13話 殺せない
「試練とは己の超克。私は全身全霊で身を投げましょう。セーレ様は新たな力を。――そして聖女よ!試練に打ち克ち真の信仰を抱くのですッッ!」
聖堂内に響いたその声を契機に、フォルスはこちらへと踏み込んだ。
神炎は既に出せている。迎撃は出来る。
しかし、後ろにはまだ動けそうにないアイムが居る。
剣の炎を強めた。
「止まってくださいッ!炎が――」
「臆するとでもッ!?」
「……!くっ!」
強めた炎を威嚇に使うが、フォルスは意にも介さない。
慌てて剣を消し、アイムを抱えるように転がった。
「……ふむ。これでは専心出来ませんね」
さっきまで僕が立っていた位置に、突きを繰り出したフォルスは静かに止まった。
「わた、しは」
「アイム、アイム!くそっ」
アイムは呆然としたままだ。
動けないアイムを背に戦える自信が、僕には無い。そもそも人と本気で戦った事が無い。レイピアなんて尚更。
そしてダメ押しである今の突きと彼の立ち振る舞い。
フォルスは、間違いなく強い。
「立ってください、聖女よ!これは試練!塞ぎ込んでいるだけでは越えられない!今こそ偽りの信仰を捨て、羽化する時なのです!」
「違う……嘘じゃ……」
「昨日の事です。アラストリア様へと向けた軽蔑はまさしく皮の中の貴女そのものでした。それではいけない」
意味の分からない激励?をフォルスは続ける。これがさっきからアイムの精神を蝕んでいる。
どうする?庇いながら戦うしかないのか?
……いや。すべき事があった。
大きく息を吸う。
「――アラストリアッッ!!ヴィネッッ!!緊急事態だッッ!!」
渾身の大声が聖堂内に響いた。
少しの沈黙。奥にある閉ざされた扉は開かない。
律儀に僕の声が響くのを待っていたフォルスは残念そうに首を振った。
「皆様全員、揃って私を越えていただくのも良いかと思いましたが……」
「ダメか……!」
ヴィネはともかくアラストリアが来てくれるのなら心強かった。多少は声が漏れてるとは思うんだけど。
状況は変わらなかった。戦えるのは僕のみ。
こうなったらもう、腹を括るしかない。
「フォルスさん!僕はあなたを越えたい!」
「!」
「それも、全力を僕に、僕だけに注いだあなたをです!どうか、全てを僕に!そうしなくては意味が無い!」
「……あぁ、そうでなくては……。やはり、私は試練……」
悶えるように手を上に広げ、身を捻じるフォルス。恍惚とした表情で目からは涙が、口からよだれが垂れている。
キモイ。イケメンが台無しだ。
「……失礼しました。私の意識が幾分か聖女へと向いていたのは事実。専心を欠いていたのは私の方でした」
「じゃあ、ここからが」
「ええ、ここからですね」
剣を出し、構える。
僕に狙いを誘導させるのは成功した。後は僕が何とかするだけ。
恐れる心を熱するように、炎を強めた。
☆
「シッ!」
「……ッ!」
踏み込みから繰り出される突き。上体を反りながらそれを何とか避け、後ろへステップすると同時に炎を強めた剣を振る。
しかし細長い剣先で器用に弾かれ、それは届かない。
「はあっ、はあっ」
息が乱れる。避けられず付いた傷が熱く感じる。
戦いにくい。人と本気で戦う事の難しさ。
「踏み込まねば致命傷は与えられませんッ!躱した後は反撃の意識をッ!」
フォルスは僕と違い、何カ所か服が焦げているだけ。疲労も見えない。
ダメージを受けてるのは僕ばかりだ。
僕への助言と共に、フォルスが地を踏み締める。
「訓練かよ……!」
僕の胸を狙う高速の突き。
目で追おうとして何回も失敗した。タイミングを計って後は勘で避ける事にする。
横目に流れるような突きが見えた。成功だ。
勢いのまま踏み込み、フォルスの腹を斬りつけた。
「……良い。今のは非常に良いですよ」
「……どうも」
避ける事に集中しすぎて、炎が碌に出せなかった。引火していない。
まともに与える事が出来た初めてのダメージ。どう考えても僕のダメージと釣り合っていない。
それに、彼にはまだ余裕がある。僕に助言するくらいには。
暑い。剣から漏れた炎が、周囲の椅子や床に敷いてある布に引火している。
「良い事は良いのですが……。セーレ様、私を殺す気はありますか?」
「……」
「命を切り捨てようという意思を感じません。試練に慈悲は不要でございます」
「……そうですね」
フォルスの言葉は正しい。
慈悲なんて物じゃない。それはこの戦闘の中ずっと考えていた事。
僕は多分、彼を殺せない。僕の中の常識が拒んでくる。
でも、本気で殺しに来る彼を殺さずに無力化する技量は僕には無い。
「だから、こうする!」
神炎の炎を最大限まで強め、何も無い前方を何度も薙ぎ払う。
剣から離れた炎は剣の軌跡通りに宙に留まり、重なり合っていく。
そうして目の前に出来たのは、炎で出来た不自然な壁。炎が揺らぐ隙間から少しだけフォルスが見えた。
『この炎は僕がある程度操作出来るんです。燃え移らないようにはこう、手の中に炎を抑え込む感じで……』
「出来てよかった……!流石にこれなら……」
ぶっつけ本番だが、想定通りに出来た。少しづつ場所を変え、出口側に僕が立っている状況を作った。
出力を上げたせいか体が少し痛むが、これで済んでるのは異能が成長してるからだろう。
剣を消し、蹲るアイムに近づき抱える。思いのほか軽い。走れそうだ。
「アイム、しっかり!外にさえ出れば――」
「――臆さないと、言ったでしょうッ!」
振り向く。フォルスが炎の壁を突き破っていた。
炎が服に燃え移り、確実に彼自身もダメージを受けている。
だが、それでも止まらない。
アイムを地面に置き、再び神炎を出す。もうやるしかない。
「……!これは……」
そう覚悟した直後、フォルスに向かって何かが飛来した。
フォルスの腕を切り裂いた直後に、甲高い金属音が床から鳴る。
ナイフ。
「ごめんなさい。遅くなりました」
その直後、彼女が黒い髪を靡かせながら、僕らの間に降り立った。