14話 狂信者vs罪人
「大丈夫ですか?動けますか?」
「大きい傷は無いから大丈夫。……気づいてくれた?」
「はい。塔から煙が。建物の横に居たのでそこから入りました」
アラストリアが示したのは割れた窓だった。横から割り込んでくれたのはそういう理屈らしい。
椅子や敷物は意図的に燃やした。漏れ出た煙と火がこの事態を伝えてくれると思った。
その意図の通り、彼女は駆けつけてくれた。この背中が何よりも頼もしい。
「……立ち振る舞いが戦いなれた人のソレだったのは気になっていましたが、こう来ますか。警戒不足でした」
「気づけなかったのはしょうがない。……逃げよう。さっさとここから――」
「いえ、その前に。――彼を罰さなけば」
冷たい声で彼女はそう言った。
湧き出す不安。
「それは……悪人裁きとして?」
「……ふふ。これからのリスクを想定してです。安心してください」
そう言って、アラストリアは僕に顔を向け微笑んだ。
ここで逃げればフォルスも姿を消す余裕が出来る。
あの訳の分からない言動と思考。今後旅をする僕らを追いかけて来る可能性がある。
それを言っているのだろう。確かに、フォルスはここで何とかしておきたい。
でも。
「……分かった。すぐに火が回るから、気をつけて」
「任せてください。入口の方からヴィネさんが向かっているので、外で治癒を」
アイムを抱え直し、出口へ向かう。
それと同時に扉が開き、ヴィネの姿が見える。
「ヴィネ!助かった――」
「真っ白、そこに置いて」
「え、はい……わっ」
アイムを下ろした後、ヴィネが抱き着いてきた。
触れて少しして、力が込められた腕が震えている事に気がついた。
「ごめん。ホントにごめん。私のせい」
「何言って……ああ」
ここに入る前、ヴィネが入口から離れるような事を言っていた。
それが原因で二人が来るのが遅れた……というのはあるんだろうが、責める気にはなれない。
「いいって。それより早くここから」
「私は残る。それ連れて外に行って」
「は、いや、でも」
「大丈夫、役に立てるから。--落とし前つけさせてやる」
「……分かった。無理だと思ったら逃げて来て。僕が戻るから」
「ん」
ヴィネの手と体が離れると同時に気づく。傷が癒されている。
今の間に治癒を使っていたのか。しかも大方治ってる。
「じゃ、行ってくる」
戦いの場へと向かうヴィネを背に、アイムを抱えて外へと出る。
ふと思い出す。さっきのアラストリアの笑み。
こちらを殺そうとしてくる者に対して、殺さずに取り押さえる事は難しい。アラストリアが勝つという事は、それはフォルスを殺すという事だろう。
あの笑みは、その事も僕がフォルスを殺す事に躊躇っていた事も、全て理解していたモノに思えた。
『僕はあなたに人を殺して欲しくない』
「どの口で言ってるんだ……!」
飲み込んだ唾が、苦く感じた。
☆
「ご丁寧に待っていたのはどういう意図ですか?」
「あのままではセーレ様は私を越えていた。しかし、それではお二方への試練は無くなってしまう。なので一度退いたのでしょう。慈悲深い御意思を感じます」
「……狂人の思想は、聞くだけ無駄か」
未だ火に包まれる聖堂内にて、二人は対峙する。フォルスは燃え移った火から逃れる為、上半身の服を脱いでいる。
半裸で涙を流しながらそう語るフォルスを見て、アラストリアは嫌悪を隠さず、ナイフを構える。
「流儀を合わせましょう」
フォルスはレイピアを捨て懐からナイフを取り出し、同じく構えた。
「お前を殺すのが、セーレ君じゃなくて良かった」
その言葉を契機に両者は動き出す。
直後に放たれたのはアラストリアのナイフ。フォルスの首を正確に狙ったそれを、フォルスは己のナイフで弾き飛ばす。
「ふっ」
「ぐぅッ!?」
ナイフの投擲と同時に、アラストリアは駆け出している。
ナイフを弾き飛ばすという明確な隙。無防備になったフォルスの脇腹を、アラストリアの鋭い蹴りが襲う。
よろけながらもフォルスは後退。替えのナイフを持ったアラストリアがそれを追う。
「……素晴らしいッ!」
