12話 狂信者
聖堂。
祀神都市に来た時見えていた大きな建物だ。他の建物が質素な作りがされている中、ここだけは造形美が意識されている気がする。正午を過ぎた太陽が上に伸びる塔に影を作っている。
その入口となる木製の大きな扉が目の前にある。そして、この中に入るのがこの場所での最後の予定だ。
「では、セーレ様」
アイムが僕に手を伸ばす。
相変わらず白く流れている髪には水滴が見える。沐浴とやらをしてきたのだろうか。
アイムは僕を見ている。あの夜に見せた目では無い。なんとなく不安になるあの目だ。
「本来、勇者が祈る時は一人で捧げるものですが、過去に私のように聖女と呼ばれた者が居た際は同行しています」
「一緒に祈るってわけね」
「はい。お二方にも同行します」
信仰の表現の一つである祈りの場として使われているこの建物で、勇者が一人で祈るのが伝統の締めくくり。
今回は勇者が複数人居るから、順番に一人ずつ入る。そして一番手は僕。
同行すると言われた二人は露骨に嫌そうな顔をしている。
「これ、どれくらい中に居ればいいの?」
「祈りが神々へ届いたと、自身が納得出来るまで居るべきだと思います」
「ソッコーで出よ……。おねーさん。あそこのベンチで待ってよー」
アイムの手を取り、扉の先へと歩きだす。
広々とした空間だ。横にいくつか付けられた窓からは光が差しているが、少し薄暗い。建物を支える柱にはそれを緩和する為のロウソクが揺らめいている。祈る際に使うのであろう長椅子が、真ん中の道を挟むように設置されている。
「凄いな……」
遺跡を巡った時に感じた感覚。異能から感じるそれと同じものが、ここには遺っている気がする。
神々の残滓とでも言うべきだろうか。
「ここは神々と人間の別れの地だったとされています。より色濃く、神々の気配が残っている」
重厚な扉を閉めた後、アイムに手を取られ、道を進んでいく。
いくらか進み見えた奥には沢山のオブジェがあった。
門、鐘、炎、時計、刃、風。おそらく神々を表しているであろうそれがいくつも置かれている。
そして、それらへの接触を封じるかのように、盾と槍が門番のように置かれている。
「ここです。ここで祈りを始めます」
盾と槍の前で、アイムは片膝を立てる。
しかし、僕には祈り始める前にやる事があった。
「その前に。ちょっと話さない?」
「……?何をですか?」
「色々だよ。僕達はお互いの事を知らない。昨日来てくれた時も、そういう話をしてない。自己紹介をしよう」
アイムは呆気に取られている。
この場所でする事かは知らない。でも、リーダーとして腹を割って話せる機会だと思った。アイムを嫌ってるっぽいあの二人も居ないし。
「とりあえず僕からね。好きな食べ物は肉類全般、嫌いなのは牛乳。異能は昨日見せた通り剣が出せて、成長するとアレ以外にも――」
「ちょ、ちょっと待ってください。なぜそんな事を」
「これから一緒に旅をするんだ。お互いの事は知っておいた方が良い」
「そんな、もの。私達は神々から授かった責務を果たすだけ。お互いの事なんて――」
「君は、多分僕を見ていない」
言葉が止まる。
驚いているのか、口が開いたままだ。
「神々との繋がりが見えるんだよね。そればっかり見てる気がする。僕もヴィネもアラストリアさん……は微妙だけど。僕らの後ろを見てる、気がする」
「な、何を言って」
「そういうのが視えちゃうんだから仕方がないかもしれないけど、目を合わせよう。あの夜の君とはちゃんと話が出来そうだった。僕も、ちゃんと合わせる」
僕がアイムに初見の印象で引いていたのは間違い無い。ここの都市の人達全員に似たような印象がある。
でも、あの夜にアイムの人間味が少し見えた気がした。神々へ向ける信仰の深さだけが、彼女ではないと思った。
アイムは少し俯いた後、顔をあげた。揺れる目はあの時の目だった。
「私は――」
「聖女よ」
二人の物では無い声が響いた。ここには僕ら以外誰も居ない筈。
後ろを向く。背の高い茶髪の青年が微笑を浮かべて僕達を見ている。
「フォ、フォルス?何故、ここに。今は――」
「ダメです。聖女よ。剥がれ落ちている」
「あ」
「貴女が着込んでいた信仰者としての皮が。それではダメなのです。昨日見知ったばかりのセーレ様に絆されるようでは」
「何を、言ってるんですか?フォルスさん」
「セーレ様。感謝致します。貴方様の導きで、聖女は真の信仰へと目覚める。……思い出してください!聖女よ!貴女の両親の事を!」
フォルスは歌うように言葉を続ける。
しばしそれに呆気に取られた後、慌ててアイムの方を見た。
震えている。目も。体も。明らかに動揺していた。
「貴女が聖女と成ると決まった時、愚かにも貴女の両親は我が子への愛を取りそれに異を唱えた。嘆かわしい事です。そして神意の下追放される二人を見て、貴女は信仰の皮を被ったのです!」
「あ、あ」
「気づかれないとでもお思いでしたか。貴女の信仰には常に欺瞞があった。貴女はただ仮初の――」
「黙ってください!フォルスさん!」
僕の声を聞き、彼は素直に話を止めた。
アイムの様子がおかしい。これ以上彼に話をさせないべきだ。
「これは失礼しました。では、本題に入りましょう。私の事です」
そう言いながら、彼は布の重なりで見えない腰からそれを手に取った。
細く尖った銀の刀身と持ち手を覆う柄――レイピアと呼ばれる武器だ。
『あのように、神意を都合良く歪曲する者が出てしまう者が時に出てしまうのです。それに此度は勇者が集っています。熱に浮かされたのでしょう』
昨日、彼自身が言った言葉。
「成程、アンタも同類って事か……!」
「あのような低俗な者と同一視されてしまうのは、とても悲しい事です。私はあのように薄弱ではありません」
蹲るアイムの前に立ち、神炎を出す。
共鳴するように、ロウソクの火が揺れたような気がした。
差し込む日を浴びながら、フォルスが高らかに叫んだ。
「試練とは己の超克。私は全身全霊で身を投げましょう。セーレ様は新たな力を。――そして聖女よ!試練に打ち克ち真の信仰を抱くのですッッ!」
大仕事に望む職人のように、その顔には狂気的な意気が満ちている。
狂信者が来る。