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 ここは西の地、大蛇連合国内にある大きな国の一つ、白銀月国。そのお城、白銀月国城の客間の一室で麗しい王子様が行っているのは将棋という異国の遊戯だ。

 将棋はチェスと似た遊戯で平たい駒を取ったり取られたりしながら相手の王を討つのが目的である。チェスとの最大の違いは奪った駒を再利用出来るという点。

 麗しの王子、別名変態の第2王子と異国の宰相令嬢カールはその将棋で熱い戦いを繰り広げている。


「うおっ、ちょっと待ってくれカール令嬢」

「勝負に待ったはない」


 パシン、と予想外のところに想定外の駒を勧められ、エルリック王子は腕を組んで唸った。


「将棋とかチェスってそんなに楽しい? カール、そろそろこの鎖を取ってくれない? 昨日もそうだったけど、日がな1日退屈よ」

「今夜が終わったらな。今夜はこの熱い戦いを見届け……おい待てアンリエッタ。ちょっと待て」

「待てって勝負に待ったはないんでしょう?」


 ふああと欠伸をすると、アンリエッタ令嬢はカール令嬢の駒、クイーンを摘み上げた。

 エルリック王子とアンリエッタ令嬢は極々自然に隣同士に座り、その向かい側にカール令嬢が座り3人でチェスと将棋をしている。

 昨夜と同じ状況に「背中を押すなら空気読みなさいよバカール」とはアンリエッタ令嬢の心の声。

 現在深夜。多くの者が眠りについている時間だ。そして約束の——まあ、誰もしてない——3日3晩目である。


「将棋とチェスの同時打ちって本当勝負事が好きよね。私、湯浴みしてくる。考える時間をあげるってことよ。ハンデよハンデ」


 そう言い残すとアンリエッタ令嬢はソファから立ち上がり、足枷に繋がれている細い鎖を軽く持ち上げた。

 部屋中どこへでも行ける長さの鎖に、3日目にしてすっかり慣れてしまっている。

 隣室へ移動し、出入口を調度品でふさいで脱衣所へ入る。アンリエッタ令嬢はドレスを脱ぎながら頬を膨らませた。


(昼間は2人でベランダでのんびり話をしたり楽しかったのに、今夜こそもしかしたら何か言われるかもって思っていたのに、一晩中居座るつもり? カールってば何を考えてるの⁈)


 ぷんぷん怒らながら全裸になり、アンリエッタ令嬢はハッとした。


(私、また期待していたの? 私はレクスが好きで……。レクスが……)


 心の中で呟いて目を瞑ると、彼女のまぶたの裏に幼馴染の自国の王子レクスの爽やかで穏やかな笑顔が浮かんだ。

 しかし、同時に彼の妻の笑顔も登場。心底幸せそうな2人の姿はアンリエッタ令嬢もよくよく知るところ。

 そうして目を閉じ続けていて現れるのはエルリック王子の笑顔だ。

 目を開くと、アンリエッタ令嬢はため息混じりで浴室へと入った。


(あの2人が別れるなんて想像つかない……。そもそも小さい頃から一緒にいた私やカールじゃなくて彼女に一目惚れだし……。カールの言い分を拒否したらエルリック王子とはきっと今後断絶……)


 初恋は永遠に叶わないと自虐的な笑みを浮かべる。アンリエッタ令嬢はもう何年も消えない自身の恋心を嘆いていた。

 忘れられない1番の原因は、指を咥えてただ眺めていただけで、想いを口にしたことがないから。言い訳を探してでもデートに持ち込んだり、社交場で踊ってもらったり、誰よりも近しい位置にいたのに、何もしなかったから。

 そう、アンリエッタ令嬢は勝気で男勝りな性格だが恋に関しては非常にシャイ。

 騎士に憧れる幼馴染のカールと張り合って剣術や格闘術、馬術と男性顔負けの特技を持っているし自身の意見もハッキリと言えるが、こと恋愛となるとダメなのである。

 

(エルリック王子……。結局カールのふざけに乗って楽しんでいるだけみたい……)


 初めての恋を失い数年。アンリエッタ令嬢は気遣い屋で優しいエルリック王子に年々惹かれていると自覚している。

 けれども猜疑心と自信の無さ、失恋が怖くて踏み出せずにいた。

 社交場でダンスに誘われたことはないし、親経由で正式な縁談話を持ちかけられたこともない。いくつかお見合い話がきていると話してみても邪魔されることは決してない。

 今度こそ、もしかしたら、皆があれこれ言うくらいなので「好かれているのなら」何か言われると思ったのに肩透かし。

 アンリエッタ令嬢は受け身過ぎる意気地無しだ。


(また望みのない恋とかバカみたい……)