追撃をしようと近づくアラストリアへ、腹の痛みの中で振るわれたナイフは申し分のない一撃だった。
しかし、刃は何も切り裂くことなく空を切る。その下にはアラストリアが地を舐めるように滑っている。
「ちっ」
すれ違いざまに右足を斬りつけ、もう一度斬りつけようとフォルスへ向かおうとするアラストリアを、横から勢いの増した炎が阻んだ。
フォルスは右足から溢れる血を気にもせず、歓喜に打ち震えている。
「ああ……私が越えられようとしている……」
「抵抗を止めれば、楽に殺せるのですが」
「ダメですね、これでは。合わせるなどと、烏滸がましかった」
フォルスはナイフを捨て、先程捨てたレイピアを拾う。
「神より賜った力は、使わないのですか?」
「……さあ、どうでしょうね」
「セーレ様の炎は素晴らしかった。神意が体を包み込むようでした」
「聞いてません」
直前のセーレによる火傷と、この短い間でのダメージは確実に響いている。アラストリアには、目の前の男の消耗が見て取れた。
だが、狂信者は止まらない。
「私の全てを捧げましょう!この試練に!この使命に!全身全霊を以て!」
「――終了です。では、味わってください」
生気を絞り出したフォルスの叫びに対し、アラストリアの無慈悲な宣言。
「は――ぐぅッ!?」
フォルスが膝を突くと同時に、アラストリアは駆け出した。
――アラストリアの異能である『死神の針』は、既に発動していた。
窓から二人に割り込む直前に、アラストリアは時間の設定を済ませている。
時間は二分。その間、付ける事が出来た傷は最初のナイフの投擲と右足への傷の二つ。
死神の針の威力は時間と傷の数によって決まる。二分と二つ。結果的に発生するダメージは微小。
しかし、身体の内側を貫く回避不能の黒き棘は、フォルスに明確な隙を作った。
「わ、たしはああああああああ!」
「ッ!」
膝を突いた状態から、フォルスは飛び出した。
その体を突き動かすのは執念とも呼べる狂気。アラストリアにとっての計算外。
「――あ……?」
しかし、フォルスは再び立ち止まった。
その内に生じたのは、この状況で思わず立ち止まる程の言いようの無い不快感。
「――シッ!」
それを見逃さす訳も無く、アラストリアのナイフがフォルスの首へと、突き刺さる。
「さようなら」
「……しれ……ぁ……」
呆気なく決着はついた。
ナイフを抜き、噴き出す血と共にフォルスは倒れる。
やがて死体となるそれを見るのは、アラストリアの冷ややかな目。
「殺しちゃったね」
火の手の及ばない場所で隠れていたヴィネが姿を現す。
その目は同じく冷たい。
「最後、不自然に動きを止めた時がありました。ヴィネさんですか?」
「そう。ちょっと乱暴に触ったの。役に立ったでしょ?」
「……貴女が異能に関して何を隠しているのかは、聞きません」
「バレた?ま、大した事じゃないよ」
そう言いながらヴィネは既に事切れたフォルスへと近づき、小石にするかのようにその体を蹴った。
「そんな事より。殺しちゃったね。セーレに殺してほしくないって言われたのに。大丈夫?」
「……今まで、悪人を殺しても何も感じなかった。ただ、寒風が吹いたような感覚だけ。でも、彼の為に悪人を殺すというのは」
――少しだけ、心地良い。
ヴィネの目には、血に濡れた手元のナイフを見るアラストリアの頬が、上気しているように見えた。
それがこの場の暑さによるものか、戦闘の高揚によるものなのか、はたまた別の何かなのかは、分からない。
「聞いてないよ。……でも、私だけじゃコイツは殺せなかったし、セーレに殺させたくもなかった。だから感謝はする」
「私も同じ想いでしたから。礼は要りません」
「……やっぱりセーレを一人しちゃダメだ。離れちゃダメなんだ。私が絶対に側に居ないと――」
「ここを出ますよ。いつまで無事か分かりません」
親指の爪を噛みながら呟きだしたヴィネに、アラストリアは声をかける。
火の手がすぐそこまで迫っていた。
「……火、止めなくていいかな?」
「放っておけばいいでしょう。どうせ祀神都市に長くはいませんし」
「うわー犯罪者思考ー」