9話 祀神都市
「見えた……あれが祀神都市」
「ちょ、セーレだけズルい」
眩しさすら感じるほどに白い建築物が目立つ場所、祀神都市がそこにはあった。都市を覆う壁には流石に汚れが見えるが。
オセ村でのトレント退治を終えた僕達は予定通り祀神都市へと目指し始めた。
オセ村は丁度中間ぐらいの位置にあったようで、平原の中にある道を進み、二回野宿を挟めば問題ないくらいの距離だった。
当然、道中現れたモンスター退治も欠かしていない。
「うっわー白っ。一々掃除するの絶対ダルそうじゃない?」
「着いて早々それ?」
「おねーさんもそう思わない?」
僕に追いつき、呆れたように都市を見て早速軽口を叩くヴィネ。
ヴィネは最近明確な成長を遂げた。
ヴィネの異能である『癒す掌』は以前までは治癒対象に手で触れなければならなかったが、今は触れなくても治癒が出来る。有効射程が存在するし、触れるよりも効率は下がるらしいが。
トレント退治の際の重労働が成長を促したのだろう。
ちなみに僕の異能に変化は無い。頑張ったとは思うんだけど。
「そう、ですね」
少しぎこちなく話を振ったヴィネに相槌を返すアラストリア。
彼女の手にはもう手錠は無い。
あれ以降、彼女を信用する事に決めた時から一度も付けてない。実際当初の危うい雰囲気はもうほとんど無いから、僕の言葉が届いたのだろうか。
ようやく対等な仲間になれた感じだが、まだヴィネに対して距離がある気がする。
今まで彼女と話をしていたのは基本的に僕で、ヴィネとはそこまで交流していないのが原因だと思う。まあそれは時間が解決するか。
「王様からは目的と勇者の合流を果たしたらさっさと次に行けって言われてるんだよね」
「まー居心地は悪そう。……つまんない事思い出しそうだし」
あの場所は多分お前らには合わん。王様の言葉である。
それに加え、予習していたここに居る勇者のプロフィール。
勇者になる前から既にこの都市では聖女と呼ばれ、神々へ向ける信仰が大きいとの事。
……うん!
アラストリアだって結局は分かり合えたんだ!嫌な予感なんてしないしない!
「ま、行こうか」
「門まで競争しない?」
「やだ。疲れるしそもそも僕」
「よーいどんっ!負けたら嫌いな食べ物一気食い!」
「……ッ!」
「ちょい!僕鞄背負ってるんだけど!ヴィネ!?アラストリアさん!?」
僕がビリだった。
☆
「なんじゃこれ……」
これまた真っ白な門が目に入る。僕が着いた頃には開いていたようだ。
その奥に見えるのは大通りである。
ただし、人が横に敷き詰められた。
「うっわー、道作ってるよ。しかも全員服真っ白だし。うげ」
「なん、です。これは」
ヴィネはともかく、いつも冷静な印象のあるアラストリアさんも流石に驚いている。
「多分、お出迎えだと思う。と、とりあえず前に行こう」
人によって強調された大通りを歩きだす。
横の人達は全員頭を下げ、片膝立ちの状態でじっとしている。
よ、呼びかけにくい。このまま歩いて行くのが正解なのか。
「あ、あのでっかい建物じゃない」
ヴィネが指差したのは外からも見えていた大きな建物である。
例に漏れず真っ白であり、巨大であり、明らかに他の建物とは造形が異なっている。天に伸びるような塔が印象的だ。
「いや、その前に誰か居ますね」
「んー?……あっ、ほんとだ」
アラストリアが呟いた。
目を凝らすと、確かに人影が見えた。この人目が良いんだな。
それ以降、特に会話をせずに進んで行く僕達。というより、これだけ人が居るのに喋ってるのは僕達だけだし、雰囲気的にしにくい。
居心地が悪い中、遂に彼女の姿がはっきりと見えた。
白い。
ここに来てから白いとしか言ってないように思えるが、彼女はまさにそうだった。
僕やヴィネと似てるようで違うまさに白い髪。伸びた髪が白い法衣に同化しているようだ。
両手を合わせ、風の無い水面のように静かに目を閉じている。
僕らとの距離が縮まりつつある中、目を閉じたまま彼女は言葉を紡ぎ出す。
「――ああ、ようやくこの時が」
「あ、どうもどうも勇者一行です。もしかして、あなたが――」
「来たのですね」
ぎょっとする。
つーっと。彼女の閉じた目から一筋。
涙。
「貴方が最も神々に愛されし勇者、多くの神力を扱う事を許された勇者……セーレ様ですね」
「さ、様?あ、はい。僕はセーレで、こっちの二人は――」
「――ああ」
僕の言葉を遮って、彼女は感極まったように声をあげ、目を開いた。
その視線は僕に向いている。
「見えます……見えます。貴方を通して数々の神の寵愛が。私達を護り導く神の思し召しがっ」
涙は相変わらず流れ、太陽に照らされ輝いている。
気のせいだろうか。彼女の目がぐるぐると回っているように見えた。僕は無意識に一歩引いた。
対して彼女は二歩踏み出し、呆気に取られている僕の手を取り両手で包んだ。
「……ああ、申し遅れました。私、ここでは聖女と呼ばれています、アイムと申します。同じ勇者として、必ずや共に魔王を還しましょう」
そうして、聖女兼四人目の勇者であるアイムは微笑んだ。その目は相変わらず僕の目をじっと見ている。
帰してほしいのは僕だよ。