11話 異質な場所
祀神都市での滞在二日目の朝。
「やっぱさー、ここつまんないって。部屋で寝てた方がマシ」
ヴィネが眠たげに眼を擦りながら愚痴る。アラストリアは特に何も言わないが、ヴィネと同じような事を思ってそうだ。
「ごめん、付き合わせて。でもどうせなら皆で聞いた方がいいじゃないかって」
「正直彼女にあまり興味はありませんが、セーレ君を一人にするのもどうかと思ったので」
「私もー」
「何その子供扱い……」
フォルスが素早く僕らの物資や必要物を補給してくれた事で、旅の準備は昨日で終わってる。今日は午後から予定を済まし、明日の朝にはここを出る予定だ。
そうなれば新たにアイムを加えて旅を再開する訳だけど、その前に彼女を少しは知っておきたいと思った。
王様から貰った勇者の情報は簡潔なものだ。
どこに居るのか。その人物の背景。異能の詳細がそれぞれ記されているが、情報量にバラつきがある。異能なんかは調査がしにくかったのか特に少ない。
「昨日はそういう話出来なかったし、本当なら歩き回りながら自然に色々聞こうと思ったんだけど。午後の準備で忙しいって」
「仲良くする気無いんじゃないの。ま、何故かセーレにはがっついてるけどねぇ」
「アレは僕の異能絡みの興味だったよ。僕は神々との繋がりが多いって。あ、繋がりってのは彼女が聖女って呼ばれるようになった理由の能力?みたいな物なんだけど」
「……昨晩はその話をしていたんですか」
「あ、うるさかった?話があるって僕の部屋にあっちから来たんだ」
「会って早々の女の子部屋に連れ込むとか」
「あっちから来たって言ったよね」
「アレを部屋に入れるのは少し不用心だと思います」
「アレって……。というか僕、戦えるからね?」
直接聞くのが無理なら人に聞こうと考え、フォルスに聞こうと思ったがそれよりもうってつけの人物が浮かび上がった。
アイムの両親だ。
勇者とはいえ旅に連れて行くのだから挨拶のついでにアイムの事を聞けば良い。という訳で、今は宿の人に聞いたアイムの家を目指している。
しかし、ここを歩いていると二人の言い分も良く分かる。
「白ばっかだし、生活感が薄いと言うか」
建物。人。そのどれもがなんというか、静かだ。
これが神を祀るというこの場所の特色なんだろうか。僕らに気づいた住人が皆あのポーズを取るのは止めてほしいが。
「というか、めっちゃ大通りから外れてない?聖女なのにこんな地味なとこ住んでんの?」
「聖女の家ならここですって言われたし、間違っては無いと思うんだけど」
「じゃあちゃっちゃか行って終わらせ――ん?」
白い家が並ぶ通路。そこに僕達は横並びで歩いている。
そして、目の前からふらふらと近づいてくる一人の男。何かを呟いているようで、明らかに様子がおかしい。
彼が手に持つ物は――ナイフだ。
「私は壁だ……勇者様が乗り越えるべき……」
「ッ!セーレ君、下がって!」
「私がああああアアア!!!」
絶叫と共に男が駆け出して来る。
即座に僕の前に立ったアラストリアがナイフを構える。それを見た僕も、ヴィネを隠すような位置に立ち神炎を出そうとする。
咄嗟の判断。しかし、僕達のそれは不要だった。
「……ッ!」
「あがっ!?」
男が横に倒れこむ。
駆け出した男に合わせるように右の家から飛び出し棒で殴りつけたのは、おそらくここの住人である女。
左に倒れこんだ後、立ち上がろうとする男を左の家の住人が取り押さえた。
男は暴れながらナイフを振り回すが、取り押さえた側は意に介さない。
「私が……私がぁ……」
次々と家から住人が現れ、彼を取り囲んでいく。
僕達はしばらく、それを呆然と眺めていた。
「申し訳ありません」
「ッ!フォルスさん……」
いつのまにか後ろに居たのはフォルスだった。驚いたのか、アラストリアが咄嗟に反応してナイフを彼に向けた。
彼は片膝を立て、頭を地面へ向けている。
「あのように、神意を都合良く歪曲する者が出てしまう者が時に出てしまうのです。それに此度は勇者が集っています。熱に浮かされたのでしょう」
「……予期してたんですか?」
「いえ。私は昨日申し上げた通り皆様の御側に侍っていただけ。彼らは自主的にあの者を取り押さえています」
もうあの男は、集まった住人が壁になって見えない。その中で何が起こってるのかも。
僕達の前を動き続ける白一色。
その様子は、なんというか。
「今後もこういった者は私達が対処します。お手を煩わせる事は致しません」
「……僕達がここに来たのはアイムの親を訪ねる為です。この付近に家があるんですよね?」
「ええ。しかしそれは生家。聖女は現在そこには住んでいません。そして」
――彼女の両親はこの都市には居ません。
☆
目的を失った僕達は宿に戻ってきていた。
あんな出来事があった以上、外をうろつく気にもなれない。宿が安全だという保証は無いけど、まあ外よりはマシだろう。
「聞かなくて良かったの?真っ白の親が居ない理由」
僕の部屋のベッドでヴィネが寝転がりながらそう言った。真っ白ってアイムの事か。
「……そういうのは聞くにしても本人から聞くよ。大して交流もしてないのに、他人からそれを聞くのはちょっとね」
「気ぃ使うね。別に珍しくもないでしょ」
「そうだけど……」
彼女の人柄が知りたかったのに、それをすっ飛ばして大事な情報を知ってしまった。
これ以上の詮索はする気が無かった。別に急ぐ事じゃない。後は本人と接する中で知ればいいと思う。
アラストリアは何か思うところがあるのか、頬杖をついて窓の外をぼおっと眺めている。
「そういえば、二人は異能に関して何か変化はあった?」
「なんというか、異能が染み込む感覚?みたいなのはあったけどやれる事は増えてないねー。まあ私は直前に成長してるし」
「……私も特には。ただ、今のままでも十分に役立つとは思います」
「セーレは?」
「僕は次に進めそうな感覚はあったよ。今日で掴めるかも」
「真っ白と合流してすぐ出発しなかった意味はあったわけだ。でもさっさと出たいね。ここ、キモイし」
ヴィネが投げつけた暇つぶし用の布で出来たボールを受け止めながら、その言葉を反芻する。
異能の感覚がより鮮明になった。宿のご飯は美味しいしお風呂もある。そしてそれらがタダだというのは素晴らしい。
しかしそれを差し引いても、祀神都市は気持ちが悪いというのが、どうやら僕達三人の想いのようだった。