い難い破壊衝動が流れ込む。
これが暴力のもう一つの使い方。これで僕は、破壊衝動に負けない限りは暴走するアイムに負けない身体能力を得た。
つまり僕の狙いは。
「……素手で、取っ捕まえるっ!!」