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「あのさあ、ルビー」


 背中越しに声を掛けられ、アンリエッタ令嬢は今振り向かれたら見つめていた事がバレると俯いた。両手を握りしめてジッと停止。

 彼女はほんのわずかに期待して、彼の言葉を待った。


「君も湯浴みするだろう? 盗み見防止するつもりはないか?」

「えっ?」

「いくら紳士だと分かっていてもさ、俺がちゃんと耐えられるか心配にならない?」

 この台詞にアンリエッタ令嬢が「盗み……見……⁈」と小さな悲鳴を上げる。

 エルリック王子はそれを聞き、アンリエッタ令嬢の方へ体を回転させた。横向きで片手を枕代わりにしてニッコリと歯を見せて笑う。


「目隠しとかしてくれても良いんだけど」

「いい加減にして! 単に縛られたいだけでしょ! この変態!」

「ルビー、もう1回なじって……」

「寝なさい! 盗み見なんてしたら張りたお……」


 パァァァァと顔色を明るくしてニヤけたエルリック王子に、アンリエッタ令嬢はたじろいだ。


(こ、これよ。これが踏み出せない理由よ……)

(ヤバッ、本音を顔に出してドン引きされた)


 バッと背を向けて去るアンリエッタ令嬢と、上半身を起こして気まずそうに髪をくしゃくしゃ掻くエルリック王子。

 周囲から長年公認の仲と認識されていても、2人が中々進展しないのはこのせいだ。ふざけと本気の混じったエルリック王子の態度のせい。

 アンリエッタ令嬢は隣室に移動すると入り口を調度品という調度品で封鎖してから、湯浴みの準備に取りかかった。


(張り倒されたい、ビンタされたい、縛られたいってなんなのよ! 理解出来ないわよ! そんなこと出来ないわよ!)


 ぷんぷん怒りながら、拗ねながら、体を洗う。


(抱きしめて愛を囁くとか出来ないわけ⁈ 結婚なんて夢のようだって……。結婚……)

 

 抱きしめられて、愛を囁かれたいと思っているのか……とアンリエッタ令嬢はタオルを動かす手を止めた。

 それから「結婚か」と呟く。


(そうよね、そもそも政略結婚させられてもおかしくない家だけど、家族は皆わがままを許してくれて……)


 はあ、と少々甘ったるいため息をつくとアンリエッタ令嬢は再度体を洗い始めた。


(エルリック王子も私の気持ちに寄り添って気持ちの整理が出来るまでずっと、ずっと待っててくれて……)


 しばらく思考停止。目を瞑ると彼女のまぶたの裏に映るのはエルリック王子ではなく幼馴染みのレクス王子の笑顔。


(こんな気持ちで失礼よね……。でも今回断ったら本当に今度こそ終わり……)


 食事も取れない状態から、今の元気溌剌とした姿になるまで長年見守ってくれていたエルリック王子の優しさを、アンリエッタ令嬢はよくよく知っている。

 これ幸いにと数多く舞い込んだ縁談話や社交場での誘ってくる男性達とは違い、エルリック王子だけは自分の気持ちよりも彼女の気持ちを重じてきた。それが功を奏し、アンリエッタ令嬢の心の中の割と半分以上は叶わない恋から叶うかもしれない恋へと傾いている。が、いかんせん素直になるタイミングが無い。


(あんなに思いやりがある人は他にはいないわ……。何しても怒らないのは心配だけど……)


 グルグル、グルグル悩みながら湯浴みと着替えを終えるとアンリエッタ令嬢は寝室の方へと戻った。緊張した面持ちで。

 しかしエルリック王子は布団の中で爆睡。おまけに——……。


「ル、ルビー……。でへへへへ」


 枕を抱きしめてニヤけ顔。


(何でこの状況で寝ているのよ!)


 もう! と憤慨するとアンリエッタ令嬢も隣のベットの布団へと潜った。


(もうっ! 悩んで損した! 本当は全部冗談なのね。バカバカバカ!)


 そうして彼女も眠りに落ちた。


 ☆★


 翌朝。


「起きろ! なぜいい歳した男女が赤子のような寝顔で別々のベットで寝てる!」


 カール令嬢の呆れ混じりの怒声でアンリエッタ令嬢とエルリック王子は目を覚ました。


「カ、カール……何してるのよ!」


 アンリエッタ令嬢が慌ててカール令嬢へと駆け寄る。カール令嬢はエルリック王子の眠るベットに靴を脱いだ状態で仁王立ちして、彼の背中を踏み潰していた。


「ルビー、気持ち良いよ……むにゃ……」


 うつ伏で、寝ぼけ眼、ほぼ目を閉じたニヤけ顔でエルリック王子が呟く。恍惚、という表情だ。


「短足令嬢と間違えるとは失礼な男だな。おいエルリック王子、起きろ。そしてよく見ろ。この美しくて長いおみ足の主……」

「他所様の国で、その国の王子に何しているのよ!」


 アンリエッタ令嬢の回し蹴りがカール令嬢の足を襲う。しかしカール令嬢はヒョイっと飛んでその足を避けた。着地先はエルリック王子の背中。


「ぐえっ」

「エルリック王子!」

「あっ、すまん。つい」

「だからどきなさ——……っ」


 もう一度アンリエッタ令嬢が回し蹴りをした時に、彼女とエルリック王子の視線がぶつかった。

 エルリック王子は真っ赤なニヤけ顔。それもそのはず、彼の視界はアンリエッタ令嬢のめくれあがったワンピースタイプの寝巻きの裾に白くて艶かしい脚とその先にある下着だ。ジャラジャラと細い鎖が音を立てる。


「き、きゃああああ!」

「我が人生に悔いな——痛っ!」


 パシン!


 ☆★ エルリック王子5歳。回想 ☆★


 初めて訪れた国で緊張していたが、エリニス王子、レクス王子、2人ともとても親切だ。兄上と共に親しくなって、国交強化に繋げ——……。


「待ちなちゃいよカール!」

「うすのろに捕まるか!」


 女の子や声がして顔を上げる。花が咲いている。赤と白の花びらの間に……棒? 違う、白くて滑らかな美しい足だ。


「ぐえっ」

「きゃあ! ちゅみません! お怪我はありましぇんか?」


 背中に突撃してきた女の子に踏まれて変な声が出た。スマートに抱きとめるならともかく、倒れたなんて恥ずかしくて慌てて立ち上がる。

 向かい合った女の子は、薔薇のように真っ赤な困惑顔で少々涙目。

 ズキューン! という何かを撃ち抜く音とカランカラーン、カランカラーンという澄んだ鐘の音が響いた気がした。

 

 ☆★ 回想終了 ☆★


 鼻血を吐き出したエルリック王子の右頬にアンリエッタ令嬢の張り手が飛ぶ。


「見ないで! いやあ!」


 顔を両手で覆うと、アンリエッタ令嬢はその場に蹲った。エルリック王子は布団の上で今までの数々の思い出が蘇ったのもあり悶絶中。


「ルビー……もう1回……」

「いやあ、何言っているのよ!」

「その照れ泣き顔は本当に可愛い」

「や、やめてよ!」


 ニコニコ笑顔のエルリック王子に、ルビーの名前に相応しいくらい赤いアンリエッタ令嬢がいやいやとかぶりを振る。涙目だがどことなく嬉しそうな表情に見えなくもない。

 可愛い、可愛いと褒められるものだから、まんざらでもなかった。

 カール令嬢はこの2人を見て思った。


(早くくっつけバカ共め)


 そっと去ったカール令嬢にエルリック王子もアンリエッタ令嬢も気がつかなかった。

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