 その彼女が湯浴み中、カール令嬢はソファの背もたれに背中をつけて深く座り直した。


「で、エルリック王子。この根性無し。せっかくお膳立てして据え膳並べてやったのに何もしないとはアホか?」

「いやあ、辛辣だな。それに困るよカール令嬢。私が寝たフリをするのにどれだけ神経を使ったか分かるか? なのにルビーは無防備にすぴゃーって寝ちゃって。まあ可愛かったから良いけど。2日間も寝不足で今夜もこれって応援してくれているのか邪魔したいのか分からないな」


 照れ笑いしながらエルリック王子はティーカップに手を伸ばした。ハーブティーを飲み、一息つく。


「噂を聞いて自分の目で確認してみて実際アンリエッタが貴方の事をどう思っているのかが分からん」

「ははっ、更に辛辣だな」

「まあ、相当信頼しているのは分かった。結婚しても良いと思っているのもだ。嫌なら常に持っている護身用の短剣で鎖を破壊してベランダから脱出している」

「えっ? 護身用の短剣⁈ 逃げられないから大人しく監禁されている訳じゃないと?」

「私に並ぶ跳ね馬令嬢がそんな淑やかな性格じゃないのは貴方もご存知でしょう」

「いやあ、そうかなあとは思っていたんだ。そうか、脈ありか。それは——……」


 エルリック王子は鼻血を出した。たらりと垂れてきた血をハンカチで抑える。


「可愛すぎる」

「流石レクス王子の親友。似た者同士だな。良いですか? エルリック王子。私以上に数々の縁談を破壊してきた魔神アンリエッタが、今回の私のおしつけに従っているって言うことはそういうことです」

「いや、まあ、私もそうかなと思っている」


 長年アンリエッタ令嬢の気持ちを測りかねていたエルリック王子は、頬を染めて首を縦に振った。


「ならもうビンタしてくれとか言っていないで口説け。口説いて口説きまくれ。ったく、アンリエッタは世話が焼ける。何故あんなに天邪鬼で引っ込み思案なんだ」


 スッと立ち上がるとカール令嬢はエルリック王子に軽い会釈をした。柔らかな微笑みの後に真逆の氷のような睨み顔。

 エルリック王子はあまりにも恐ろしくて喉をヒュッと鳴らした。


「お前が悪いんだからな。照れていないで努力して真面目に口説け。なおアンリエッタに悪さをしたら世界の果てまで追いかけてその首跳ねてやる。ついでにこの国もあの手この手で破滅だ」


 手刀で首を切る真似をすると、カール令嬢は食べかけの手土産「わらび()」の残りをポポポポーイと口に入れ、ひらひらと手を振りながら、もぐもぐわらび餅を堪能しながら部屋を後にした。

 エルリック王子の元に、「見張りご苦労! 後一晩で終わりなのでよろしく頼む!」と出入り口扉の向こうから、まるで自国の家臣に対するような台詞が届く。


(相変わらず恐ろしい姉貴分だな。まあ、お陰で彼女は今まであちこちから守られていた訳だけど)


 エルリック王子が苦笑いを浮かべてテーブルを見ると——。


(彼女、負けるのは嫌だと逃げたな)


 カール令嬢のチェスのキングの駒がルール上あり得ない移動の仕方でアンリエッタ令嬢のキングの前に移動し、彼女の王将も同じくエルリック王子の玉の前に動かされていた。


「脈ありか。口説けってこの状況で口説いたら……」


 すぐさまベットイン。そう想像してエルリック王子はハンカチ越しに鼻を摘んだ。


「やばっ。無理無理無理。殴られるか蹴られ……。蹴られたいな。踏まれるのが良い。またあの可愛い照れ顔が見られ——……」


 パスン! とエルリック王子の頭にタオルが激突。彼が振り返ると湯浴みを終えて新しい寝巻きに着替えたアンリエッタ令嬢が仁王立ちしていた。

 怒り顔だがどことなく照れ臭そうな表情。全身真っ赤である。


「蹴られたいとか踏まれたいとか、その思考回路、どうにかならない訳?」

「ルビー、俺の独り言を聞いていたのか」


 全く痛く無かった頭を撫でながら、エルリック王子はハンカチを鼻から離した。血が垂れてこない、と確認してハンカチをズボンのポケットへとしまう。

 ニコリと笑顔を浮かべるとエルリック王子は両腕を軽く広げた。


「踏みたくないなら君だけの席へどうだい? 俺の腕の中。ここ」


 バカ! といういつも通りの罵声やビンタを想像しつつ発したその台詞は、アンリエッタの頭を混乱させた。


(いつもと違う……)


 絵本に出てくるような王子様らしい微笑と月明かりよりも優しい眼差しに、アンリエッタ令嬢はついコクンと頭を縦に揺らしていた。


(えっ。今うんって言った? 空耳か? 首を縦に振ったのも……幻覚?)


 エルリック王子も混乱。ハッと気がついた時には広げた足の間、ソファの端にアンリエッタ令嬢がちょこんと腰掛けていた。

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